第6話 オカルト研究部
初めての合戦や保健室でのやりとりで濃い一日を過ごした翌日の昼休み。三成の目の前には、満面の笑みを浮かべた将門が仁王立ちをしていた。
「みつなりくん、ぶかつけんがく、きょかでたんでしょ? さっそくいこー! おれが、おかるとけんきゅうぶ、あんないしてあげる」
「もぐむぐ!? ゲホッンゴッホ!」
「ニャーッ!? 待て待て待て! 一旦三成の手ェ離せ、にゃ!」
言い終わるや否や、三成の手をぐいぐいと引っ張る将門に慌てたのは、三成と共に昼食をとっていた行長である。弁当のおかずを喉に詰まらせかけて咽せる三成を助けるべく将門を三成から引き剥がして制止した。
お気に入りの後輩から引き剥がされて一瞬不機嫌になりかけた将門ではあるが、咽せる彼は様子を見て仕方がないと不機嫌を飲み込むことにした。なんと言っても自分は優しい先輩なので。
少しして、三成が落ち着いた途端、テイクツーだと言わんばかりに将門は胸を張って、ドヤ顔で、誘い文句を言い直した。
「みつなりくん。ぶかつけんがく、いくよ! おれが、あんない、してあげるから!」
「せ、先輩、部活見学って放課後じゃないんですか? しかも僕、オカルト研究部の見学なんて聞いてませんよ」
改めて言い切った将門に、三成が疑問を投げかける。朝一番に彼を訪ねてきた天智からの通達では、比較的規模の大きい四つの部活と同好会の見学をするように、といった事であったが、その中に将門が率いるオカルト研究部は無かったのだ。
そんな三成の正論が面白くない将門は、ハリセンボンの様に頬を膨らませて拗ねてしまった。そんな事で折れる三成では無いが、痺れを切らした将門が、とうとう子どもの様に駄々を捏ねはじめた。
「おれが! さっき! きめたの! ねーえー! きてよー。おかるとけんきゅうぶ、きてきてきてーーっ!」
「子どもかよ」
「小西、シッ!」
もはや先輩としての威厳形無しである。
冷ややかな目を向ける行長の口を塞ぎつつ、三成は大きくため息を吐いて、とうとう折れる事にした。何せ、ただでさえ将門が注目を集めていたのに、更に好奇の目で見られるだなんて、堪ったものでは無いのだから。
「ハァ……。小西、行くよ」
「行くって、どこにゃ?」
「オカルト研究部」
「やったー! いこー、いこー! ゆきながくんも、きてもいいよ!」
「呪われたりは……いにゃ、何でニャッス」
ルンルンと擬音の付きそうなほどに上機嫌になった将門と気まずげな行長、そして二度目のため息を吐いた三成。なんとも混沌とした一行が教室を後にした。大きな混乱をその場に残して。
――――
「ふんふんふふふーん、ぶ・か・つ、けんがっくぅー、たっのしっいー、けんっがくぅー、いぇいいぇいいぇーい!」
色とりどりの部室の並ぶ部活専用棟の廊下を、鼻歌まじりにウキウキとスキップをする将門を先頭に歩いていく。廊下の窓からは、昼間であるはずだというのに朱い夕陽が差し込んでいた。
そんな不可思議な様子の廊下を、三成は興味深げに、行長が怯えつつ見ながら歩みを進める。そうして歩いて少しした時、一つの扉が一行の前に現れた。将門は五芒星の描かれたその扉を躊躇いもなく開け放ち、ずんずんと中へ進んで行く。三成と行長も、一瞬顔を見合わせた後、将門に続いて部屋に入っていく事にした。
「ついたよ。ここが、おれたちの、ぶしつ。おかるとけんきゅうぶへ、ようこそーっ!」
「ようこそってセンパイ。アンタ、強引に連れてきたろ……。よう、ESSのお二人さん。オレは二年江戸組の徳川吉宗。ウチの部長のワガママに付き合わせちまって悪かったな」
「部長ももっと上級生としての自覚を持って欲しいんですけどねェ。ア、私さんはオカ研の副部長をしてます。安倍晴明といいます」
部室の中で、将門が太陽を背に胸を張ると、即座に両隣からツッコミが入る。長い緑の黒髪を揺らした江戸っ子風の美少女……もとい、顔だけは美少女なマッチョ青年の徳川吉宗と、烏帽子を被り、制服を和装に改造してあるマイペースな青年の安倍晴明である。
なんともインパクトの強い二人組に、三成と行長は呆気にとられて「はあ、どうも……」としか言葉が出なかった。そんな二人に気付いてか、吉宗が「ああ」と眉を下げて言葉を続けた。
「お二人さんの事ァ家康の叔父貴から聞いてたぜ。戦働きは不得手だが太平の世にゃ欠かせない飛び切り優秀な文官の素質がある大名だってな。処刑せざるを得なかったのが心底悔しかったンだとよ」
「それは……」
「家康、アイツ……」
吉宗の言葉に、今度こそ二人は絶句した。初めて知った家康の後悔。普段から表情も動かず口数も少ない、何を考えているのかは分かりづらいが自分達を大切に想っている事だけはわかる。そんな家康の心の内側。
きっと家康自身が三成達に直接伝える事は無い。本人から伝えれば、豊臣一筋な三成が激昂する事が目に見えているのだから。――情けで飼い殺しにして、この私に恥をかかせる気だったのか、と。
激昂する事が目に見えてわかってはいてもやはり、本人から聞くことができなかったのは悔しい。どうせなら思い切り正面からぶつかって喧嘩の一つでもすれば良かったのに。そんな思いで三成が僅かに唇を噛んだ時、吉宗が平素の闊達な雰囲気からは程遠いほどに小さく、ポツリと呟いた。
「なあ。アンタ達から見た叔父貴について聞かせちゃくンねェか? オレはどうしても“徳川”のフィルターがかかった叔父貴しか知らねェからなァ」
吉宗の呟きに、二人はポカンと少し口を開いて一瞬、目を見合わせる。そうして一拍置いて、徐にニンマリとあくどい笑みを浮かべた。
「マ、そう言う事なら、にゃ」
「良いね。この際、家康のネガキャンでもしてみる?」
「賛成。奴の小っ恥ずかしい失敗話、イヤって程に聞かせてやるにゃあ!」
家康本人が居らず、そして他人から見た家康を知りたがる人間が居る。家康の良い所と悪い所、有る事無い事言いたい放題である。
三成も行長も、家康の事を散々に言うのに遠慮も躊躇いも無い。何せ、真面目が服を着て歩いていると形容される三成ですら、ルールをルールと思わない世紀の問題児集団『武将科』の一員であるので。
そんな言いたい放題の二人に、吉宗も自然と口角が上がる。笑いが込み上がる。ジメジメと胸の内側に居座っていたナニかが一気に晴れる。そう。己が欲していたのは叔父を崇拝する誰かの声ではなく、叔父に遠慮の無い誰かの声だったのだ。
たとえ尊敬する叔父がかつて、目からビームを出して関ヶ原を荒らしたと言われたって驚かないぞ。と気合を入れて、吉宗は不敵に笑ってみせた。
「……ハハッ、どーんと来いってンだ!」
キャッキャとじゃれ合う後輩たちから少し離れた机。その机で将門と晴明は怪しげなビーカーを湯呑み代わりに緑茶を飲みつつ、穏やかに、満足気に、彼らを見守っていた。
「三成さんと行長さんを連れて来て良かったですねェ、部長」
「うん。よしむねくん、たのしそう」
「オカ研は、我々が居るからこそ条件を満たしていなくても“部”と名乗れますけど、我々が居るせいで避けられがちになっちゃいますからねェ」
明るく「センパイ!」と懐いてくる後輩が楽しそうに会話を弾ませている事に嬉しさを感じつつ、やはり寂しい思いをさせてしまっていたのではないかと苦々しい気持ちになる。
オカルト研究部は部員がたった六人かつ顧問の教師も居ないため、本来なら“オカルト研究会”である。しかしながら、合戦で振るわれる圧倒的な戦績から、特例として“オカルト研究部”と名乗ることを許されていたのだ。
問題児集団の武将科や魑魅魍魎の公家科の狸たちは新たなライバルとして見ていたために、呪いの噂があれども浮くことは少ない。しかし、学園の全生徒の約六割を占める農民や町人達の様な一般人の転生者たちは基本的に保守的で、変化や特例を嫌う。そのために、結果的にオカルト研究部は学園内で孤立気味であった。
だからこそ、前世では彼ら一般人からの人気があったにも関わらず、今生では孤立させてしまった負い目が、喜と楽以外の感情が錆びついている将門でも、僅かながらに感じていた。そうして、未だ転生者の常識に染まりきっていないお気に入りの後輩である怖いもの知らずな三成を部活見学にかこつけて連れて来た訳ではあるのだが。
「せいめいくん」
「……? なんですか?」
ニコニコと笑っていた将門の声がワントーン落ちる。不審に思った晴明が横を見ると、お気に入りのオモチャを取られて拗ねた子供の様に頬を膨らませた将門が居た。
「よしむねくんが、たのしそうなのは、いいけどさ。あのふたりを、さいしょに、きにいったのは、おれだからね」
……どこまでも、どこか残念な先輩である。
――――
◯TIPs
安倍晴明(前世)
(921〜1005)
言わずと知れた平安時代の陰陽師。様々な伝説を持ち、晴明神社で祀られている。
安倍晴明(転生後)
1話時点で17歳、11月生まれ
身長175cm、体重70kg
転生能力「陰陽の加護」
補助器「烏帽子・五芒」
日ノ本学園高等部 公家科 3年飛鳥組
オカルト研究部の副部長。究極的にマイペースではあるが、最強のボケである将門の前では彼もツッコミにまわらざるを得ない。最近はライバル兼相方兼会計係の蘆屋道満と一緒に現代の占いを勉強中。
徳川吉宗(前世)
(1684〜1751)
江戸幕府第8代将軍。米将軍、暴れん坊将軍として有名。紀州出身。享保の改革が有名。実は倹約家だったりする。
徳川吉宗(転生後)
1話時点で16歳、7月生まれ
身長178cm、体重79kg
転生能力「葵の加護」
補助器「太刀・俵」
日ノ本学園高等部 武将科 2年安土組
オカルト研究部所属。崇拝していた家康と叔父と甥の関係になって以来、「人間としての家康」を知らなかった事にモヤモヤしていた。気の良い兄貴分。
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