第49話 思わぬ再会



 二階に兄はいなかった。レルシャは父たちのもとへ帰り、三階へ移動する。四階は城主の部屋しかない。もし、そこに囚われているのだとしたら、ザウィダとかいう首領格の魔物もいっしょにいるに違いない。そうなると、その場で熾烈しれつな戦いになる。できれば三階にいてほしい。


 神殿のなかは薄暗く、柱や彫像が多い。身を隠しながら歩くにはちょうどいい。祭壇のある中央の部屋の両側にたくさんの扉がある。すべて傷病者のための個室のようだ。三階で兄がいるとすれば、それらのどこかだろう。


 レルシャが気になっているのは、ソフィアラも兄とともにいるかどうかだ。地下牢にはいなかったから、いるとすれば、兄と同じ場所だ。どうか、ぶじでいてほしい。


 そんなことを考えながら、一つ一つのドアをあけて確認する。どれも無人か、ケガをした魔物が寝ているかだ。だが、最後の一つをあけようとすると、鍵がかかっていた。


「ウーウさん。ここ、あけてください」

「了解」


 ウーウダリが来てくれて、ほんとによかった。ここも、あっというまにあけてくれる。

 そっとドアをひらくと、なかをのぞく。ベッドが一つあるだけのシンプルな部屋。窓のほうをむいて、そこに人がすわっている。


(兄上? でも……)


 兄にしては背が小さい。腕などの露出した部分を見れば、肌の色は黒曜石のようだ。


「——ダヴィド? ダヴィドじゃない?」


 ふりかえった少年はたしかにダヴィドだ。レルシャを見て涙を浮かべつつ抱きついてきた。何か盛んにしゃべっているが、エルフ語はやっぱりわからない。が、今回はスピカがいてくれる。


「あのときの子だ。ぼくを助けにきてくれたの? と言っておるな」

「もちろん助けるよと言ってあげて」

「もちろん助けるよ——ありがとうと言っておるな」

「だけど、君がここにいるとは思ってなかったんだ。ぼくの兄上が捕まってるはずなんだよ。知らない?」

「たぶん、四階じゃないかな」

「四階か。よし、行こう」

「待って。レルシャ。あの子が……狩小屋で君といっしょにいた女の子が捕まってるんだ。ぼくのせいで人質にされてる」

「君のせいって?」

「ぼくがあの子を助けたいと思ってるからだ。君やあの子は困ってるぼくにすごく親切にしてくれた。だから、ぼくが逃げたら、あの子が殺されてしまう。逃げるなら、あの子もいっしょじゃないと」


 つまり、ダヴィドが逃げださないように、ソフィアラが人質にとられている。


「そもそも、なんで君はダークエルフなのに、同じダークエルフから追われてたの? いったい君は何者なの?」

「……口をつぐんでおるな」

「うん。スピカ。それは見ればわかるよ」


 バカなことを言いあっているうちに、ダヴィドは決心した。小声で話しだす。


「ぼくの一族はダークエルフのなかでも数が少ない。幻の種族なんだ。竜を召喚し、あやつることができる」

「竜?」


 レルシャの脳裏に屋上にあった妙なシルエットがよみがえった。巨大で邪悪なあの感じ……もしや?


「この砦の屋上に、ドラゴンがいる?」


 ダヴィドはうなずいた。

「ぼくが呼びよせた。いや、させられたんだ。ぼくはやりたくなかったけど」


 ずっと感じていた不吉でよこしまなふんいき。何か恐ろしいものが近くにひそんでいる気がしていた。あれは、ダヴィドが呼びだしたドラゴンだったのだ。


(ドラゴン……この世で最強の魔物。その強さは神にも等しいと言われてる。魔物図鑑で言えば測定不能の強度マックス。じっさいに大昔、人間が竜と戦ったときの伝説だと、百人の兵士が一瞬で焼き殺されたって……)


 ということは、推定強度100以上だ。レルシャの今の戦力は兵士二十人ぶんくらい。ぜんぜん、相手にもならない。今の五倍強くなって、やっと対等だ。


 ダヴィドは訴えた。

「でも、ヴァシュラーダは悪くないんだ」

「ヴァシュラーダ?」

「ぼくが召喚したドラゴンだ。竜っていうのは、ほんとはみんな深い知恵を持ってる。だけど、アイツが……ザウィダがヴァシュラーダをあやつるために、逆鱗げきりんの玉を埋めこんだんだ」

「逆鱗の玉?」

「竜を無条件に激怒させる呪詛じゅそを封じた玉だ。竜は怒りで我を失うから、あやつりやすくなる」


 呪詛を埋めこむだなんて、そんな危険なドラゴを、いったいどうするつもりだろうか? クーデル砦をとりもどすときに使ったのかもしれないが、それならもう必要なくなったはず。もしや、まだ使う予定があるのか……?


「魔物たち、ドラゴンで何を……」


 ダヴィドはさらに恐ろしいことを言いだす。

「人間の世界に侵略するんだって。その手始めに、この砦を拠点にまわりの街や村を攻めていくつもりだ。近くにこの砦を守っていた一族の城があるから、最初にそこを堕とすんだって、ザウィダが言ってたよ」


 たいへんだ。クーデル砦を守っていた一族とは、レムラン伯爵家のことだ。兄を救うだけではダメだ。ドラゴンをなんとかしないと。


「父上。早く兄上を探して、みんなで伯爵家に帰りましょう。それで、急いでドラゴンを迎え撃つ準備をしないと」

「うむ」

「兄上、姉上、ぼくとグレーレンさんがいれば、ドラゴンもなんとか。ニャルニャやラビリンも戦力になります」

「弓矢や魔法の軍を率い、父も援護しよう」


 アルムザバードも言うが、それは兄を順当に見つけられたらの話だ。

 次々に凶事が降りかかってくる。このあと数刻の自分たちの行動が、伯爵家の命運をわけてしまう。いや、伯爵家が滅べば、そのあとはシャルムラン地方全域が……さらには帝都までも……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る