第22話 隠し通路発見



 二、三日は退屈な時間がすぎた。遺跡に行けないレルシャは不満と苛立ちがつのる。この年にしてはずいぶん我慢強く、ねばり強いが、そこはまだ子どもだ。強くなれるのがわかっているのに止められるのは、理不尽にしか思えない。


(あーあ。なんとか外に出られないかなぁ。こんなところに閉じこめられたら退屈だよ。そりゃ窓の外の景色はキレイだけどさ。そうだ。窓からとびおりられないかな?)


 見おろしてみるが、神殿は一階ずつの天井が高いので、二階からだと、とてもとびおりられる高さではない。落ちたらまちがいなく骨折する。壁に凹凸おうとつもないし、伝っておりられるような木の枝やツルもない。


(こっちはムリか)


 もう一つの窓をのぞいても同じだ。ちょっと離れた位置に庭木はあるが、手の届く距離ではない。


「あーあ。あそこまで行けるロープがあればいいのに。それか、部屋のなかに隠し通路があるとか」


 そう言ったとたんだ。部屋の壁の一部が光りだした。黄色く点滅している。


「ん?」


 レルシャの部屋は南東の角部屋だ。東と南に窓がある。北側に鍵のかかった扉があり、その外は廊下だ。廊下はまっすぐ西にむかうものと、すぐ部屋の前の手すりつき階段へむかうものの二手にわかれている。


 黄色く光っているのは西側の壁だ。ベッドの下あたり。レルシャはかがんで、そこをのぞいてみた。石壁の一部が妙にでっぱっている。光っているのはその部分だ。ベッドの下にもぐって、レンガ一つぶんくらいの光る石を押してみた。意外にもスルッと動いて、その瞬間、床に四角い穴があいた。のぞくと階段になっている。


「……隠し通路だ」


 なんでこんなところに隠し通路があるんだろう? ただの平和な村の神殿なのに。それも大昔の遺跡ならわかるけど、わりと最近に伯爵家が建てたものだ。

 まあいい。これが隠し通路なら、もしかしたら、ここから外に出られるかもしれない。


 そのとき、外から扉がたたかれた。


「レルシャさま。喉がかわいてませんか? 何かお持ちしましょうか?」


 ウーウダリの声だ。このまま外に行ってしまうと、ぬけだしたことがすぐバレる。レルシャは早く遺跡に行きたい気持ちを抑えて、なにげないふうをとりつくろった。


「そうだね。お茶をちょうだい。それに、甘いお菓子が食べたいな」

「わかりました。持ってきますので、しばらくおまちを」


 ぬけだせると思ってなかったので、朝ご飯のパンもとっておかなかった。おやつくらいは持っていきたい。銀の盆に載せてウーウダリがお茶とお菓子を運んでくると、それを自分で受けとって、窓ぎわの机に置いた。


「これを食べたら夕食までお昼寝するからね。お昼ご飯はいらない」

「わかりました。では、夕方に迎えにまいりましょう」


 ふふふと笑みがこぼれそうになるのを必死に我慢する。これで夕方まで自由の身だ。


 ウーウダリが出ていき、外から鍵がかかる。続いて去っていく足音を聞いたあと、レルシャはカバンのなかにお菓子をつめこんだ。お茶はワインの空きびんに流しこむ。コルクがついているので、水筒がわりにちょうどいい。


「さ、行くよ。スピカ。ニャルニャ」

「うむ。いざ行かん。新たな遺跡へ。石頭どもの言いなりになどなるな」

「な〜」


 ベッドの下の階段は子どもでも肩がつっかえそうなくらい細い。南側へくだっていく。そのあと、まがって、まがって、またまっすぐ。すると、つきあたりには壁があった。


「あれ、壁だ」


 でも、黄色が点滅している。力いっぱい押すと、壁はグルッと回転した。出たのはレルシャの部屋前の階段をおりたところ。そのすぐそばには裏口があって、庭へ出ていける。誰もいないので難なくぬけだせた。


「脱出成功だね」

「まだ油断してはならぬぞ。次は東の十ならび遺跡であろう? 馬がいる」

「そうだね。徒歩で夕方までに往復はきびしいね」


 庭木に隠れながら、馬屋へむかう。幸いにして、裏口から馬屋は近い。神官や僧侶たちはこの時間、神殿内の清掃や夕食の準備にいそしんでいる。ちなみに午前中は畑仕事だ。

 ふだんなら気がねなく歩いてほんの数分で馬屋にたどりつくところを、その倍以上の時間をかけて、ようやく愛馬グランデのもとへやってきた。


「グランデ。行くよ」


 鞍をとりつけるあいだも、急に誰か来るんじゃないかと思うとドキドキだ。コソコソ泥棒のように神殿を出ていく。東へむかい牧草地のあいだをグランデに乗って走りぬけると、やっと笑いがこみあげてきた。


「やったー。雑貨屋裏のスキル解放は、やっぱり隠し通路発見だったんだ」

「探索系もときに役立つものよ」


 数日ぶりに出る外は、とても清々しい。風が髪をゆらし、頬をなでていく感触。空気の精霊たちのほのかな祝福さえ感じる。グランデの背中でゆれるリズムにも、生きている実感がはじける。


「楽しい。楽しいね。もっと、もっと、どんどん強くなろう。それで、いつか、兄上のとなりでぼくも戦うんだ」


 砦でもっとも強い騎士なんて呼ばれて、兄にも「レルシャは頼りになるな」と褒められ、父や母が安心して屋敷で隠居できるようにしてあげたい。


 できるなら、魔族にもレルシャの勇猛さがウワサとなり、あきらめて攻めてこなくなればいい。世界のどこからも争いがなくなれば。


 それが十歳のレルシャの夢だ。


 やがて、東の杉林の手前に、その祠は見えてきた。十の祠が等間隔にならび、遠くからでも目立つ。


「問題はどの祠を選ぶかだよね」


 ここの祠は全部に戦闘生命力400未満の上限がある。この遺跡すべてが倍々で解放されるなら、80しか生命力のないレルシャでも、160、320となるので、三つの祠にしか入れない。どうせなら、いい解放を得たいのだが……。

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