第32話 ゴブリンたたき



 数百年に一度浮上するという浮島の遺跡。ここへ来るには運とタイミングが必要だ。どんなに強い人でも、遺跡が沈んでいるときには来られない。来られるだけで、そうとうな大幸運だ。


 遺跡のなかはかなり広かった。前に無限迷宮になっていると思った、坂下の遺跡のように、天井も高く、いくつも部屋が続いていた。やがて、たくさんの柱で支えられた広間に出る。


「へぇ。遺跡のなかって、こんなふうになってるんですね。外から見た感じじゃ、こんなに広くなかったのに」と、ウーウダリは感心している。


「いつもはこんなに広くないよ。遺跡によって違うんだ。ぼくがかがんで入るのがやっとのとこもある」

「ああ……小さいところには私はついていきませんので、ご安心ください」

「それがいいね。小さい祠は試練もないから」


 しかし、ここには試練がある。さっそくやってきた。柱のかげから、背の低い人影が現れる。小さいはず。ゴブリンだ。頭にツノの生えた、みにくい小鬼である。今では魔物に区分されているが、大昔はエルフの仲間だったとも言われる。ホプリンが魔物化したものではないかと。とはいえ、ホプリンほど力は強くない。


「ゴブリン一体か。今のぼくなら、てんで敵じゃないね。プチファイア一発だ」


 生命力2000までというから、もっと強い敵が出てくるのかと思っていた。ふつうの人間なら、成人に達しても、生命力が1000を超えることはまずない。兄のアラミスのように、きわめてまれな才光を持ち、しかも解放した場合にのみ2000を超える可能性がある。

 だとしたら、そこに出る試練はドラゴンのような強敵であるはずなのだ。

 なのに、ゴブリン……。


 なんだか違和感をおぼえる。が、とりあえず、柱のかげからのぞいているゴブリンは敵だろう。


「スピカ。あのゴブリンが試練なの? それとも、ダンジョンに住みついた雑魚モンスター?」

「柱に文字が刻まれておるな。試練の間。すべての敵を倒せ。ただし、影に惑わされるな。と記されておる」


 すべての敵というのが気になる。とりあえず、プチファイアでゴブリンは倒しておく。が、炎が当たったとたん、ゴブリンの姿はスッと消えた。


「消えた?」

「待て」と言ったのは、ディーンだ。

「あのゴブリンからは魔物の匂いがしなかった。どうやら、本体ではない」

「ああ、それが影なんですね?」

「影に惑わされず、本体を倒せという意味だろう」


 でも、本体も何も、ほかに敵の姿はないのだが?

 と思った瞬間、柱のかげから、またゴブリンが顔を出した。今度は二つだ。


「プチファイア! プチファイア!」


 二発同時に放つものの、一瞬早く近くのゴブリンに当たる。フッと消えると同時に、もう一匹は柱に隠れた。プチファイアが対象を失って消滅する。


「ああっ、隠れるなんてズルい」

「それはゴブリンもやられたくはなかろうからな」

 スピカが言うので、

「おれも手伝ってやろう。この四つの柱にゴブリンが出たら、たたいてやる」

 ディーンが一番遠い柱のところへ走っていった。四本の柱のまんなかに位置する。柱は全部で二十だ。


「私は見学させてもらいます。レルシャさまがどのていど戦えるのか、見ておきますから」


 ウーウダリが言うので、それならニャルニャに来てもらえばよかったと思う。ニャルニャに四本任せれば、残りは十二本。だいぶ範囲がせばめられたのに。


 そんなことを考えているあいだにも、ゴブリン出現。


「プチファイア! プチファイア! プチファイア!」


 三匹現れたゴブリンのうち、二匹はフワンと消え、一体が隠れる。あれが本体だろうか? どうしても、本体にだけ当たらない。


「なんであんなに勘がするどいの? 絶対、当たる前に隠れるよね」

「待て。坊主」と、ディーンがいったん近くまで戻ってくる。

「おそらく、やつは影が攻撃されたときの波動を感じて、いち早く隠れているのではないかと思う。つまり、全部、同時に攻撃しなければ倒せない」

「同時にか……」


 それか、たまたま運よく最初の一撃が本体に当たるかだ。同時に出るのが二、三体なら、いつかはそれでも命中するだろう。


 しかし、そんなレルシャたちの考えを読んだかのように、ゴブリンはいっせいに柱という柱から現れた。全部で二十体。これを同時に攻撃するなんて、プチファイアではできない。プチファイアは単体攻撃魔法なので、どうしても着弾に時間差が生じてしまうのだ。


(同時に攻撃できるような範囲魔法……)


 そうだ。アイシクルだ。本来のアイシクルは単体魔法なのだが、さっきの感じだと、なぜか全体攻撃魔法になっていた。アイシクルと唱えつつ、じっさいにはブリザードなのだ。レルシャの脳内のイメージがブリザードに近かったのだろう。


(もう一回、いけるかな)


 やってみるしかない。

 レルシャは吹雪のイメージを作りあげると、魔法杖をふりかざした。


「アイシクル!」


 広間にとつぜんの吹雪が吹きあれる。ゴブリンの影はいっせいに消滅した。が——


「あれ?」


 柱のかげから別の柱のかげへ、コッソリはって移動するゴブリンがいる。今までのゴブリンよりちよっとだけ大きい。そうやって自分の影がおとりになっているすきに、柱から柱へ移動していたようだ。


「今度は逃がさない。プチファイア!」

「ムギャッ!」


 ゴブリン本体は倒れた。

 試練をクリアしたのだ。

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