七章 忍びよる影

第36話 北の洞窟遺跡



 ラグナランカシャ村は四方を山脈にかこまれている。そのなかでも、北側にある山々は急峻きゅうしゅんで標高も高い。だからこそ、上級者むけの遺跡が山肌にビッシリと造られているわけだ。


 しかし、今日の目的地は、まだ崖ではない。そこに行きつくまでのところに、大きな岩が点在する奇岩地帯がある。昔はそこにエルフが住んでいたなんて伝説もあるが、今は変な形の岩があるだけだ。


 そして、奇岩地帯には洞窟どうくつもたくさん存在していた。その多くに解放遺跡がある。ほとんどは条件がないか、逆に強くなければ入れない。弱くても生命力500以上。

 そのなかで、生命力1500以内という上限が決まっているのは、北の遺跡群のなかではここ一つだ。


「ああ、やっぱり、赤が点滅してる。それも、この遺跡の光そのものが強いから、試練も強敵が出るんじゃないかな。従者三人までオッケーだし、パーティー戦だよ」


 とたんにウーウダリはこわばる。

「……私、自分はそこそこ強いと思っていましたが、今のレルシャさまにくらべれば、とても弱いです。お役に立てますかどうか」

「かまわないよ。ウーウさんのできることをやってくれれば」

「私のできること、ですか……」


 なぜか、ウーウダリはため息をつく。


 それはそれ。とにかく、遺跡だ。ここの遺跡はオレンジ色に光っている。銀色ほど少なくはないが、オレンジもあまり多くはない。


「オレンジって、なんなの? スピカ」

「オレンジはな。防御解放だ」

「防御? また装備品なの? それなら、着てる服でも解放されるかな?」

「そうではない。防御力が解放されるのだ」


 レルシャは首をかしげた。それはそうだ。レルシャたちの世界には防御力という数値はない。防御力は装備品によってのみ上がる。


「ああ。そういえば、多くはないけど、たまにいるタンカー職の人は、攻撃力がゼロのかわりに防御力が高いんだってね」

「うむ。騎士がそうだな。あるいは盾兵」


 これは身分上の騎士のことではない。戦闘職業としての『騎士』だ。体力が高く、攻撃力がないぶん、防御力が高い。回復魔法も少し使える。攻撃力はほかの職業と反対に、装備品の数値のみだ。

 盾兵は騎士よりもっと防御に特化していて、回復魔法を使えない。盾しか持てないので、攻撃はいっさいできない。ただ、防御力は騎士より高い。


「解放したら、盾兵になっちゃうの?」

「そうではない。職業としての解放ではないのだ。今のままのおまえに防御力がつく。それは従者解放によって、従者にも影響する」

「わあっ、スゴイ! じゃあ、打たれ強い魔法職になれるってことだね?」

「うむ。と言っても、防御解放では、せいぜい攻撃力の四分の一ていどの数値しか得られぬがな」

「充分だよ!」


 お金がないので装備品を買えないレルシャにとって、打たれ強くなるのは、ほんとにありがたい。


 地表に出ているのは奇岩の部分だ。そこに扉がついている。レルシャが押すと、すんなりひらいた。


 なかは今までの遺跡とは景観が異なっていた。岩窟がんくつだ。天然の岩肌にところどころ古代文字が刻まれている。天井には鍾乳石しょうにゅうせきがたれさがっている。


「ぼく、洞窟って初めてだよ。なんか、冷やっとしてる」

「なー」

「ラビリン、草原のほうが好きですね」

「この洞窟、迷わないんでしょうね?」


 ウーウダリに言われて、レルシャは悔やんだ。そうだった。複雑な構造の遺跡のために、ロープやチョークなど、役立ちそうなグッズを用意しておくべきだった。前に迷宮でさんざん苦労したのに。


「そうか。洞窟のときにも準備が必要だね」


 でも、この洞窟は幸いにして迷うほどではなかった。じきにまわりが岩壁でかこまれた円形のホールに出た。その奥に一つだけ穴がある。穴の上に女神のレリーフがあるので、そこが祭壇だろう。


 ホールにはすでに敵が待っていた。

 レルシャはあぜんとする。どうしたことか、とつぜん、敵がものすごく強くなっている。

 ゴーレムだ。それも、ディーンのうちにあるカカシみたいなやつではない。正真正銘のゴーレム。天井まで届きそうな背丈は、ゆうにレルシャの三倍はある。ゴツイ岩でできたボディ。太くて長い腕。こぶしなんて、子どもの頭より大きい。しかも、そのこぶしには鉄のスパイクがついたグローブがはめられている。あれでなぐられたら、かすり傷ではすまない。


「つ、強そう……ガーゴイルより強い?」

「うむ。攻撃力ならガーゴイルのほうが上だが、ゴーレムは防御力に特化しておるぞ」


 防御解放遺跡の試練だから、固いモンスターが出てくるのだろう。ほんとに倒せるか、ちょっと心配になってくる。それでも、やるしかない。貴重な防御力を得られるチャンスだ。


「行くよ。みんな?」

「なー!」

「よろしいです。キュルキュル!」


 ホプリンたちはやる気満々だが、ウーウダリは急にゲッソリして見えた。


「私……戦闘むきの職業じゃないんですよね」


 そういえば、ウーウダリの職業を聞いてなかった。冒険者とは言っていたが。


「ウーウさんの職業って何?」

「それ、聞いちゃいますか?」

「だって、これから戦うんだよ?」

「しょうがないですね。では、申します。盗賊です」

「えっ? 盗賊?」

「ああ、あくまで戦闘職です。ほんとに盗みを働いてるわけじゃありません」

「それはわかってる」


 もしかしたら、レルシャが雑貨屋から杖を盗んできたと勘違いしたとき、ウーウダリがやけに厳しかったのは、そのせいかもしれない。自分の職業が気に入らないのだ。

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