第5話 生徒会

 体育館で白熱した合戦から一転、三成は保健室で悲鳴を上げていた。


「石田君、ちょっと沁みるよー」

「いっ……たぁーーい! エ、まっ、いっ、しみっ、痛いッ!」

「三成様、ファイトです」


 三成が清正に噛みつかれた直後、パニック状態に陥ったESS部の面々を横目に、合戦に水を差されて不機嫌になった将門によって清正は意識を落とされた。そして慌てながらも治癒の術を発動した家康によって応急処置を受けた三成は、顔色の悪い正則と共に保健室へと引っ張られたのだ。

 部屋では保健医の少彦名命が笑みを深くして待ち構えていた。薬祖神たる彼は転生能力の研究もしているのだが、今回の合戦における清正と正則の暴走に心がくすぐられたらしい。目を爛々と輝かせて三成達の治療にあたった。


「少彦名先生はぁ、腕は良いんだけどねぇ」

「能力の影響か本人の趣味か、とてつもなく痛いんだがな……」

「豊臣君に大谷君、このワタシの前で堂々と文句とは。いい度胸だね?」

「うっ……スミマセン……」


 秀吉と吉継がべそをかく三成を励ますといった体で少彦名の治療に対する不満を口にするも、ギロリと睨まれて三成の後ろにそそくさと隠れる。間近でやりとりを聞いていた三成は呆れから、痛みも忘れて肩をすくめた。


「マ、いいんだけど。それにしても今回の暴走の件、福島君さ、どこかで呪いでももらってきた?」

「呪い……っすか?」

「そ、呪い。そんでもって石田君の能力の成長に煽られたのがトドメ……かもね」


 目を丸くする一同に、少彦名は「あくまでワタシの見立てだけど」と前置きをして解説をした。曰く、正則と清正から、動物系の能力を凶暴化させる呪いの断片が見つかったのだ。そして、三成の転生能力もまた、以前より強力になっていた。

 転生能力は個人での訓練でも強くなるが、他者との関わりの中で互いに高め合うことも可能である。だからこそ、三成の急激な成長に清正達が煽られて呪いの効力が発動した、と少彦名は考えたのだ。


「しっかし……石田君の能力さ。単なる植物操作の範囲じゃないね。まるで加護や呪い系の能力みたいだよ。それに、ワタシにも覚えのある気配……」

「豊穣の権能を持つ神からの加護、あるいは呪い。ですね?」

「そうそう。ってアララ、天智君?」


 三成達が真剣に少彦名の話を聞いていると、ふと、彼らの背後から甘いテノールの声がした。振り返って見ると、そこに居たのは紫の腕章をした白馬の似合いそうなイケメンと、同じく紫の腕章の、愛嬌があるふくよかな少年の二人組であった。

 天智と呼ばれたイケメンが三成を視界に収めると、ニコリと笑みを浮かべて話しかけた。


「はじめまして、石田君。私は三年生で、生徒会の副会長を務める者だよ。天智天皇だとか中大兄皇子だなんて呼ばれているね」

「ボクチンは三年飛鳥組の聖徳太子様なのだ! 平伏せよーっ!」

「えっ、は、はい?」


 天智の自己紹介に挨拶を返そうと立ち上がりかけた三成が、直後の厩戸王のテンプレートのような高飛車な態度に目を丸くした。キョトンとする三成と何事だと警戒心を露わにするESS部の面々。そんな彼らに苦笑しつつ、石田君に用があって来たんだ、と天智が口を開いた。


「石田君。ぜひ、生徒会に来てほしい。君の優れた事務能力が欲しいんだ」

「いきなり何だと思ったがなあ……部長の前で堂々と引き抜きたァ、副会長サマは良いご身分だなァ」

「エ、何で信長様が怒るんです? と言うか僕、もしかしなくても勧誘されてる? 漫画みたいだね?」


 余裕たっぷりに微笑む天智と腹立たしげに天智を睨む信長、そして混乱する三成。三者三様の反応は、まさに小さな混沌である。そんな中、厩戸王が不遜な態度を崩さずにエヘンと胸を張ったまま話を続けた。


「オマエにボクチンたち生徒会と肩を並べる名誉を与えると言っているのだ! だが、オマエが義理堅いタイプだということもサーチ済み。特別にESS部との兼部も許してやるのだ!」

「太子、上から目線になりすぎてはいけないよ。……まあ、太子が言ったように、君には生徒会に所属してほしいんだ。特例として兼部も許可するし、足軽をもう一名指名しても良い。生徒会専用の腕章と校章、タイも用意する。悪い話じゃないだろう?」


 あくまでも「自分が上」といった態度で話を進める生徒会の二人に、三成は眉を顰める。そも、厩戸王は義理堅いタイプと三成を評したが、彼らの勧誘はその義理堅い三成に敬愛する秀吉達を裏切れと言っているも同然なのだ。故に、三成は不快感を滲ませた顔で吐き捨てた。


「先輩方の言う「義理堅い」とは随分と薄っぺらいのですね」

「なんだって……?」

「僕を「義理堅い」と言ったのは貴方達じゃないですか。事実、僕は不誠実な事が大嫌いです。裏切りなんてトラウマど真ん中な事はもっての外だ。どうしてあんな勧誘で僕が靡くと思ったのか、不思議でならないですね」

「マ、そういうこった。「義理堅い」佐吉はESS部を裏切って生徒会に着くなんて不誠実なマネはできねェんだわ」

「……っ」

「なっ……!?」


 不快を隠しきれない三成に勝ち誇った表情の信長。そして、警戒する様に自分達を見つめるESS部の面々と将門を前に、天智は自身の失策を悟った。三成を自陣に引き入れるには、報酬をチラつかせて勧誘するのではなく、頭を下げて助っ人にと望むべきだったのだ。

 信長達に反論しようと開きかけた厩戸王の口を素早く塞ぎ、非礼を詫びるために頭を下げた。


「すまない。私達の方が不義理だった。謝罪させてほしい。……ただ、生徒会に人手が足りていないのは事実だ。君さえ良ければ、体育祭実行委員会に参加してほしい。来週あたりに、各クラスで募集の連絡が来るはずだよ」

「……変な贔屓や勧誘でないと、信用して大丈夫なものですか?」


 怪しむ三成に、然もありなんと苦笑して、天智は疑惑を解消すべく続ける。


「ああ。誓って、そういったものではないと。あと、今回のお詫びに、君が部活見学の許可を貰えるように、先生方と交渉しよう。先生方も、君に考える暇を与える事ができなかったと気にしていらした」

「まあ、そういう事でしたら、お願いします」


 申し訳なさげに眉を下げた天智に、三成はようやく頷いた。疑いは晴れきってはいなかったものの、あまりに追求しすぎると後に禍根を残す事を、三成はよくよく知っているのだ。

 そんな彼の心の機微を悟った天智は、もう一度謝罪の言葉を述べた。そして、これ以上の長居は良くないと厩戸王の手を引いて保健室のドアへと向かいかけて、振り向いた。


「石田君。肩の傷、お大事にね。それと、部活見学の際には、よく観察すると良い。今回の暴走事件の糸口が掴めるかもしれないよ」

「にゃにッ!? どういう事だにゃ!」

「……ご忠告、ありがとうございます」


 処置は終わったものの未だ痛む肩を押さえつつ、三成は天智が残した言葉を咀嚼する。その後ろでは、考え込む彼を、吉継と家康が苦々しい表情で見つめていた。



 ――――



 夕方。

 下校時間が過ぎ、西日の差す空き教室に二人は居た。静かに思考に浸る青い腕章――三年生と、その横で虚ろな目を蕩けさせた赤い腕章――二年生だ。

 三年の男子は、どこか機械的な声で目の前の後輩に問いかけた。


「それで、進捗はどうだ。あの編入生は私達の計画に使えるか?」

「そうですねえ。カレのカゴはカミ本体ではなくケンゾクからのカゴですからねえ。生類が相手ですから、ワタシのフィールドですよお」


 先輩からの問いに、のらりくらりと間伸びした話し方で後輩は話す。そんな彼に苛立ちの募った三年生は話を急かした。


「結論だけを言え」

「はあい。カレ、使えますよお。最高の素体ですう」

「そうか。では、私はこれで」

「さよーならあー」


 結論を聞いて、キビキビと歩き去って行った先輩を見送り、後輩は思考を再開する。その口からは不気味な笑い声が漏れ出ていた。


「フフ、ウフフ。蠱毒にしましょうか、新たなカミにしましょうか。どちらにせよ、最高のモノができますねえ。ウフフ、はは、アハハハハ! ああ、ああ! 生類に呪いあれ!」



 ――――



「『呪いの断片』かぁ……私も気をつけなきゃ」


 夜も更け、あと数分で布団に潜りにいく前の、ひと息つく時。三成とうたは、正澄の部屋に集まって兄妹会議をしていた。

 三成の記憶が戻って以来、記憶の齟齬の確認や勉強会に使っていたこの時間は、新学期に入ってからは、その日あった事の報告会になっていた。


「うーちゃんの能力……人々の祈りも、ある意味動物系の能力って言えなくもないからね。それで、みっちゃんは? 肩は大丈夫か? 家康君と少彦名先生が治療したんなら傷跡も無いはずだけど、辛かったら兄さんに言うんだぞ?」


 自分達を心配する兄に、三成とうたは、気恥ずかしくなり、身を寄せ合ってはにかんだ。可愛い弟と妹の事になれば、正澄はどこまでも心配性になるのだ。

 前世では片や大戦の中心人物になった末に斬首、片やその合戦の際に城諸共焼身自殺だったのだから、心配するのも然もありなん。大切な家族がもうこれ以上の大事に巻き込まれてほしくは無い兄心は理解できるが、途方もなく大きな兄からの愛が、時たまむず痒くなるのだ。


「僕は大丈夫。ありがとう、兄さん」

「私も、ちゃんと自衛するよ」

「それならいいんだ」


 力強く頷く双子に、正澄は淡く笑みを浮かべる。

 前世で似た者夫婦だった二人は、転生しても似た者兄妹だ。曲がった事が大嫌いで卑怯を許せないからこそ、トラブルに巻き込まれにいってしまう二人の「大丈夫」と「自衛する」はイマイチ当てにならない。

 それでも……。それでも、仲間と加護に恵まれた今生の二人はきっと大丈夫。大いなる加護を持たない秀才の兄は、天の恵みを持って生まれた弟妹を信じるのみである。



 ――――



◯TIPs


  少彦名命

 年齢、誕生日共に不詳

 身長163cm、体重63kg

 日本書紀・古事記に登場する薬祖神。

 日ノ本学園の保健医であり転生能力の研究者。「ちょっと沁みるよー」の一言でどんな怪我でも完璧に治してみせる。

  天智天皇/中大兄皇子(前世)

 (626〜671)

38代天皇。大化の改新の中心人物。蘇我入鹿を暗殺した人。

  天智天皇/中大兄皇子(転生後)

 1話時点で17歳、9月生まれ

 身長178cm、体重68kg

 転生能力「アマテラスの加護」

 補助器「サーベル・乙巳」

 日ノ本学園高等部 公家科 3年天平組

 生徒会の副会長。白馬の似合う王子様系イケメンだが、外見を裏切る様な腹黒い策を立案することもしばしばある。皇族共通の強力な転生能力を持つ。

  厩戸王/聖徳太子(前世)

 (?〜622)

 推古天皇の摂政。冠位十二階や十七条憲法を制定した人。

  厩戸王/聖徳太子(転生後)

 1話時点で18歳、4月生まれ

 身長160cm、体重68kg

 転生能力「アマテラスの加護」

 補助器「剣・飛鳥」

 日ノ本学園高等部 公家科 3年飛鳥組

 生徒会の書記。少しぽっちゃり気味で高飛車なお坊ちゃん。「厩戸王」と呼ばれる事を嫌っている。

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