第16話 初めての魔法



 ボロボロになった木のカカシ。子どもの落書きみたいな目鼻が申しわけていどに描かれている。これを相手に訓練と言われても逆に困る。


「えっと、これを倒せばいいんですか?」

「これはわが家に代々伝わる戦闘訓練用のゴーレムだ」

「ゴーレム?」


 いや、どう見てもカラスにつつきまくられたカカシだ。


「なかなかに手ごわいぞ。おれも昔はコイツに世話になったもんだ」

「そうですか……」


 強そうな狼男だが、こんな平和な村の住民だ。カカシ相手に訓練していれば満足だったのかもしれない——なんて、失礼なことを考えた瞬間だ。魔法杖をにぎって立つレルシャの前で、急にシュルンとカカシが変な動きをした。関節でまがるように細工された腕が、まるで七節もあるように伸びて、レルシャを殴打おうだする。


「ワー! イタイ!」

「どうした? 小僧。反撃しないとやられてしまうぞ?」


 カカシはすでに戦闘態勢に入っている。両手をブラブラさせながら、腰を低くして近づいてきた。ほんとに生きているように敏捷びんしょうでなめらかな動きだ。


「わあっ、ほんとにゴーレムだった!」

「油断するでないぞ。こやつ、なかなかに強い」と、スピカに言われるまでもない。

 ゴーレムは片足を軸にもう片方の足を伸ばし、回転しながら迫ってくる。レルシャはふっとばされた。あっけなく地面に倒れる。ヒットポイントが20は消滅した。


「つ、強い……」


 狼男はあごさきをなでながら、

「これでも、対戦相手の強さに応じた技しか出してこないんだがな」と、うそぶく。

「自動で互角の勝負になるように細工されてるんだ」


 互角というには、妙に強い気もしたが、そう聞いては負けてられない。レルシャは立ちあがり、あらためて身がまえた。自分は賢者だ。魔法杖も手に入れた。さて、攻撃——


「……あれ?」

「どうしたのだ? レルシャよ?」

「ねぇ、スピカ」

「うむ」

「ぼく、もしかして……」

「うむ?」

「攻撃魔法って、おぼえてないかも!」

「な、なんだとぉー!」


 そうだった。これまで、マジックポイントがきわめて低かったレルシャは、使用できる魔法もまた少なかった。戦場に出る可能性がほぼゼロだったため、わずかなマジックポイントを使うのなら回復魔法しかないと考え、それだけを勉強してきたのだ。マジックポイント1で使えるプチヒールと、マジックポイント2で使える毒消し魔法のクリアしか、現状、使用したためしがない。あとは呪文だけ、ハーフヒールとプチヒーリング、ハイクリアを知っている。どれも回復や状態異常回復だ。


「ど、どうしよう?」

「杖でなぐるのだ!」

「でも、それ、力技だよね? 魔法使いの戦いかたじゃなくない?」

「そうは言っても、おまえ、攻撃魔法を知らぬのであろうが? おろかものめが!」


 スピカに罵られても返す言葉がない。


 モタモタしてるうちに、ゴーレムの次の攻撃が来る。両手をにぎりあわせて腕を伸ばし、レルシャの頭上からふりおろそうとしている。あれが頭に命中したら、まちがいなく残りの全生命力を持っていかれる。


「小僧。『ファイア』を唱えるのだ」

 狼男の助言。

「ファイアですか?」

「火の玉を敵になげつけるイメージだ」


 火の玉。ファイア。

 考えているヒマはない。ゴーレムはもう鼻先に迫っている。頭のなかで焚火たきびの炎が赤々と燃えるさまをイメージした。


「ふぁい……ファイア!」


 出た! 焚火というよりは、大きめのロウソクの火だが、ゴーレムの顔面に直撃した。ゴーレムはふっとび、コテンと倒れてカカシに戻る。


「魔法だ! ぼく、攻撃魔法が打てた!」


 狼男は腕を組んだ。

「ファイアというより、今のはプチファイアだな」


 魔法は大昔、女神との盟約で使えるようになったという。火属性の魔法なら、それをじっさいにあやつっているのは周囲に存在する火の精霊だ。レルシャが呪文をどもったから、火の精たちにプチファイアと判定されたのかもしれない。


 狼男は続ける。

「しかし、プチファイア一撃でゴーレムを倒すとは、威力はファイアなみだ。素晴らしい。きっと、その杖のおかげだな」


 たしかに、手の内の杖から、レルシャの精神力を高める力が伝わってくる。心を集中させて呪文を発現しやすくし、さらにはその効果を増幅させているのだ。三倍……あるいは、それ以上に。


(これ、たぶん、中級者でもあんまり持ってないくらい性能がいい)


 いい武器を手に入れた。これなら充分、レルシャも戦場に立てる。


「ありがとうございます。おかげで魔法を一つおぼえました」

「また鍛えたくなれば来なさい」


 最初は怖いと思っていたが、いい人だった。


「おれはレヴィラディーン。ディーンでいいぞ」

「ぼくはレルシャです。よろしくお願いします。また来ます」


 なぜ親切にしてくれるのかはわからない。でも、これで訓練場所もできたし、師匠と呼べる人とも出会えた。この村に来てから、いいことばかりだ。

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