第40話 雑貨屋の客になる



「レルシャ。遺跡めぐりは認めるけど、あんまりムリしちゃダメよ? また来るわね。それまで元気で」

「姉上も」

「今度はもっと時間があるときに、ゆっくり来る。遺跡探検、楽しそうだから、わたしもやってみたい」

「はい。ぜひ」


 ラランシャは手をふって去っていった。父からの手紙とお小遣いを残して。


「わーい。お小遣いだ。ひと月ぶりのお金だぁ。何を買おうかな? ぼくの武器は手に入ったし、ニャルニャもいいグローブもらえたしね」

「な〜」


 グローブ、気に入ってるようだ。


「宝物遺跡に入れたら、装備品もたくさんあるんだろうけど……しょうがないから、防具を買おうか?」


 いっぺんに全額使うと、あとでまた欲しいものができたときに困る。今日は半分くらいにしておこうと考えつつ、雑貨屋へ行く。


「ああ、坊ちゃん。よくぞ来てくれました。やっと、その魔法杖を売る気になりましたか?」


 店主のキースティングスは今日もしつこい。


「絶対、売らないからね!」

「まあいいですよ。気が変わったら、いつでもお声がけください」


 今日はやけにあっさりひきさがる。と思えば、


「じゃあ、今日は買い物に来てくださったんですね? うひひ。どうぞ、ご覧くださいよ。この村ゆいいつの店舗てんぽですからね」


 なるほど。どっちにしろ儲かると思ったから、愛想がいいのだ。ある意味、商売人のかがみだ。


「うー。いろいろ置いてあるなぁ。ぼく、防具がほしいんですよね。とくに、ホプリンたちの防具。自分はいちおう服着てるから、いいけど」


 それにレルシャの服は、伯爵家に出入りする仕立て屋に作らせた極上品だ。ただのふだん着ではあるものの、魔法の加護がかかっており、丈夫で頑丈。きゃしゃな見ためより、はるかに防御にすぐれている。そのへんの兵士が着ている革鎧かわよろいより質がいい。


 対するに、ホプリンたちは裸だ。種族的に裸がふつうとはいえ、身を守るためには何か一つでも防具があったほうがいいだろう。


「ホプリンにねぇ。ホプリンって服なんぞ着るんですかい?」

「どうだろ?」


 ニャルニャとラビリンを見るが、防具にはまったく興味がなさそうだ。全身が毛でおおわれたホプリンには服の必要がないから、防具の必要性を感じないのだろう。


「ニャルニャの戦いかたは武闘家だよね。動きのジャマしないスカーフを買ってあげるよ」

「な〜」

「ラビリンにはアンクレットね。瞳と同じ青い色のガラス玉がついてる」

「ああ、マスター。これは可愛いラビリンに似合いますね! キュルル〜ン」


 どちらも防御力が5あがるだけの低級なアクセサリーだが、ないよりはマシだ。


「レルシャさま。じつは私、ナイフを装備できるのですが、今は持っておりません」と、ウーウダリが言いだす。

「えっ? じゃあ、攻撃できないですよね?」

「冒険者をやめたときに、武器も売ってしまいました——って、ああっ、こんなところに手ごろなナイフが」

「……」


 すごく作為的なものを感じるが、たしかに攻撃できないのは困る。これからも遺跡探検についてくるつもりなら、自分の身くらいは守ってもらいたい。


「……わかりました。ニャルニャのグローブ手に入れてくれたの、ウーウさんですしね。お礼にナイフを買いますよ。キースティングスさん。三つでいくらですか?」

「銀貨一枚ずつ。三つで三枚だね」

「じゃあ、これ」

「まいど」


 よかった。銀貨七枚もあまった。これなら、月末まで、まだ買い物できる。

 と思ったのもつかのま、レルシャは気づいてしまった。ラビリンの目が見事な銀細工の竪琴たてごとに釘づけになっている。子どもの練習用なのか、ホプリンが持ち歩くのにちょうどいいサイズだ。


「ラビリン。その竪琴、欲しいの?」

「キュルー! な、何をおっしゃるやら。ラビリン、そんな贅沢、申しませんよ? ぜんぜんっ、欲しくなんかありませんからねー! キュルッキュルー!」


 いや、嘘だ。そう言いつつ、まだ竪琴をガン見している。竪琴が磁石であるかのように、視線とひっついてる。


「欲しいんだね……」

「キュルぅ……ラビリン、歌って踊れる吟遊詩人ですから、楽器を持つと攻撃力があがります。キュル……」

「えっと、いくらかなぁ?」


 すると、キースティングスが両手をもみしぼる。

「それはこの村ゆいいつの楽器職人だったじいさんが生前に造った最後の作品ですよ。金貨一枚でならおゆずりしましょう」

「金貨一枚っ?」

「もちろん。これだけの細工。音もそれは美しいのですよ。腕のいい職人でありました」

「うーん。金貨一枚……」


 子どもに買える金額ではない。銀貨なら五十枚必要だ。


「ごめんね。ラビリン。今すぐには買えないよ。お金がたまるまで待ってね」

「キュル……」

「あっ、そうだ。そのかわり、この鈴なんかどうかな? 赤いリボンがついてる。両手にむすんだら、踊りながらでも音を鳴らせるよ」

「キュルルン。素晴らしいです。マスターレルシャ」


 よかった。視線が竪琴から離れた。

 合計銀貨四枚の買い物。ついでにチョークやロープなどの細々したものも買ったので、銀貨五枚だ。残りは竪琴のためにためておこう。

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