第43話 伯爵家に落ちる影
二日後。レルシャたちは伯爵家へたどりついた。もしかしたら、二度と戻ることはないかもしれないと覚悟して出立した生家。まさか、こんな形で帰ってくるとは。
「姉上! 姉上はごぶじですか? 母上? 誰かいないの?」
エントランスホールへかけこむと、乳母のメムルが泣きながら現れる。
「レルシャさまっ? まさか、ほんとに?」
「父上の手紙を読んで、いてもたってもいられなかったんだ。姉上はごぶじなの?」
メムルは首をふった。
「姫さまは砦から逃げだすとき、敵の毒矢を受けて、ふせっておられます。僧侶が毒消し魔法を唱えてもききめがありません。ひじょうな猛毒だったのです。このままでは、もう……」
メムルが泣いていたのはそのせいだろうか? いや、娘のソフィアラが行方不明なのだ。母なら案ずるのが当然である。
「ぼくに任せて」
僧侶の魔法がきかなくても、レルシャなら……。
急いでらせん階段をかけあがり、レルシャは姉の部屋へむかった。二階のラランシャの部屋には母シャルラスもいた。毒のせいで顔色が青くなったラランシャの寝台によりそって泣いている。まわりには僧侶が何人も立っていた。
見れば、姉は妙な汗をかきながら、すでにケイレンが始まっている。まだ息はある。が、いつ死んでもおかしくない状態だ。
「レルシャ。帰ってきたのですね」
抱きしめようとする母を、レルシャはひきとめた。僧侶たちを押しのけ、姉の枕元に立つ。魔法杖をラランシャのひたいにかざすと、レルシャは呪文を唱えた。
「魔法持続の法則。クリア!」
ラランシャの枕元が淡く光る。
さらに続けて、
「範囲集中の法則。キュアラ!」
キュアラは死亡、気絶以外のすべての状態異常にきく。それもパーティー全員に効果をもたらす魔法だ。そして、学者の範囲集中の法則は、全体効果のある魔法を単体効果にすることで、その威力を数倍に高める。本来全体にきく力を一点に集中させる魔法なのだ。さっきの持続魔法もまだきいているから、通常の十二倍の解毒効果をもたらす。
「姉上。しっかり。プチヒーリング!」
解毒と回復。ラランシャのまわりの光の泡がはじけるたびに、毒気がぬかれていく。姉の顔色は目に見えてよくなった。もしも、これでもダメならリバイブだ。ほんとに死んでしまう前に蘇生魔法をかける。
ヒヤヒヤしながら見つめていると、やがて、ラランシャは目をあけた。頬に薔薇色が戻り、すっかりよくなっている。
「ラランシャ!」
「姫さま……」
「よくぞ、ごぶじで」
みんなが涙を流して喜ぶ。
レルシャも浮かんできた涙をそっと指さきでぬぐった。
ラランシャは目をあけると、すぐにレルシャに気づいた。
「わたし、敵の毒でやられたはずよね。レルシャ。あなたが治してくれたのね?」
答えたのは、レルシャではない。母シャルラスだ。
「ええ。そうよ。レルシャがやったのです。いつのまに、こんなに立派な僧侶になって……やはり、あなたをラグナランカシャに送ったのは正解でしたね」
母はそう言って、レルシャを抱きしめる。どうやら、僧侶の修行をして強い魔法が使えるようになったと勘違いしているようだ。
ラランシャが笑う。まだやつれているが、ベッドから起きあがれるほど元気が戻っている。
「違うのよ。お母さま。レルシャ、すごく強くなったのよ。ね? レルシャ」
「はい。姉上。ぼく、すぐに父上のあとを追います」
「わたしはまだちょっと戦うのはムリそう」
「姉上は休んでいてください。それに、この屋敷も守る人が必要だし。姉上が残ってくだされば心強いです」
「ごめんなさい。今回はそうする」
だが、シャルラスはまだ心配している。
「お待ちなさいな。レルシャ。あなたは戦場に行ってはダメよ。ここで姉上やお母さまといっしょに父上のお帰りを待ちましょう。きっと、お父さまが兄上を救って戻っていらっしゃいます」
それはどうだろうかとレルシャは考えていた。解放を受けて生命力が倍になった兄は、伯爵家のなかで誰よりも強かった。その兄がかなわない敵がいるというのなら、父が行っても兄を助けられない。それどころか、父までも……。
一刻の
「大丈夫です。母上。今のぼくなら心配はありません。必ず、父上と兄上をつれて帰ります」
「レルシャ……」
ラランシャも援護してくれた。
「母上。レルシャはわたしより強くなったのよ。信じてあげて」
「……わかりました。あなたたちがそこまで言うなら」
急いで馬を走らせてきたので、まず食事をとった。食べながら、起きあがれるようになったラランシャから、砦のようすを聞く。
「あいつら、クーデル砦をあけわたしたのは、わざとだったのよ。秘密の通路を造って、いつでも外から入ってこられるようにしてたの。それで、真夜中になって急に現れると、あわてふためく兵士を次々、襲っていった。兄上は必死に守りながら、みんなを逃がそうとしてくださったの。わたしを隊長にして、さきに逃げるんだと。でも、ふりかえったとき、兄上はあのダークエルフに……」
「ダークエルフ?」
「長い黒髪の魔法使いだった。わたしより、はるかに強い。魔族のなかにも、あれほど強い者はほとんどいないと思うの。片耳にすごく大きな緑のイヤリングをつけてたわ」
緑のイヤリング……それはもしや狩小屋で出会った、あのときのダークエルフではないだろうか?
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