第39話 とつぜんの姉
姉のラランシャは七歳も年上だ。当然すでに成人している。戦闘能力は最高値に達していた。
ふだんは優しいが、しつけに関してはなかなか厳しい。美人だから騎士や兵士のなかには憧れている者も多いらしいが、それはほんとの顔を知らないせいだと、レルシャは思う。
「あ、姉上。おひさしぶりです。お元気でしたか?」
「ええ。健康はいいことよね。だけど、お母さまはあなたがいなくなって、ずいぶん、やつれてしまわれたわ。ほんとはずっと、あなたをそばに置いておきたいのよ。娘のわたしがいつか嫁に行くのはしかたないにしても、あなただけはどこにもやりたくないのね」
「えっと……」
「それにしても、ずいぶん遅かったのね。村を散歩してたんでしょ?」
「はい。そうです。この村はのどかで見どころが多いんですよ。羊は可愛いし、ホプリンはもっと可愛いし」
「あ、そうそう。レルシャ。あなた、ホプリンを手に入れたんですってね」
ラビリンがスススとみずから進みでた。
「初めまして。マスターレルシャのお姉さま。ラビリンですわ。お見知りおきくださいませね。キュルン」
「可愛いー! いいなぁ。わたしもホプリン欲しい! ウサちゃん、わたしのとこに来ない? 可愛いお洋服着せて、美味しいもの食べさせてあげるわよ?」
「申しわけありません。ラビリンにはレルシャさまというマスターがありますので」
「そう? 残念」
レルシャは聞きながらハラハラだ。いつ、ラビリンの口から遺跡の話題が出るかと思うと気が気じゃない。
だが、なんとなく再会したときから、レルシャは姉の厳しいときの顔を見たような気がしていた。やはり、勘は当たっていたのだ。
「レルシャ。ねぇ、この可愛いホプリンちゃん。遺跡からつれてきたんですってね?」
「えっ?」
なんで、それを知っているのだろうか?
現れたのは神殿長だ。
「私がお知らせしたのですよ。レルシャさま。やはり、どう考えても危険すぎますからな」
「……」
とっくにバレていたのだ。どおりで、姉のようすが妙によそよそしかった。いつもなら、叫びながら抱きついてきて、レルシャの頭をなでまわすのに。
「えっと……」
「あなた一人で遺跡探検だなんて、危険なマネさせられません。このことは父上に報告しますからね?」
「待って。姉上。ぼく、もう以前のぼくじゃないよ。すごく強くなったんだ。姉上とだって、いい勝負になるよ」
ラランシャは不審の顔だ。それはそうだろう。姉は兄アラミスほどではないが、才光を百七十八も持って生まれている。伸び率は四倍。成長した今の戦闘生命力は712。魔法攻撃力199。平均的な兵士の三倍以上も強い。とくに得意な属性は風だが、ほかのあらゆる属性も使える天才魔法使いだ。
「でも、レルシャ。あなたがどれほど解放したのか知らないけど、もともとの基礎値が低いあなたでは、わたしに匹敵するほど強くなれるはずがないわ」
「ほんとだよ。ぼく、すごく強くなったんだよ」
「いいでしょう。そこまで言うなら、わたしと勝負しましょ。それでもし、わたしに勝てたら、お父さまにはナイショにしといてあげる」
「わ、わかった」
「今日はもう遅いから明日ね。神殿長。今夜はわたしを泊めてくださるかしら?」
「むろんでございます。お部屋を用意いたしましょう」
そんな流れで、姉と勝負することになってしまった。
「どうしよう。今のぼくなら数値は上なんだけど、姉上には風嵐があるからなぁ。最上級魔法より、はるかに強力なスキルなんだよ。とくに兄上の炎の剣と相性がよくて、風で炎がまきあがると、百や二百の敵なんて、それだけでやっつけちゃうんだって。ぼくは見たことないけど」
「しかし、レルシャよ。男には超えねばならぬときがある!」
「それって、父親のことじゃないの?」
「うぐぐ……われはもう寝るぞ」
「おやすみ。スピカ」
「うむ」
「なー」
「キュルン。おやすみなさい。マスター」
レルシャのベッドにはホプリン二匹とスピカがいるので、とてもにぎやかだ。これ以上、ホプリンが増えたら、ベッドをわけないといけないだろう。
翌朝。レルシャと姉ラランシャは神殿の裏手の草原でむきあった。まわりには神殿長やウーウダリ、ほかにも物見高い見物人がたくさんいる。
「さあ、レルシャ。可愛い弟だけど、手かげんはしないわ。勝負は勝負。戦場で敵は待ってくれないものね」
「はい。姉上」
「なんなら、ハンデとして、あなたは従者ありでもいいわよ?」
「いえ。ぼく一人で大丈夫です」
「ほんとに? まあ、ここなら神官や僧侶がたくさんいるから、ケガしてもすぐに治してくれるものね」
「えっと……」
そういう意味ではなかったのだが。
女神の鏡で見てみないことには、どうにもレルシャが強くなったなんて信じられないのだろう。何しろ、ここへ来る前のレルシャは生命力10、攻撃力は1だった。
(姉上の風嵐は大技なぶん、使えるようになるまで時間がかかる。まともにくらったら、今のぼくでも一撃で倒れるかも。それまでが勝負だ)
神殿長が二人のあいだに立ち、始まりのかけ声をあげる。
「では、両者。準備はよいかな? 始め!」
最初が肝心だ。それはラランシャにもわかっていたようだ。先制して魔法を放ってくる。遠慮したのか、プチファイアだ。
姉の攻撃力は199。だが、伯爵家に代々伝わる魔法杖を持っている。その効果で魔法の威力は二倍。プチファイアは呪文効果が低いため、固定の最低ダメージは20。攻撃力が高くそれ以上の威力になるときは、攻撃力と装備効果をあわせた総合力の四分の一ていどがあたえるダメージになる。
つまり、姉の場合、398割る4。それでも、およそ百にはなる。以前のレルシャなら十回は失神している。いや、即行で蘇生魔法が必要だったろう。
だが、今のレルシャにはきかない。防御解放で得た防御力によって、50あまりのダメージは無効になる。実質のダメージは40弱だ。
「姉上。そんなの痛くもかゆくもありませんよ。今度はこっちの番です——プチファイア!」
プチファイアにプチファイアで返す。同じ呪文のほうが、力量差がハッキリわかるからだ。
「な……わたしより、威力が強い? 低減効果のかかるプチファイアでなければ、もっと……でも、このていどなら、まだ戦え……うっ? 炎が消えない?」
持続効果でじわじわとダメージが続く。姉の生命力が半分ほどに減ったとき、ラランシャはひざをついた。
「わかった。このまま続けても、わたしが負けるのは目に見えてる。風嵐が使えるようになるまで、もちそうにないわ」
「姉上、それじゃ……!」
ラランシャはニッコリ微笑み、レルシャのおでこにキスをした。
「あなたの勝ちよ。レルシャ。強くなったわね」
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