第15話 村外れの狼一家



 立派な武器を手に入れたので、レルシャたちはいったん神殿まで帰った。いや、帰ろうとした。湿地を出ようとしたときに、獣人の親子に出会った。ラグナランカシャに住んでいる獣人はほんの三家族ほどだが、彼らはこのあたりに住居がある。湿地でレンコンを育てているのは獣人たちなのだ。鹿の一家、クマの一家、狼の一家がある。よりによって、出会ったのは狼の一家だった。お父さんは人間の大人より頭一つぶん大きい(クマの一家ならこの倍だ)し、牙がとがっていて、見るからに怖い。


 ホプリンをそのまま大きくしたようなのだったら可愛いのに、獣人というのは、もっと本物の獣っぽいのだ。二足歩行に適した体形ではあるが、全身は獣毛におおわれ、頭部は動物そのもの。ただし、この村に住んでいる獣人は人間の言葉を話した。


「あ、あの、こんにちは」


 おれのナワバリに勝手に入ってくんじゃねー! と怒鳴られたらヤダなと思いつつ、ペコリと頭をさげる。お父さんと五歳くらいの娘さんだ。性別は着ている服でわかる。裸だったらわからない。


 そそくさと逃げだそうとすると、背後から声をかけられた。


「待ちな。小僧」


 ドッキーン——!

 心臓がレルシャの口の裏を打ったかと思った。とびあがる。


「は、はい?」


 ふりかえりつつ答える声は裏返っている。

 獣人の年齢はわからないけど、毛並みのつやから言って、すごく若いのだろうか? 人間で言えば三十歳前後? つまり、ナワバリの主張がもっとも激しいのか?


 ビクビクしていると、思いがけない言葉をかけられた。


「いい杖を持っているな。それに、聖獣をつれている」


 聖獣、聖獣……どこにいるんだろうか?


「あっ、そうか。ニャルニャのこと?」

「ホプリンではない。肩に乗せている聖獣だ」

「肩に? ああっ、スピカのことだったー! おじさん、スピカが見えるんですか?」


 狼男はうっそりとうなずく。


「おれも昔、一度だけ解放遺跡へ入ったからな。聖獣と戦う試練があった」

「……」


 スピカと戦うのだろうか? そんなのあっけなく勝てる。


 狼男は牙をむいて笑う。

「その聖獣は小さい。ちゃんとしたのは恐ろしく強いぞ。坊主。おまえ、解放遺跡の扉が見えるんだな?」

「あ、えっと、はい」

「おれには一つしか見えなかった。だが、その恩恵は計り知れなかった。おまえ、解放を得て何をしようと思っているのだ?」


 何をしようという目的はなかった。ただ強くなりたい。強くなって、兄や姉とともに戦えるようになりたい。そして、大好きなソフィアラと仲なおりしたい。


 正直にそう話すと、狼男はしばし目を閉じた。やがて、その目をひらき、レルシャをまっすぐに射すくめる。


「今はそれでいい。おまえにはにごりが感じられない。大切な者を守りたいと思うのは戦いの第一歩だからな」


 よくわからないが認められたようだ。いったい、なんだったのだろうか?


「あの、それじゃ、ぼく、これで……」

「待て。小僧。強くなりたいのだろう?」

「は、はい?」

「見れば魔法使いのようだな」

「正確には賢者です」

「ほう。それは素晴らしい。では、魔法は使えるか?」

「はい」


 回復魔法は何度か使った。呪文だけおぼえている中級回復魔法のハーフヒールも今なら使える。戦闘精神力マジックポイントは戦闘生命力に比例する。おおむね、戦闘生命力の三分の一から半分ていどがマジックポイントになる。レルシャは約半分。

 ハーフヒールはヒットポイントを100治してくれるが、一度にマジックポイントを5も使用するので、以前のレルシャにはギリギリ一度しか使えなかったのだ。それも気持ちを落ちつけないと、かけられないときもあった。今なら八回はかけられる。


 自信満々に言うと、狼男はうなずく。


「では、じっさいにモンスターと戦ったことは?」

「あると言えばあるけど、ないようなものです」


 この前は一方的にスライムに体当たりされていただけだ。倒してくれたのは、ニャルニャ。


「よし。では来い。鍛えてやろう」

「えっ?」


 何かよくわからないままに、一家の裏庭へつれていかれる。狼男は納屋からカカシを持ってきた。それをドンと地面におろすと、宣言する。


「さあ、これと戦ってみるがいい」

「えっとぉ……」


 なんでカカシと勝負するハメになったのだろう?

 まったくもって意味がわからない。

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