第2話 ESS部

 放課後。家康に引きずられる様に部室へと連れられた三成に待っていたものがあった。


 前世を遥かに上回る量の書類の山だ。


 目を白黒させて顔を引き攣らせる三成に、部長である織田信長が豪快に笑っている。


「いやぁ、佐吉が来てくれて良かったぜ! オレらはこういうチマチマしたヤツ、苦手でさ! アッハッハッ!」

「……なんと言うか、本能寺の変の原因がわかった気がする」


 ドン引きをしつつ、過労で倒れる覚悟を決めた三成の肩を秀吉と家康が軽く叩いて慰める。信長と同じく、書類仕事の苦手な二人にできることはそれくらいだけだった。三成は遠い目をしつつ、早速書類の山に向き合うことにした。山は、やらねば消えないので。


「ハァ……助っ人が欲しいです……。僕が居るんだからきっと、吉継や左近も居るでしょうし」


 とりあえず、と手を伸ばした活動記録に目を通す。ESS部の設立は一年前。どうやら信長がつくったらしい。記録者の欄には三成の前世の親友であった大谷吉継や、信頼できる家臣であった島左近の名前がある。最後まで目を通すと、三成は頭を抱えて突っ伏した。崩れ落ちる書類は無視をした。

 記録によると、初めのうちは、真面目に活動をしていたらしい。しかし、途中からおかしくなった。


 曰く、海外の文化を知るために海外旅行へ行く。

 曰く、海外の人とコミュニケーションをとりたいため、兄弟校へ殴り込みに行く。

 曰く、海外の料理の研究と称して中華街で買い食いをする。


 曰く、曰く……。と枚挙にいとまがない。まるで南北朝時代の様な無法地帯具合だ、と三成は思った。もしかして、秀吉達は転生してバカになってしまったのではないか、とも。

 三成が絶望した時、快活な大声が部室に響き渡った。


「ちわーっす! 修羅場のお供、島左近くんでーっす!」


 三成は目を丸くして固まった。三成の知る左近は、低くドッシリとした声で、父の様な、どんな戦場でも堂々と構えた大男だったのだ。


 ――この、高い声で軽薄にキャンキャン鳴いている小柄な少年は誰だ?


「……! 三成様! お久しゅうございます! ……心配したんですよ」

「左近……」


 心底心配したのだという左近の表情に、三成は前世の面影を見た。仕事で全国を飛び回り、果てには海外にまで出た三成のハードワークぶりを心配したかつての左近と、同じ眼差しだった。声や姿が変わっても、変わらぬモノがあったのだ。

 思わず涙ぐむ三成だが、キリリと顔を引き締める。ポカンとする左近の両頬を掴み、左右に、思い切り引っ張った。


「さぁーこぉーんー……! お前と吉継が居ながら、どうしてこんな事態になるんですか!?」

「ご、ごめんなさぁーい! 流石に俺と吉継様だけじゃ力不足ですぅー!」


 低く唸る三成に左近が叫ぶ。かつて「鬼」と呼ばれた左近といえど、複数人の天下人を同時に相手取るのは無謀だったのだ。降参のポーズをとる左近を見て、三成は手を緩める。三成とて、本気で左近の頬を引っ張る気は無かった。ただただ、照れ隠しをしたかっただけなのだ。


「三成様……お詫びと言っては何ですが、これからの三成様の学校生活、俺にサポートさせてください」

「サポート、ですか?」

「お、左近。やっと足軽制度を使うんだな」

「やっぱりぃ、左近には佐吉だからねぇ」

「……三成……流石……」


 三成に怒られることを恐れて離れていた三人がワラワラと戻ってきた。三成のサポートをすると言う左近や、信長の言う「足軽制度」なるものに三成が首を傾げていると、秀吉から補足が入った。


 曰く、「足軽制度」とは、三成らの属する武将科や、元貴族や皇族の属する公家科の生徒が、自身の部下を一人だけ指名する秘書の様なもの。特に忙しい生徒会や各部活の幹部が利用していることが多く、足軽制度で得た縁は、良くも悪くも卒業後にまで至る。秘書を目指す“足軽”にとっては、仕えたい人の元で訓練しながら将来の進路を獲得するチャンス。主となる学生にとっては、自身の仕事量を減らしつつ生涯の部下を得るチャンス。


「お互いWin-Win。オールハッピー、って訳だねぇ」

「ありがとうございます、秀吉様。……なるほど。左近は……その、良いんですか? 僕で」

「モチのロンロンですとも! 実家からも、三成様を見つけたら逃がすなって言われてるんで!」

「……三成以外……左近……扱えない……」


 戦はあまり上手とは言い難く、人望も少ない。関ヶ原でも盛大に負けた三成が、名将である左近の主となって良いのか。不安になった三成だが、左近から了承を得、さらには家康から後押しされたことで不安が少し解消された。モゴモゴと動かしていた口をキュッと結んで大きく頷いてみせた。


「わかりました。それでは左近、今回もよろしくお願いしますね」

「やった! 今度こそちゃんと、最期までお供しますよ」


 三成からの許可が出て、左近は大げさなほどに喜んだ。左近にとって、前世で三成の死に目に立ち会えなかった事は、生まれ変わっても持ち続けた傷だった。だからこそ、左近はもう一度三成の部下になりたいと思った。平和なこの時代であれば、きっと最期まで仕えることができる、と。


「頼りにしています。それでは早速ですが、今度の土曜日、ウチに来ませんか? 早期の採用面接と入社試験」

「……げ」

「ウワー……」

「がんばれー」

「……ファイト……」


 感傷に浸る左近に、三成が爆弾を投下した。大手財閥である三成の実家としても、優秀な人材はいつだって欲しい。左近が三成を確保する様に指示されていたのと同様に、三成も左近を見つけたら財閥の面接に参加させる様に言われていたのだ。小学生の頃から、うたや正澄からも散々に予告されていた左近だが、やはり「試験」や「面接」には渋い顔をする他無かった。


「あー……まあ、左近なら落ちねェだろ。と言うか、そんなことより佐吉だよ、佐吉!」


 結った髪が乱れるのも厭わず頭をガシガシと豪快に掻きむしった信長が、「うがー」と叫びながら崩れ落ちる左近に雑なエールを送る。左近がムクリと起き上がるのを確認すると、今度は三成の鼻先に指を突きつけた。


「エ、僕ですか?」

「そぉーだよオマエ! なんか、前よりカッチコチじゃねェか」

「確かにねぇ。昔より態度が硬くなってるねぇ」

「俺も思いました。三成様、俺にもカッチコチンですね!」

「……緊張……?」


 四人に指摘されて、三成がたじろぐ。確かに三成は、日ノ本高校の校門をくぐってから態度が硬くなっていた。家康の言うように、転校に伴う緊張もある。だが、大部分の理由は緊張ではない。

 三成は怖かったのだ。秀吉達から拒絶される事が。お前のせいだと言われることが。福島正則ら反三成派であった面々になじられることが。

 だからこそ三成は、言葉遣いを丁寧語で徹底しようとしたし、指摘されても変えるつもりも無い。


「そ、そう。ですね……緊張してたんだと思います。僕だけ、何故か記憶の無い状態でしたし、異例の転校生なので」

「なーんか、それだけじゃあ無さそうだが……。マ、今回はコレで是非も無ェか。んじゃ、佐吉。ヤスと左近連れて未回収の年貢……じゃなくて部費の徴収行ってこい。部長命令な!」

「え、は?」


 一体信長はどこまで見透かしているのか。内心ドキリとした三成だったが、直後の無茶振りに硬直した。既存の部員が付いているとはいえ、新入部員に部費の回収をさせるだなんて!

 憤りそうになった三成だが、もしかして、と思い直す。信長はもしや、三成に、一部ではあるが、部員との顔合わせさせようとしているのだろう。そうでなければ、こんな無茶振りはしまい。

 そう、結論付けた三成は、何かを悟った様な表情の二人を連れて部室を出た。部費を納めぬ不届者の顔を見るために。



「……行ったか?」

「行ったねぇ」

「オイ。ヒデ。寝るなよ」

「ふぁ……寝ないよぉ……」


 三成達が部室を出て少し。二人きりの部室で密談を始める。とはいえ、秀吉が今にも眠りそうであるから、スピーディーに終わらせる密談であるが。


「今年の体育祭だが……」

「うん、勝てそうかい?」

「応ともよ。佐吉は前、兵站とか裏方が得意だったんだろ? それならイケる」

「あぁ……くぁ……去年の敗因は裏方の準備不足だったもんねぇ……んっふ……」


 二人の脳裏に、去年の体育祭の決着が蘇る。序盤は順調であったにも関わらず、最後で息切れを起こして逆転負け。あれほど屈辱的な敗因は無い、と苦虫を噛み潰したような表情になる。


「あぁ、あとは……そうだな。佐吉は算術にも長けてたろ」

「そうだねぇ……もしかして、生徒会? 実行委員は毎回人手不足だからねぇ」


 有名な噂だ。

 生徒会主体の行事の実行委員会は毎回、会計係の人手がまったく足りていない。オーバーワークな三成には申し訳ないが、彼に生徒会の手伝いをさせるつもりなのだ。


「きっと、すっごく感謝するねぇ。……それこそ、崇め奉るくらいに……ぐぅ……」

「コレでちったァ忖度してくれりゃイイんだがな」


 現代社会では間違いなく汚職案件だが、ここは日ノ本高校。死人と重傷人さえ出なければ犯罪では無い。


「あ。オイ、寝るなって!」


 二人は密談を続ける。下剋上のための密談を。……秀吉の意識が保つまで。



 --------



「あ、そういえば」

「……? ……何……?」


 ふと、三成は思い出した。活動記録には吉継の名前があったが、本人にはまだ会っていない。親友たる彼であれば真っ先に三成に会いに来ると、そう、三成には確固たる確信があった。だというのに会っていない。吉継について、部室でゆっくり秀吉達に訊ねるつもりだったのだが、書類の多さや足軽制度の事で有耶無耶になってしまった。


「吉継は、同じ学年に居るんですよね……? クラス、僕と離れてるんですか?」

「……吉継……入院中……」


 瞬時、三成の頭は真っ白になった。


「は……? 入院? 吉継が……まさか、また業病が……?」


 三成にとって、「大谷吉継」と「入院」で思いつく事は、前世で吉継を蝕んでいた業病だった。もっと、ずっと永く共に居たいと思える親友が、不治の病に襲われているのかもしれない。

 働かない頭でそう思い至ったとき、左近がわざとらしく声を張り上げた。


「わーっ、三成様! 吉継様なら大丈夫ですよ! 階段ですっ転んで怪我しただけで! 入院も検査入院なんで! 大した事無いっす!」

「……三成に……会えるの……楽しみ……しすぎた……」


 左近の補足と家康の援護に、三成はやっと安心してため息を吐く。平常時の三成であれば、吉継の状態を「大した事無い」だなんて言う左近は叱っていたが、今回はそうはしなかった。吉継の怪我は友人を想うあまりに負ったものだ。怪我をするほど想われるなんて、三成にとって、友人冥利に尽きるというもの。今すぐにでも吉継の元へ飛んでいきたいほどである。


「よ、よかった……あ、いえ。入院するほどの怪我で“よかった”は何か違いますけれど。業病じゃなくてよかったです……」

「確かに。吉継様というと、真っ先にソッチを思い出しますもんね」

「……心配……なら……お見舞い……行く……?」

「あ、イイですね、それ! 三成様、行きましょう! ちょっとお高めなゼリー買って!」


 三成が少し、ぼうっとしている間に話が進んでいた。左近も家康も、三成と共に吉継のお見舞いに行こうというのだ。

 日頃から強かな面のある吉継も、前世からの親友に会えるのであれば泣いて喜ぶに違いない。そして、吉継の泣いて喜ぶ様を見たいし、贈答用の少し高価なゼリーが食べたい。単純に三成のため、というのも本音だが、これらも二人の本音であった。


「えっ、でも、部活は……」

「部員のお見舞いも活動のウチですよ!」

「……ノブ……絶対……許可出す……!」


 戸惑う三成を他所に、家康と左近はテンションを上げる。そうして、信長の反応に自信を持ちながら三成の手を引き、部室へと戻っていった。



 --------



 部室で報告を受けた信長の反応は、左近達の予測通り。ノリノリで吉継のお見舞いを即決した信長の行動は早かった。

 早々に下校の準備を終わらせ、眠ってしまった秀吉を、文字通り叩き起こす。そうして状況について行けていない三成を引きずりコンビニでゼリーを買って、三成の気づいた時には既に、徳川総合病院の吉継の病室だった。


「来ちゃった……」

「佐吉ぃ、早く入んなよ」

「はわっ、わっ、はいっ」


 ぐいぐいと秀吉に押されて病室に入る。三成に待ち受けていたのは、顔に大きな絆創膏を貼った吉継が、筋トレに勤しむ様だった。


「あァ、三成か! そうか、漸く……」

「……け、怪我人んんーーーーっ!!」

「……三成……病院……静かに……」


 感慨深く笑顔になる吉継に驚きのあまり叫ぶ三成、そしてマイペースに三成を叱る家康。病院は最早混沌と化している。信長と秀吉も、病室内のイスに座ってのんびりと吉継に買ってきたゼリーを食べ始めていた。


「三成。三成。もっと近くで顔を見せてくれ。今世の僕も、少々目が悪くてね」

「そ、そうだったんですね」

「何ウチの三成様にウソ吐いてんです。アンタ視力めちゃくちゃ良いじゃないですか。この伊達メガネめ」

「伊達メガネじゃなくて補助器と呼んでくれないか」


 白々しく三成に嘘をつく吉継の頭を左近が軽く叩く。三成の非難めいた眼差しに更に吉継が便乗し、左近は頭を抱えるしかない。信長達もマイペースで、彼に味方は居なかった。

 左近の覚えている限り、前世もそうだ。天然発言の三成、便乗する吉継、マイペースな秀吉に何を考えているのかわからない家康。


「……ところで三成。肩を持ってもいいか? 実は足が悪くてな……」

「!? そんな大事な事は早くいってくださいよ!」

「だぁーっ! だからウチの殿様に何ウソ吹き込んでんっすか!」


 賑やかになって良いが、賑やかにも限りがある。深くため息を吐いた左近が、己の主人達に振り回される日々は、前世よりも永く続く。

 そんな予感を、左近は感じた。



 --------



 ◯TIPs


  部活

 現代常識に欠ける転生者達に少しでも常識的な振る舞いを覚えさせるために、転生者は中学生になると全員、部活動に所属することが法令で義務付けられている。部活動の規格に合わない同好会も、部活動と同様の扱い。(部活:合計30人以上+教員 同好会:合計30人未満)

  ESS部

 信長が中学時代に作った同好会が、高校で部活動に昇格したもの。同好会時代と高校の1学期は真面目に英語の勉強をしていた。

  足軽制度

 日ノ本高校独自の制度。武将科と公家科の生徒が、自身の部下を一人だけ指名する秘書の様なもの。特に忙しい生徒会や各部活の幹部が利用していることが多く、足軽制度で得た縁は、良くも悪くも卒業後にまで至る。秘書を目指す“足軽”にとっては、仕えたい人の元で訓練しながら将来の進路を獲得するチャンス。主となる学生にとっては、自身の仕事量を減らしつつ生涯の部下を得るチャンス。秀吉曰く「お互いWin-Win。オールハッピー」とのこと。

  織田信長(前世)

 (1534〜1582)

 日本でトップクラスに有名な戦国武将。破天荒な逸話が多く残るクレイジーガイ。本能寺の変でやられた。

  織田信長(転生後)

 1話時点で17歳、4月生まれ

 身長175cm、体重70kg

 転生能力「第六天魔王の呪い」

 補助器「機関銃・安土」

 ESS部の部長。少年マンガの王道な主人公っぽい雰囲気と見た目だけど小癪な事もガンガンする。呪いの代償で、寺や神社など宗教施設に行くと必ず火事が起こる。

  島左近(前世)

 (1540〜1600)

 石田三成の家臣。三成に過ぎたるもの、とも言われた。彼岸花の異名にも左近の名前が使われているとかなんとか……。

  島左近(転生後)

 1話時点で16歳、1月生まれ

 身長157cm、体重66kg

 転生能力「鬼神の加護」

 補助器「アームストロング砲・曼珠」

 ESS部の部員。三成の記憶が戻るまで足軽制度は使わなかった一途なヤツ。加護の代償に、半永久的に死ぬことがない。

  大谷吉継(前世)

 (1558〜1600)

 三成の友人の戦国武将。関ヶ原を控えた三成に「お前、人望無いから総大将はやめとけ(意訳)」と言った人。病気で、出陣時は神輿に乗っていた。

  大谷吉継(転生後)

 1話時点で16歳、9月生まれ

 身長170cm、体重65kg

 転生能力「向かい蝶紋の呪い」

 補助器「メガネ・幽玄」

 三成のクラスメイト。少々愉快犯的なことがある。呪いの代償で常に生傷が絶えない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

石田三成の高校日常日誌 GOAT @goat-01yaginome

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ