第44話 クーデル砦到着
レルシャが伯爵家に帰ってきたのは日没前だった。食事をしたので日が暮れている。
「グランデは走りとおして疲れてるから、別の馬を貸してください」
「わたしのシャキラ号を使いなさい。いい馬よ」
「ありがとう。姉上」
母や姉に見送られて、レルシャは伯爵家をあとにした。草原には生ぬるい風が吹いている。なんだか、不吉だ。
「クーデル砦まで、まっすぐ行くだけなら半日もかからない。父上が出ていってから二日になるのに、まだお戻りでないのは、砦で戦っていらっしゃるからかな?」
よもや、まだ到着していないわけはない。もしかしたら、こっそり侵入して、ともかく兄を救助しようとしているのかもしれない。母に聞くと、いっしょにむかった兵士はほんの二十人だというから、きっとそうだ。全面対決では、兄を上まわる相手に勝てないとふんだのだろう。
「レルシャさまの姉上、何度見ても美人ですよねぇ。まにあってよかったです。あのお年で亡くなっていたら、もったいなさすぎます」
「ウーウさん。縁起でもないこと言わないで」
「だから、まにあってよかったですねって」
敵と遭遇してないので、まだ緊張感がたりてない。
「おい。おまえたち、匂いが変わった。ここからは魔物が出るぞ」と言ったのは、グレーレンだ。無口なディーンの姪だけあって、ふだんはあまりしゃべらない。でも、ホプリンを見ると嬉しそうにひざにのせて、なでまわしているので、きっと根は優しいのだ。
草原が終わり、森へ入った。以前、狩小屋で事件にあったあの森だ。まだあれから二ヶ月弱しかたっていないなんて嘘みたいだ。
ソフィアラはぶじだろうか? 行方不明だなんて、まさか、乱戦ですでに……いや、そんなはずはないと、レルシャは首をふる。ソフィアラはふつうの兵士より強いのだ。見ためは可愛い女の子だから、モンスターだって油断するはず。きっと、うまく逃げだしたに違いない。今はきっと、砦のどこかに隠れているのだ。外へ出る機会をうかがって。
夜の森は月明かりもほとんどなく暗い。フクロウの鳴き声や獣のたてる音が絶えず、どこかから聞こえてくる。風の生ぬるさは、やはり異様だ。何かとても悪いことの起こる前兆のような。
「松明を持ってくるんでしたかねぇ? 暗くてよく見えませんね」
ウーウダリは言うが、グレーレンは反対した。
「そんな目立つもん持ってたら、砦から丸見えだよ」
たしかに、森の外れにあるクーデルの砦は、高台になっているので、森を
なんだろうか? 以前、森に来たときにも、砦は見た。でも、あのときには、こんなにイヤな感じはしなかった。とても
行くのが怖い。でも、行かなければならない。あの場所に兄がいる。ソフィアラも。それに、父もきっと、そこにいる。
森のなかの細い道を進んでいく。樹間には獣かモンスターのものらしい赤い目が点々と光っていた。だが、襲ってはこない。まるで、彼らも何かにおびえているかのようだ。異様なふんいきが森にただよっている。
やがて、砦の前についた。古い時代に建てられた建物だが、くずれたところはない。外観はさほど背の高くない塔のような形状だ。たてにならぶ窓の数から、四階建て。その上に屋上がある。下から見あげるとよくわからないが、屋上に何か巨大なものが置かれているようだ。
「父上たちはどこだろう? もうなかかな?」
見たところ、それらしい姿はない。二日も前に出立しているのだから、とっくに侵入しているだろう。
レルシャたちも忍びこむのなら急がなければならない。もうすぐ夜が明ける。魔物にとってはどうかわからないが、人間の感覚で言えば、視界が明るくなり、何をするにも見つかりやすくなる。
「どこから入ろうか?」
「ちょっと待ってください。こんなときこそ、私のスキルを活かさせてください」
「ウーウさんのスキルって、盗みじゃないの?」
「それは職業技です。今言ってるのは生まれつきの特技です」
「どんなの?」
ウーウはため息まじりに笑う。
「地図作成です。どんな建物でも、街の構造でも、外から見ただけで図が描けます」
「スゴイ! 泥棒になるために生まれたような特技ですね」
「……それを言わないでくださいよ。たったいま役立つんですから」
「じゃあ、お願いします」
「一周まわって見てみるので、ちょっとのあいだお待ちください」
ウーウダリは一人で闇に消えた。木立ちのなかに身をひそめて、その帰りを待っているときだ。急に、グレーレンがささやく。
「しっ。誰か、近づいてくる」
「えっ? ウーウさんじゃ?」
「違う。あたしの知らないやつの匂いだ」
この場所でグレーレンの知らない人物……それは魔物ではないだろうか?
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