第35話 炎と氷
炎をつければ氷が溶け、氷を作れば、そのあいだに炎が消えている。部屋から部屋への距離が絶妙にちょっとだけ遠い。
試しに炎をつけてからダッシュしてみたが、やっぱり二部屋をかけぬけるうちに消えてしまった。氷がさきでも同じだ。
「うーん。炎でも氷でもいいんだけどさ。どうにか持続させられないかな?」
「氷を大量に出してはどうだ?」
「ふつうの氷なら、それで溶けるの遅くなると思うけど、魔法の氷に温度は関係ないんじゃないの?」
なぜ従者がいてはいけないのか、条件の意味もわかる。魔法を使える人間が二人以上いたら、問題があまりにもかんたんに解かれてしまうからだ。
つまり、逆に考えれば、一人でも達成できる問題になっている。
火属性と氷属性の両方の魔法をおぼえている必要はあるものの、両方とも攻撃魔法のなかでは基本だ。魔法の強弱や走るスピードではない。解きかたが大事なのだ。
「これって、両方の部屋が光ってるうちに女神像に祈れってことだよね。せめて、もうちょっと部屋と部屋が近ければなぁ。どっちをさきにしても、火や氷が消える前に、まんなかの部屋まで走っていくのはムリだよ」
最初からまんなかの場所にいて、燭台や受け皿に火と氷だけなげ入れることができれば。だが、入口の四角い穴からは、燭台も受け皿も遠い。魔法は対象が見えていないと発動しないのだ。念のため、中央の部屋から魔法をなげてみたが、やはり、途中で消えてしまう。
「うーん。もっと速く走らないとダメなのかな? あとちょっと速ければ、まにあいそうな気がするんだよね」
氷を作ったあと部屋から走りだそうとして、あわてて受け皿を倒してしまった。
「ああっ、倒しちゃった。ごめんなさい。わざとじゃないんです」
もうこのまま、解けないかも。この遺跡の解放は難しい……。
ころんで泣きたくなった瞬間だ。倒れた台の脚を見てひらめいた。
「これって、脚が床に固定されてるわけじゃないんだ」
てっきり、床にハメこんであって、部屋の中心から動かせないものだとばかり思っていた。それに、鉄製ではあるものの、持ちあげられないほど重いわけではない。
レルシャは受け皿を部屋の出入り口に置いてみた。ちょうど四角い穴に額縁のようにおさまる。次は火の燭台だ。これも、まんなかの部屋のすぐそばまで持ってくる。この位置なら、中央の部屋から両方へ魔法が放てる。
「プチファイア! プチアイシクル!」
炎と氷が同時に燭台と受け皿に載り、三つの部屋が明るく輝く。
「女神さま。解放お願いします!」
像の前にひざまずくと、さらに光が増し、レルシャの頭のなかにイメージと文字が浮かんでくる。
——魔法持続の法則——
新しい呪文だ。
(魔法を持続させる魔法。法則ってことは、きっと、学者の魔法だ)
魔法が持続する。それはすべての魔法に効果があるのだろうか? そうだとしたら、素晴らしい特性だ。攻撃魔法の威力も増すし、回復魔法なら、一回放っただけで数回ぶんの効果があるに違いない。
早く魔法を使ってみたい。この村に魔物が出ないのが、ちょっと残念な気分にすらなった。
(あとでまた、ディーンさんのゴーレムを借りよう)
遺跡を出ると、ウーウダリたちが待っていた。ニャルニャとラビリンは花畑で遊んでいる……わけではなかった。二人がふりむくと、可憐な花をムシャムシャ食べている。
「ぎゃー! 花食いオバケ!」
「なー?」
「失礼です。マスター。お花は甘い蜜があって美味しいんですよ? ホプリンはみんな大好きです」
「そ、そうなの?」
「とくにこの村の花は良質なのです。キュルリン」
「よかった……花食いモンスターかと思った」
ドキドキする心臓を押さえて、神殿へ帰る。帰り道だ。ウーウダリがたずねてくる。
「レルシャさま。いいものが得られましたか?」
「うん。学者の魔法だった。たぶん、学者って、攻撃や回復の直接的な呪文じゃなくて、呪文の効果に影響する魔法なんじゃないかな」
「それはよかったですね。だけど、待ってるだけなのは退屈です」
「明日は北の洞窟に行くよ。あそこの入口の条件が解放二十以下、生命力1500以下、従者三人までなんだよね。今のぼくらでちょうどいいくらい。もっと強くなると入れなくなるから」
「わりと強めの条件ですね」
「だよね。大昔に魔王を倒したっていう勇者のパーティーだって、誰も二十回も解放してないんじゃないかな?」
強いパーティー用の条件だ。赤い点滅もあった。あるいは今度こそ強敵が待っているかもしれない。
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