第46話 父との再会、しかし
地下牢を進んでいく。石壁の通路にはところどころ松明がかかげられ、限定的に闇を照らしている。
通路の両側には鉄格子がハマっていた。なかには誰もいないか、または古いガイコツがそのまま、ほっとかれている。
巡回の兵士に出会ったらと思うと心臓に悪い。さっきのワニ兵士くらいなら、レルシャにだって、かんたんに倒せる。だが、兄を負かす強敵にはまだ出会いたくないのだ。とにかく、父と合流し、兄を助けたい。
一つ一つ牢屋のなかをのぞいていく。すると、いくつめかの牢で、人間の姿を発見した。かなり大勢いる。十人近く。革鎧を着た兵士——父の部下たちだ。
「レルシャさまではありませんか」
「しっ。今、出してあげる。父上は?」
「お父上はこのとなりの牢屋です」
半分ずつにわけて入れられていたのだ。戻ってこないはずだ。父たちは全員、魔物に捕まっていた。
「父上。ぼくです。レルシャです」
「おおっ、レルシャか。なぜ、こんなところに」
「父上の手紙を読んだら心配で」
「しかし、おまえは逃げよ。私たちはもうダメだ。一人ずつ牢から出され、処刑されていく」
「今、出してさしあげます」
「しかし、どうやって?」
「ウーウさん」
「ふふふ。私がついてきてよかったでしょ?」
じっさい、ウーウダリの特技や職業が潜入にこんなに役立つとは思っていなかった。ある意味、なくてはならない人物だ。
ウーウダリはふところから針金をとりだすと、それでヒョヒョイと錠前をはずしてしまう。
「なんと器用な」
「伯爵さま。レルシャさまの従者ウーウダリと申します。以後、お見知りおきを」
「おぼえておこう」
レルシャたちが鉄格子をあけ、父や兵士たちを逃がそうとしていたときだ。急に背後から強く押された。勢いあまって、レルシャは床に倒れる。続いて、ホプリンたちがレルシャの上に乗ってきた。最後にグレーレン。
「な、何?」
ふりかえると、バサムースと彼のつれていたホルムスタイが笑いながら立っている。ホルムスタイはウーウダリの喉元に剣をつきつけているし、バサムースは鉄格子を手荒くしめると、なぜか手にしている鍵で、錠前を外からかけてしまった。レルシャにはわけがわからない。
「バサムース。何を……」
うなり声をあげたのは、父アルムザバードだ。
「やはり、おまえだったか。バサムース」
「えっ? どういうこと?」
「二日前、バサムースが斥候に出ていったあと、待っていた私たちは砦から現れた魔物たちの一軍に捕まったのだ。そのようすは、最初から我々がどこに何人いるのかわかっているかのようだった。バサムースが裏切っていたのだ。そうだな? バサムースよ?」
バサムースは皮肉な笑みを浮かべる。その顔は松明の明かりを受けて、やけに邪悪に見えた。
「あいつらと手を組めば、おれにクーデル砦と伯爵家をくれると言うんでね。あんたの下についてるのは、もう飽きたんだよ」
「むう……やはり、シャルラースの一件か?」
「ふん。ほっといてもらおう!」
バサムースはホルムスタイに命じて、ウーウダリを縄で縛りあげさせた。その上でひっぱっていき、別の牢屋へ押しこめる。
「これで、おまえらは誰も牢から出られない。そして、毎日、夜明けとともに一人ずつ処刑されるのだ。せいぜい死ぬまでビクビクしとくんだな」
笑いながら、バサムースは去っていった。よく見ると、うしろをついていくホルムスタイの姿は、いつのまにかワニ兵士になっている。
「くそっ。バサムースめ。二十年も前のことを、まだ根にもっていたとは」
「父上。母上がどうかしたのですか?」
アルムザバードはためらったのち、小さな声で語った。
「私とバサムースは若いころ、同じ人に恋をしたのだ。身分は男爵令嬢と、貴族のなかでは低かったが、ひじょうに美しい女性だった。おまえの母、シャルラースだよ。どちらが選ばれても恨まないと約束して、同時にシャルラースにプロポーズした。シャルラースが選んだのは私だった。私たちは結婚し、おまえやアラミス、ラランシャが生まれたのだ。あのあともふつうに仕えてくれていたので、恨んでいないものと思っていたのだが……甘かったようだな」
「そんなことが……」
レルシャにとっては自分が生まれるより前の話だ。でも、たしかに母は子どものレルシャが見ても、とても美しい人だと思う。姿形だけでなく、優しく、気品があり、知識が深く、芸術を愛する素晴らしい貴婦人だ。青年のころ好きになったバサムースには一生忘れられないのかもしれない。
それにしても、味方の全員が閉じこめられてしまった。兄もまだ見つかっていないというのに、このままでは一人、また一人と処刑されてしまう。
いったい、どうしたらいいのだろう? ここから逃げだすには?
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