八章 クーデル砦へ

第42話 村を出るレルシャ



 兄は敵軍の捕虜。ソフィアラは行方不明。父も決死の覚悟で残党を率いて出陣——


 手紙を読んだレルシャはあまりの衝撃にめまいをおぼえた。立っていられないほどの恐怖を感じる。いや、絶望だったのか? 焦燥や不安、家族を思う気持ちがないまぜになって、頭のなかをグルグルする。


「それで、姉上は大丈夫なの? 屋敷には戻ったみたいだけど、ケガはしてない?」


 手紙を届けてきた兵士は、なぜかグッと唇をかんだ。もしかしたら、姉はケガをしている。それもかなりヒドイのかもしれない。


「わかったよ。ぼく、屋敷に戻る」

「えっ?」と、おどろいたのは、ウーウダリだ。

「レルシャさま。本気ですか? だって、強い魔物が襲ってきたんですよ? あなたの兄上ほどの強者がやられるなんて、そうとうな手練てだれです。へたすると、四天王クラスの……」

「それでも、ぼくは行くよ」


 兄やソフィアラを救う。父を助ける。決意は変わらなかった。


 急いで神殿へ戻り、神殿長にそのむねを告げる。神殿長は承諾してくれた。


「わかりました。レルシャさまはすでにお兄上よりも強くなられております。成人前とはいえ、立派な戦士となられるでしょう。だが、くれぐれも気をつけてお行きなされ」


 どんなに急いでも伯爵家まで二日はかかる。それまで兄はぶじだろうか? 姉の容態は? 父も早まったことをしないでほしい。


 神殿長から帰りの食べ物を受けとり、必要なものだけをカバンにつめて、レルシャはグランデに乗った。


「なー!」

「もちろん、ラビリンたちはマスターについていきます。キュルー!」


 ホプリンたちを鞍の前後に乗せる。が、ウーウダリは迷っているようだ。


「レルシャさま……私はこの神殿の僧侶です」

「わかってるよ。今まで、ありがとう」


 グランデをかけさせようとすると、そこへやってくる人影があった。狼男のレヴィラディーンだ。背後にもう一人つれている。


「待ってくれ。行くのだな?」


 もう村のウワサになっているのか。田舎には独自の情報網があるらしい。


「はい。特訓してくれて、ありがとうございました。この力を役立てるときが来たんです」


 ディーンはうなずいたあと、背後に立つ人物を紹介する。


「これは、おれの姪のグレーレンティトスだ。頼みがある。坊主の戦いにグレーレンをつれていってほしい」

「えっ?」


 見れば、たしかに狼の耳と尻尾はある。だが、ふつうの獣人とは異なり、全身の毛が生えていない。見た感じ、耳と尻尾さえなければ人間だ。褐色の肌に黒髪、黒い瞳の美人である。ちょっと口は大きく、八重歯が目立つ。年齢はレルシャより少し上。十四、五歳だろうか? 革鎧をまとい、大きな剣をさげているので戦士のようだ。


「あの、つれていくって言っても、ほんとに死ぬかもしれないんですよ? すごく強い魔物と対決になると思う」

「だからだよ。グレーレンは見たとおり、獣人と人間のあいだに生まれた。どちらの種族にも禁忌だ。騎士になるのが夢だが、宮廷では雇ってもらえない。だから、この機会に名をあげたいと言っている」


 たしかに、見た感じ、けっこう強そうだ。首にかけた護符を見れば、百でかたまる大玉が三個もある。生命力はレルシャと互角だ。しかも、この村育ちなせいか、攻撃力解放と防御解放を受けた証の赤い十字とオレンジの玉を持っている。オレンジの玉にはなかに黄色の星が入っているので、ただの才光の玉でないとわかる。それぞれ三つも。そうとう強い。


「わかりました。いっしょに行きましょう。もし活躍してくれれば、父が褒美をあたえ、うちの騎士にしてくれます」

「よろしくな」と、グレーレンは言った。


 心強い味方ができた。

 グレーレンも自分の馬を持っていた。たぶん、もともとは野生馬だ。ものすごく見事な俊足の馬。


 ならんで走りだす。楽しかったラグナランカシャの村。のどかな草原や森、畑。たくさんの光り輝く遺跡が遠のいていく。

 やがて、村の門が見えてきた。レルシャはそこでいったん、ふりかえった。遠くの丘に神殿が見える。まだ神殿長や大勢の神官たちが見送っている。豆粒のように小さい。


「ぼく、また、ここへ帰ってくるよ。いつか必ず」


 やり残した遺跡がまだまだある。もっと強くならなければならないと、レルシャは考えた。


 決意して、門をくぐった。

 すると、そのすぐあとだ。


「おーい。待ってくださいよぉ」


 なんと、馬に乗ったウーウダリが追ってきた。

「神殿長に、あなたを見守る役目を任されました。戦闘では役立てないかもしれませんが、私の解錠やトラップ解除が必要になるかもしれませんからね」

「ありがとう! ウーウさん」


 戦闘力が問題ではない。ウーウダリの気持ちが嬉しかった。それに、こんなときは子どもばかりより、大人がいてくれるほうが何かと頼りになる。


 今度こそ、レルシャは出発した。いざ、故郷へむけて。

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