石田三成の高校日常日誌

GOAT

転校編

第1話 転校

「――で、あるからして――」


 なんとなく眠気に誘われる午後の授業。近江高校の一年生である三成は眠気に身を委ね、うとうとと気持ち半分で授業を聞いていた。


「ね、ね、石田っち。起きてる?」

「ん……おき……ましゅ……」


 三成の座る席は窓際の、この時間最も日の当たる席。二月故にしっかりと稼働させられる暖房もあり、意識を保つのは至難の業なのだ。長く伸びた、重たい前髪の狭間から外を眺める。三成は、ぼんやりとした頭で幼い頃から抱えていた己の感じる違和感について考え直すことにした。


「――ぅ科書――ぇージの――」


 この国には、世界には、前世を持つ、所謂「転生者」と呼ばれる者たちが居る。彼らは超常的な力である「転生能力」を持ち、死してなお日本の、世界の為に力を尽くしている。そして転生者の子は必ず転生者で、五歳ごろに能力の覚醒と共に前世の記憶が蘇る……と非転生者の学校では教えられる。

 この理屈が本当なら、三成は非転生者用の学校たるこの近江高校ではなく、転生者用の学校・日ノ本高校へ通っているはずなのだ。


 三成の家は転生者の一家だ。大学生の兄も、双子の妹も、五歳の誕生日に異能に目覚め、前世の記憶が蘇ったらしい。だというのに三成は、異能に目覚めはしたが記憶が無い。政府機関との面談や講習を経て、特例ではあるが、記憶が戻るまでの間は一般の学校に通うことになったのだ。


「石田っち、もうすぐ当たりそうだけど?」

「んー、うん……くぁ……」


 三成とて、寂しそうな家族の雰囲気が気にならないだなんて言えない。父は、母は、時折涙ぐんで三成の頭を撫でるのだ。お前は口数が増えた、明るい子になった、と。

 三成は幼い頭で考え、行き着いた。家族の為にも、前世の記憶は必ず取り戻さねばと。そして、歴史の教科書などから情報を集め、前世の記憶が戻らないか手当たり次第に試した。……どれもこれも空振りで、前世の家臣だったという男からは無理をするなと釘を刺される結果に終わったのだが。

 それに、三成は己の首にある縫い跡の様な痣も気になっていた。前世の最期が斬首であった影響なのだろう。無理矢理記憶を思い出そうとした時には、この痣に首を絞められた様な気になり息苦しくなるのだ。


「石田! 授業中に寝るな!」

「わ、ひゃっ!?」


 とうとう三成の居眠り未遂が担任に気づかれ、雷が落とされた。隣に視線を向けると、クラスメイトがクスクスと笑っている。気づかれたのではなく、告げ口をされたと悟り、ムッと顔を顰める。後で絶対に文句を言おうと決意を固めて日常に戻る三成ではあるが、チリリと痛む首の痣に胸騒ぎを感じていた。



 --------



 その日の夜、三成は情報の渦に襲われた。


 決して豊かとは言えない村。預けられた寺。一生の友。生涯の主となる人との出会い。東奔西走した政治。なかなか上手くいかぬ戦。妻や家臣との思い出。


 大戦での味方の裏切りに、斬られた首の痛み。


 到底、平和に生きた男子高校生には耐えられそうにもない物だ。三成には泣き喚くことしかできなかった。そこには歳だとか恥だとか、そんなくだらないものは無い。純然たる命の危機だ。足掻かねば、今までの十六年が無に帰す。三成の本能はそう決断した。


「みっちゃん……三成!」

「兄、さ……あに、う、え……」


 異変に気づいた兄――正澄が部屋へ飛び込み、苦しむ弟を掻き抱く。昔から――それこそ、四百年前から、あまり周囲に頼ろうとしない子であった。この時も、三成は正澄が来なければ一人で苦しみに耐えるつもりだったのだ。

 それが、正澄は寂しくあった。

 だからこそ正澄は三成を抱きしめる。兄として、大事な弟を一人にさせない為に。


「わた、し、ぼく、は……っ」

「三成。三成。大丈夫だ。兄さんが付いている」

「ぅ……ぁ、ああぁぁっ……」


 声を上げてわんわんと泣く三成の頭を優しく撫でる。前世で、することが叶わなかった分も。何度も。

 しばらくすると、泣き疲れたのか、三成の慟哭は穏やかな寝息へと変化していた。泣き腫らした顔を濡らしたタオルで拭いてやり、ベッドへ横たえさせる。

 窓から入り込む月明かりに、これからの弟の幸福を、正澄は願わずにはいられなかった。



 --------



 それからの三成の時間は、忙しなく過ぎていった。病院での検査やカウンセリング、転校手続きに講習などなど。体力の有り余る男子高校生でも少々ぐったりと疲れを見せるほどだ。それでも三成は、持ち前の生真面目さを発揮して全てこなしていく。今まで一歩引いた様な雰囲気をまとっていた三成が積極的に行動していて、父は腰を抜かして、それでも嬉しげに口角を上げていた。

 三成が転校する学校は日ノ本高校。日本で活動していた転生者の在籍する学校。三成には、かつての親友や主に再会できるという予感があった。だからこそ窮屈なスケジュールにも根を上げずに食らいついたのだ。


「みっちゃん、制服届いたって! 着てみてよ!」

「うん! ありがとう。うた」


 三月中頃。三成が前世を思い出してから一ヶ月経った今日。三成の元へ新しい制服が届けられた。今回の生で双子の兄妹となった“うた”――前世の妻であった皎月院から制服を受け取る。やけに縦長のダンボールに納められていたのは軍服の様なデザインのブレザーに学生カバンと、一振りの、刃を潰してある薙刀だった。


「……っ!? じゅ、銃刀法ーーっ!」

「わ、どうしたの?」


 思わず叫んだ三成の声がよほど大きかったのか、驚いた顔で、うたが三成の部屋を覗き込んだ。パニック状態の三成が、うたに詰め寄る。前世、武将であった三成にとって、薙刀は慣れ親しんだ武器ではあった。

 しかし。しかしだ。十六年間、一般的な現代の男の子として育った三成の脳裏に浮かんだのは、「銃刀法違反で逮捕」の文言だった。そんな三成に、呆れて半目のうたがため息をついた。


「みっちゃん……講習で習ったでしょ。“補助器”、覚えてない?」


 転生者の持つ転生能力は、強力である反面、暴走した際の危険性が高い。過去には島が一つ、地図から消えたと記録されるほどだ。

 そうして政府が考案したのが“補助器”と呼ばれる道具だった。補助器は、形こそ様々であるものの、総じて転生者の能力の制御を助ける。

 しかし、記憶の無かった三成には支給が許されず、補助器無しで能力を制御することが求められていた。そして、前世の記憶の戻った今回、ようやく政府から補助器が支給されることになったのだ。……三成の思い描いていた形とは、随分と異なっていたが。


「習ったけど! 覚えてるけど! 武器の形してるとか聞いてない!」


 三成の悲痛な叫びは、快晴の空へと溶け込んでいった。



 --------



 四月。新学期の始まるこの日、三成は校門の前に立っていた。

 新品の制服に身を包み、補助器の薙刀を握り締め、心機一転と切り揃えた髪が短く揺れる。戦国の世を駆けた三成と言えど、いつだって、初めての環境とは不安でいっぱいなのだ。


 駐輪場では馬が鳴き、校舎からは「板垣死すとも!」や「道長覚悟ぉ!」といった叫び声が三成の鼓膜を揺らす。


「……いや。いやいやいや。駐輪場には自転車とバイクでしょ普通!? それに、現代で殺しはダメだろ!? うぅ……こんなんで僕、やっていけるかなぁ……」


 これから巻き込まれるかもしれないい波乱の予感に、三成は早々に弱音を吐く羽目になった。

 その予感が数十分後に的中することも知らずに。



「お前が三成!? ウッソにゃあ! おみゃあよぉ。三成はもっと、こう……アレ。根暗野郎だった、にゃ!」

「うっさいですよ! それを言うなら小西。貴方だってなんですかその取って付けたようなネコミミと語尾は! 前世の同僚にそんな趣味があったとか死んでも知りたくなかったですね!」


 始業式も終わり、教室で休み時間を迎えて早々。三成は前世で共に五奉行を務めた小西行長に絡まれていた。混乱した行長が詰め寄るのは、無理もない。転生した三成が、前世とかけ離れていたのだ。

 ゆったりと落ち着いた――根暗とも取られかねない口調はハキハキと明るいものに、ピクリとも動かなかった表情筋は豊かな感情を表すように。前世と真逆の様子を見せる三成は、かつての彼を知る者達からすれば、戸惑いしか生まない。


「うっせ、ブァアーーカ! その余計な一言、やっぱ三成だにゃ!」


 吐き捨てる様に叫ぶ行長に、ハンッと鼻で嗤ってニヤリと口角を上げる。言葉の応酬の中で、行長を始めとしたクラスメイトらは、今生の三成を認めることができていた。


「フフン。わかればいいんですよ。わかれば」

「はぁあーー……イイコちゃん系かと思ったらとんだジャジャ馬じゃにゃーか……」

「ジャジャ馬とは失礼な。僕はもう、間違えやしませんよ。決して」


 深くため息を吐いた行長と頬を膨らませる三成。今回の生では初めて対面した二人だったが、一騒ぎすればもう、長年の友人のような様だ。

 そんな二人の様子を見て、クラスメイトがワッと群がる。前世の記憶があると言えど男子高校生。あっという間にワイワイと騒がしい空間ができあがる。

 小学一年生から高校一年生の十年間の転生者用のカリキュラムを一ヶ月ほどでこなしてしまった三成に驚いたり、ウッカリ妖怪・猫又と魂を癒着させて転生してしまった行長をからかったり。多少の誇張も交えつつ笑い合う。

 雑談に耽る三成達に一人、のそりと近づく人影があった。


「……三成…………」

「は……? んなっ!? おま、貴方はっ」


 後ろからボゾリとかけられた声に振り向く。途端に三成は目を見開き、やがて顔を顰めた。三成の目の前に立つ、深い森の様な緑がかった黒髪に、感情を読めない焦茶の瞳の少年こそが、徳川家康。かつて三成が血反吐を吐く想いで挑み、敗れた政敵だった男だ。

 しかし、家康の様子が三成の知る彼のものではない。

 三成の記憶の中の家康は、ハキハキと明るい口調にコロコロと変化する豊かな表情といったもの。少なくとも、目の前の彼の様なゆったりとした話し方も、ピクリとも動かない表情もしていなかった。


「なんと言うか……前世の僕みたいですね……」

「っ! それにゃあ!」


 ふと、三成が思った事口にした瞬間、クワッと目を見開いた行長が叫んだ。大きな声に三成らが怯み、家康も眉をひそめるが、行長は構わず話を進める。


「おみゃーら、転生する時に魂がこんがらがったんじゃにゃーか!? オレだって猫又とくっついて生まれ変わったら味覚が猫寄りになってたし、おみゃーらなら表面上の人格が入れ替わって転生ってのも不思議じゃねェ、にゃ!」


 なるほど筋が通っている……のか? と三成は内心首を傾げる。隣を見れば、家康も同じく首を傾げていた。やはり家康も納得いっていないではないか、と思った時。教室の入り口から、なるほどなるほど、と感心した様な口調の声が届いた。


「それならぁ、矛盾は無いねぇ」


 鳥の巣の様にあちこちに跳ねるくすんだ金髪に、眠たげな紅い瞳。その姿を認めた三成は驚きに固まり、やがて泣きそうになるのを堪える様に顔を顰めた。


「久しぶりだねぇ、佐吉」

「っ……お久、しぶりです。会いとう、ございました……!」


 前世より幾分か色合いが明るくなったものの、三成が見間違えるはずが無い。

 三成の敬愛する主であった豊臣秀吉が、ヘラリと笑って立っていた。

 現れた秀吉に、三成は行長達を置いて駆け寄る。何度生まれ変わっても、秀吉は三成の唯一無二の主人なのだ。一拍置いて、家康も秀吉の側へ行くと秀吉の耳元でボソボソと何かを言っていた。


「あぁ、そっか。ねぇ佐吉。君、部活は決まってる?」

「いっ、いえ。まだです……」


 秀吉の問いに答えつつ、三成は日ノ本高校の校則の一つを思い出した。日ノ本高校の学生は個性的な者が多い。いや、多すぎた。そこで、部活動を通して集団行動や転生能力の制御訓練をさせるため、学生は何かしらの部に入ることが義務づけられている。

 本来、新入生には一週間のモラトリアムが与えられるが、二年生の三成は、この日の放課後には決めなければならない。三成の脳裏には、申し訳なさげに眉を下げる校長の顔が過った。


「それならぁ……ウチの部活に来ないかい?」

「秀吉様の、ですか?」

「……ん……ESS部……」


 秀吉から部活に誘われた時、三成が真っ先に思ったのは「足手纏いになったらどうしよう」だった。今世、平和な時代の、少し運動が苦手な男子高校生として育った三成は、もし運動部であれば歴戦の猛者達についていける自信が無かったのだ。

 だから、家康から回答が得られた時、三成はあからさまに安心した。何故家康が答えるのか、とも思ったが、二人の腕章にプリントされた文字が、共に「ESS部」だったからだろう。そう、自身を納得させた。

 “ESS部”の活動は三成にも覚えがある。前の学校で、助っ人に入る事が度々あったのだ。知っている部活――それも勉強系の文化部であれば足手纏いになる事もあるまい。確信を得た三成は即答した。


「はい、喜んで入部します!」


 それが、前世以上のハードワークの入り口と知らずに。



 --------


 ◯TIPs


  転生者

 1946年ごろから現れだした“前世の記憶”と強力な異能を持つ者達。世界各国に存在し、それぞれの国の発展に尽くすが、何故か日本に居着く者が多い。

  転生能力

 転生者の持つ異能力。体を変形させるもの、物を召喚するもの、洗脳するもの、と内容は様々。神や仏、妖怪などに気に入られた/不興を買った者、神になった人間の持つ能力は“加護”“呪い”と呼ばれる。“加護”または“呪い”のある者は強力な異能の代償に何らかのハンデを背負う事になる。

  補助器

 転生者黎明期、能力による事故が多発し、地図の書き換えや戸籍の書き換えをせざるを得ない大事件に発展した事を機に開発された。形は転生者により様々。筆、木簡、絵巻物、武具、仏具、乗り物など。転生能力の制御を補助する役割をもつ。

  日ノ本高校

 転生者専用の高校。「国立 日ノ本学園高等部」が正式名称。小学校から大学院までの一貫校。日本人の転生者が通う。部活動への加入が義務になっている。他にも「東洋学園」「西洋学園」がある。

  石田三成(前世)

 (1560〜1600)

 豊臣政権で五奉行を務めた戦国武将。武将ではあるけれど、武官よりも文官寄り。石高は控えめだけど、戦略上非常に重要な佐和山(彦根)周辺の領地を任されるなど秀吉からの信頼は厚かった模様。関ヶ原の戦い敗戦後、斬首された。

  石田三成(転生後)

 1話時点で16歳、5月生まれ

 身長15「チビとか言わないでください!!」、体重55kg

 転生能力「大一大万大吉の加護」

 補助器「薙刀・九曜」

 転生者一家・石田家の次男。大人しく見えるが、その実感情的。記憶の覚醒に大幅な遅れがあった。加護の代償と思われるが……。1人、記憶が無い事を気にして、一歩引いた態度をとる事が多かった。

  皎月院

 (?〜1600)

 石田三成の正妻。

  石田うた

 1話時点で16歳、5月生まれ

 身長162cm、体重5「女の子に体重を訊くのはタブーだよ!」

 転生能力「佐和山の加護」

 補助器「簪・稲笹」

 転生者一家・石田家の長女。三成の双子の妹。明るく活発なスポーツ少女。生まれ変わって記憶の無い三成を目の当たりにして、彼を守るために武道を学ぶ。加護の代償に、寿命が通常の人間の倍ほどある。

  石田正澄(前世)

 (1556〜1600)

 石田三成の兄。

  石田正澄(転生後)

 1話時点で21歳、8月生まれ

 身長178cm、体重73kg

 転生能力「会計士」

 補助器「火縄銃・炎舞」

 転生者一家・石田家の長男。生まれ変わったら超絶ブラコン&シスコンに変貌した。兄妹の関わらない部分では、クールな王子様系と評価されている。転生能力を活かすためにも経済学部に在籍している。

  小西行長(前世)

 (1555〜1600)

 五奉行の1人でキリシタン大名。関ヶ原の戦い敗戦後に三成と共に斬首になった。

  小西行長(転生後)

 1話時点で17歳、4月生まれ

 身長180cm、体重75kg

 転生能力「猫又の呪い」

 補助器「鈴・アリア」

 三成のクラスメイト。転生した際に猫又の魂と癒着してしまい、能力に呪いとして覚醒した。呪いの代償に猫っぽくなった。ツッコミ属性の苦労人。

  徳川家康(前世)

 (1543〜1616)

 江戸幕府を開いた征夷大将軍。東照大権現。

  徳川家康(転生後)

 1話時点で16歳、12月生まれ

 165cm、68kg

 転生能力「東照大権現の加護」

 補助器「太刀・日光」

 活発だった前世とは真逆の寡黙で大人しい少年になった。加護の代償と思われるが……。三成のことを気にかけている。

  豊臣秀吉(前世)

 (1536〜1598)

 天下統一を成し遂げた戦国武将。三成の上司。

  豊臣秀吉(転生後)

 1話時点で16歳、7月生まれ

 身長185cm、体重77kg

 転生能力「太閤秀吉の加護」

 補助器「フレイル・日吉」

 常に、のほほんとした気怠げな雰囲気をまとっている。加護の代償で、常に眠気に襲われ続けている。三成のことを気にかけている。

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