第6話 シュナイダー侯領解放戦

 アマーリエたちがグラスゴー近郊での狩りに出かけたよりも、一年ほど前に遡る。


 ハルトニアの村を拠点に、周辺地域へと遣いを送り、クラーレンシュロス伯への恭順を誓わせることで、騎士団は勢力範囲の拡大を進めていた。

 実質的に孤立無援の中、蛮族と風土病との脅威に怯えていた辺境の民たちの取り込みは、概ね順調に進んでいた。その中で、シュナイダー侯爵の血縁を語るならず者の一団が、近隣の集落から税を取り立てていることを知るに至る。

 その者たちは、狼に羊の群れが襲われても、蛮族に村人が襲われても、手を差し伸べることはなく、成人した娘たちを奉公に要求し、それを断る代償として収穫の八割を超える税を求めると言う。税の未納者には、ご丁寧にも直々の“お仕置き“が下されていた。

 古の血族が今なお存続していることが真実かどうか、はこの際には関係が無かった。

 騎士たちが、村人たちからの涙ながらの直訴を聞くに至っては、最早、アマーリエにすら騎士たちを止めることは難しい。このような話を聞かされては、彼らの胸には、熱い炎が宿ってしまうのだ。

 騎士団の新たな目的は、シュナイダー侯爵打倒に向けられ、各地に散っていた騎士たちは行軍のために再集結した。


 町を占拠するならず者どもを蹴散らす腹積りで、急ぎ馬を進めた騎士たちであったが、到着するなり途方に暮れる始末となる。

 誰が築いたものか、辺境の片田舎におよそにつかわしくも無い、堅固な砦が待ち構えていたのである。

 どこから取り寄せたのものであるのか、黒みを帯びた砂岩のような石材は、隙間も無くピッタリと噛み合い、高さ6m、総延長1kmを誇る見事なカーテンウォールとなって積み上がる。四隅には小塔が設けられ、パラペットにはクレノーとメルロンが美しい凹凸を作る。通常ならば、小塔を覆う形で存在するはずの木製の櫓は見当たらないが、それを必要としないほど、小塔の構造は精緻なものだ。小塔の壁には、縦長の矢狭間が並び、弓兵たちが素早く対応できるギャラリーが内部にあることが想像できる。カーテンウォールの上にも、弓兵たちが移動できるアリュールがあり、いつでもクレノーの間から射撃が可能であろう。

 総石造の、見事な砦としか言いようが無かった。

 城代であるシュナイダー侯マンフリードは、騎士団の到来に気づくや手勢を砦に呼び寄せ、固く門扉を閉ざして籠城の構えをとった。


 砦に舌を巻いたアマーリエたちは、まず町に入り、市長宅に集められた年長者たちと会談した。

「クラーレンシュロス伯爵陛下の騎士様たちは、私たちに何をもたらしてくださいますか」

 よわい七十を越えるであろう、白髪の痩せた町長が開口一番、騎士団に尋ねた。

 アマーリエは、衰え、骨ばった身体の町長が、その瞳だけは冷えた鋭さを保っていることに気づく。

「外敵からの防衛。飢える者には施しを」

 アマーリエは緊張を隠しながら、無難な答えを模索する。

「嵐のように過ぎ去るだけなのでは」

 町長は静かな姿勢と、厳とした姿勢を崩さない。

「おっしゃる通り、長居をする気はありません。故に開墾に兵は使えませんが、通商の活性化のため、古の街道を可能な限り、再整備を行います。まずは、この冬を通じて。それ以降は労働者を雇い、可能な範囲で街道、駅舎、橋、神殿などの建築工事を行っていきます。蛮族や盗賊の類は掃討し、安全な通商ルートを構築することをお約束します」

「兵を求めている、と風の噂に伺いました。ご自領は今、二人の男爵による連合軍に攻められいてるとか。我々から徴兵し、戦のために即座に引き返すおつもりなのでは」

 町長は態度を緩めない。アマーリエはロロ=ノアを見る。だが、彼女は静かに目を伏せたまま動かない。予め、ロロ=ノアと相談して大まかな返答は準備していたが、町長の態度は、アマーリエの想像していた状況とは、些か隔たりがあった。

 騎士団長と呼ばれるようになって、まだ二ヶ月程度のアマーリエは、内心焦りを覚えた。

 咳払いをして、話しを続ける。

「私の目的は、この機に辺境と呼ばれ、諸侯たちから放置され続けたこの地方の民たちを安んじ、アマーリエを超えるほどの豊かな地へと生まれ変わらせる、ということです。残念ながら、場当たり的な反転攻勢では、両男爵の軍勢を押し返すことは叶いません。私は、皆さんの力を、借りたいと心底願っています。ですが、それは占領された後に強制的に徴兵された、数だけ揃えた力では成し得ない。では、どうすれば良いのか?私なりに出した答えは、皆さんから真に慕われ、心から力を貸したい、と思える領主となることなのです」

「お若い…」

 長老陣の中から、嘲笑のような声が漏れた。背後に控える騎士の甲冑が音を出したのを察して、アマーリエは手を挙げて、静観を命じる。

「では、我々は、日々の安寧な暮らしのために、何を提供することを求められるのでしょう」

 町長のゆっくりと、しかしはっきりとした言葉に、アマーリエは唾を呑み込んだ。

「安寧な暮らしを得るには、自身の力を示さねばなりません。依然、我々剣の子らは、過酷な生存競争の只中にいるからです。兵の提供と定期的な訓練、適正な税、そして忠誠を要求します」

「いかほどの税となるのか」

 ここで初めて、ロロ=ノアが顔を上げた。

「騎士団の財務を担当するロロ=ノアと申します。詳細は、町の状況を調べてから、また追って。ですが…」

 長老たちの視線が、エルフの紋章官に集まった。

「ここでは、およそ半減する、ということを申し上げておきましょう。無論、あなた方のご機嫌を取るために、触りの良い安い口約束を申しておるのではありませんよ。兵の提供も税の一部、我々はそう考えているからこそのお話です」

 長老たちは、聞きなれない地方語で、ぼそぼそとやり取りを交わし始める。その様子を、アマーリエは姿勢を崩さずに、じっと待つ。

「おおよそのお話は、理解いたしました。若者たちの訓練は、騎士様がつけてくださると?」

 アマーリエが答える。

「はい」

「従軍の期間は」

「およそ2年。その間の給与は工面します」

「金はありがたいが…それでは、次の収穫も、種づけもできなくなってしまう」

 ロロ=ノアが再び口を開く。

「では、半数は最初の冬までに帰還させましょう」

「秋までに戻らねば困る」

「では、そのように」

「この町だけでなく、周辺の他の町や村も集落も、同条件で良いのか」

 アマーリエは、長老たちの身なりがさまざまであることに、ここでようやく気づく。

「シュナイダー侯領として、なるべく圴一に。ですが、事実上履行が無理であると判断した集落には、状況が改善するまでの期間において、特別法を設けますので、あしからず」

 ロロ=ノアがまとめに入る。

「我らは、召されて参じたばかり。これ以上の詳細は、今の段階ではお示しできかねます。我々を悪き支配者と断じるのであれば、我々はすぐにこの地を諦め、次の地へと向かうのみ。迎えて良いとご判断いただけるのであらば、マンフリードや砦について、情報をご提供いただきたいのですが…」

 町長は、長老たちに目配せをしてから、立ち上がった。

「財務官殿の申す通り、お招きしたのは我々の方だ。失礼な態度を、詫びさせていただきます。そして、懇切丁寧に向かい合っていただいたこと、心よりの感謝を。騎士団の皆さんの紳士的なご対応に、心底感銘を受けました。町を挙げて、マンフリード打倒に尽力させていただきます」

 アマーリエは急いで立ち上がり、町長と握手を交わす。町長は、ここで初めて笑顔を見せた。

「クラーレンシュロス伯の、真っ直ぐなお気持ち、受け取りました。あなた様の境遇にも、我らは心を痛めているのです。すぐにでも国へ戻りたいであろうに、お若くして己を律する強いお心を持ち、さらには、遠大な計画をも秘めていらっしゃる。辺境には、若き指導者が必要です。病からの解放者、剣の巫女殿に、シュナイダー侯領の民は、恭順を誓います」

 緊張からの解放に、町長の言葉を追い討ちされ、アマーリエの瞳には涙が蓄えられていた。

 それを見た長老たちの顔にも、微笑みが浮かぶ。

 それから長老たちは、部屋に三人の娘を招いた。

 背丈は大・中・小といった三者三様であったが、いずれも芯が通り、姿勢が良い。アマーリエは、三人が武道の心得を持つことを直感した。

「背の高い者から順に、セヴリーヌ、ミシェル、イネスと申します。血を辿れば、かつてシュナイダー侯爵家に仕えていた騎士にあたります。ヴァンサン家の三姉妹。いずれも剣術、槍術、馬術に長じ、神通力も有しております。マンフリードと敵対しておりましたので、奴めに狙われ、我らで匿っておりました。騎士団に便りを送ったことを聞きつけ、恭順を申し出ております故、是非ともお取立てを」

 三人は前に進み出る。

「長女のセヴリーヌ・ヴァンサンです。アドルフィーナ司祭格を持ちます。乗馬と槍術を得意としております。三人共々、クラーレンシュロス伯陛下にご奉仕ができれば、幸いです」

「次女のミシェルと申します。アドルフィーナ神官です。剣術では、町一番の腕前です」

「イネス。末女です。弓が得意です」

 アマーリエは立ち上がり、三人の顔を間近で眺める。長女と次女の緊張が、空気を伝って来るようだ。イネスの前で足をとめ、彼女のトリスケルを眺めた。

「剣神ゾルヴィック?」

「はい。剣も嗜みます」

 背の低い末女は、誰よりも負けん気が強そうに感じた。

「私の事は、アマーリエと呼んでね」

 アマーリエは快諾し、早速三人を騎士に任命した。


 陣営に戻ったアマーリエは、町と砦の間に防御柵を構築し、その防衛に騎士一名、従者二名だけを付け、その他は町の若者たちに警備を担当させた。騎士団には、人的資源が乏しい。当初は、町に居座るごろつき風情を討伐する程度のつもりでいたのだ。それが蓋を開ければ砦の攻略を迫られている。町長たちに解放を約束したはいいものの、ハルトニア周辺域からの従軍志願者36名、ヴァンサン家の三姉妹を加えても、総勢100名をやっと超える程度しかいないのだ。これでは、砦を包囲することすらできない。

 加えて、長老たちから聞き出した話が、騎士たちの頭を悩ませていた。

「この“草原砦“は、三十年ほど前の真冬に、突如として生まれたのです」

 石造りの砦の建築には、多数の工夫と、その賃金、資材に多額の金銭、そして石材の加工、積み上げに長い工期がかかるのは、言わずと知れた事実だ。モルタルの発酵だけでも、夏場の二ヶ月を消費する。辺境の老人が語る口伝と、戦略的に別段有意義でない場所にこれだけの砦を築く苦労を天秤に掛ければ、前者の方が説得力がある。

「魔剣の迷宮だな」

 黒づくめの騎士ギレスブイグが、結論を添えた。

 男爵位を有する彼は、触媒魔術の心得もある。魔術においては多くを語らないロロ=ノアを除いては、騎士団の中で唯一、魑魅魍魎の類に精通した人物だった。

「魔剣は、自らの力に相応しい性質の持ち主を求める。迷宮は、いわゆる試験会場のようなものだ。おそらく、以前の持ち主が、この辺りでのたれ死んだのであろう」

 クルトが彼に問う。

「なら、砦の中は迷路になっているのか?」

 とても面倒臭そうに、ギレスブイグは半目のまま答える。

「迷宮と言っても、迷路とは限らん。だが、迷路であるかも知れぬ。魔剣と言っても、剣でない場合もあるのと同じだ」

 ミュラーが言う。

「では、砦の攻略が、その実地試験である場合もあると」

「その場合もあるが、そうでない場合もある。魔剣の特性次第だ」

 ギレスブイグはどんな日も、いつも眠たげで、そして不機嫌そうだ。

「あの壁は、破壊できるのか」

 クルトの問いに、彼は「ハッ」と吐き捨てる。

「魔化された物質だ。破壊だけは不可能だろう。だが、それ以外の方法ならば、攻略は可能なはずだ」

 ロロ=ノアは両手を軽く広げて、答える。

「つまりは、登るか、掘るか、のどちらかということです」

「長老たちの話では、中にいるのはせいぜい、三十人足らず。元傭兵が八人。その他はごろつきなのだから、一斉に登ったら?」

 アマーリエの言葉に、ボードワンが反論する。

「完全武装の騎士は、十七名しかおらんのですぞ。一度失敗すれば、壊滅しかねませぬぞ」

 スタンリーが愚痴をこぼした。

「攻城塔を造らせているのに…徒労でしたな」

 クルトがポンと手を打った。

「それでも、脅しにはなるだろう。砦が破壊できないなら、中の人間に開けて貰えばいい」


 アマーリエたちは軍旗を掲げ、戦の前口上のため、砦の正門に馬を並べる。

 磨き上げた全身甲冑と、バーディングの輝き。騎士たちの勇壮な出立は、見る者の心を奪わずにはいられない。珍しいものを拝める機会に出会したマンフリードの手下たちは、持ち場を離れてゲートハウスのパラペット越しに雁首を並べた。

 アマーリエは声を振り絞り、男たちに向かって叫んだ。

「我は、クラーレンシュロス伯ルイーサ・フォン・アマーリエである。風土病からの解放者であり、正しき信仰を伝える魔剣の所有者でもある。民に請われ、まかり越した次第。直ちに門を開き、新たな主人を迎え入れよ。さすれば、悪い処遇はせぬと誓おう」

 男たちは、メルロンの上に頬杖をつきながら、アマーリエの啖呵を聞き終えると、一斉に笑い出す。

「お嬢ちゃんが、一丁前に意気込んでいるぞ」

「無理しなさんな、声が上擦ってらぁよ」

 アマーリエは唇を噛む。

「よせよせ、大の大人が寄ってたかって、子どもを虐める姿は見たくない」

 癖のある赤い長髪を靡かせながら、細面の男が現れた。それなりに整った顔立ち。へらへらと歪んだ、薄い唇。くねりと曲がった姿勢。背は人並みだが、体躯は整っている。態度はなよなよしているが、武芸に自負のある者だと、アマーリエは感じ取った。他の男たちとは異なる、真紅を基調とした貴族の出立が、リーダーであることを誇示する。

 アマーリエは気合を入れ直して、再び叫ぶ。

「あなたが、マンフリード卿ね。門を開けて頂戴。貴族の待遇を約束しましょう」

 マンフリードは仲間たちに向かい、「門を開けて頂戴」と、アマーリエの真似をしておどける。

「あぁ…遠路はるばる来てもらって悪いが、間に合ってるんだ」

 アマーリエの元まで、声が届かない。

「…なんですって?」 

「だぁら、必要ねぇ、つってんだ!帰ぇれ、帰ぇれ!」

 アマーリエはため息をひとつついてから、手を大きく振る。

 ごろごろと地面を削りながら、巨大な木製の攻城塔が砦に向けて前進を始めた。

 木で作られた高さ8mにも及ぶ、巨大な箱のような造り。前方には毛皮を貼り付け、防火対策は万全。下部には大きな滑車があり、移動が可能。これを城壁に隣接させた後、最上部の桟橋を下ろして、騎士たちが城壁へと殺到するのだ。

 …完成したら、そうなる予定だ。

「なぁ、まだ骨組みしかできてねぇじゃねぇか」

 マンフリードが首元を掻きながら、せせら笑う。

「すぐに完成するわ」

 突然、ゲートハウスから赤らかと燃える炎の筋が、アマーリエたちの頭上を超えて、攻城塔を目掛けて筋を引いた。

「魔術師がいるぞ!」

 クルトが叫んだ。

 騎士たちは、動揺する馬をなんとか制御する。

 炎は攻城塔までは届かず、空中で消え失せた。

「はっ、大した術ではないわ」

 ギレスブイグの馬だけは、制止姿勢を保ったままだった。

 マンフリードは言った。

「なぁ、もうちっと近づけてはくれんか?もう少しで、届きそうなんだわ」

 男たちは笑い合った。

 アマーリエは攻城塔の前進を止めさせる。

「ねぇ…その砦に籠っていれば、安心だと思っているの?すぐにお腹が空くわよ?」

 マンフリードは、にやけた面を崩さない。

「私と一騎討ちをしなさい。そうしたら、ひもじい思いもしないで、すぐに決着がつくわ」

「誰が、女となんか。腹が減ったら、こいつを使うさ」

 ゲートハウスのアリュールに、縛られた若い女性たちが姿を現す。数は六人ばかり。

「人質がいるなんて、聞いてないぞ」

 クルトが毒付いた。

 マンフリードは、得意満面に騎士たちを挑発する。

「アマーリエ、出直しだ」

 クルトに言われ、アマーリエは馬を反す。頭上でせせら笑う、貴族まがいのごろつきを睨みながら…。


 それから、二週間をかけて、攻城塔は“ゆっくり“と組み上げられていく。

 敵の矢が届くかどうかのギリギリの場所に、たくさんの天蓋を立てて、騎士たちは作業にあたる。

 その間に、マンフリード側は食糧調達のため、行動を起こした。明け方間近に、梯子を下ろしてカーテンウォールを降り、三人だけで街に潜入し、民家の食材を奪って行ったのだ。防御柵は軽装の人間ならば、易々と越えられてしまう。見張りの数も、隙間を漏らさず、という訳にもいかない。さらに問題なのは、マンフリードの手下たちと遭遇した町の人間は、その恐ろしさに気後れし、槍を構えるだけで、突きかかる勇気を持てないでいる事だった。これでは、柵も守備兵も、まるで意味を成さない。

 マンフリードには、人質を消費する必要すら無かった。


 一週間後の夜、アマーリエは松明も持たずに、天蓋のひとつに向かい、静かに中に入る。 

 天蓋の地面には、中央に小さな縦穴が掘られ、周囲には土の山が出来ていた。

 中で待っていたハルトマンの従者アッシュからランタンを受け取り、二人して縦穴に掛けられた梯子を降りてゆく。

 降り始めた途端に空気が冷たくなり、やがて冷えた甲冑の表面に水滴が浮き出す。

 10mも降りないうちに、地面に足がついた。

 鉄履の中にあるフェルトが、冷たい水を吸い上げ、アマーリエは身を震わせる。

「また、鍾乳洞なの…」

 クラーレンシュロス城の城壁内部を通るギャラリー程度の幅しかないが、ランタンの灯りをぬめりと反射する洞窟の様子は、先日の赤い泥濘に襲われた洞窟の記憶を呼び起こさせた。

「こちらです。足元に、充分気を付けてください」

 アッシュが灯りを掲げて前を歩く。

 流水に侵食された洞窟は、まるで動物の内臓のようにうねりながら、ちょうど人が通れるギリギリの狭さで、地底をうがっている。足元には時折、冷えきった水が溜っていて、深いところでは膝下まで浸かることになる。

「あぐッ」

 アマーリエは、垂れ下がった鍾乳石に額をぶつけて、その場に屈み込んだ。

「すみませんでした。頭上にも注意を払う旨をご指摘すべきでした。申し訳ございません」

 片手を上げて応えただけで、地面に丸くなったままのアマーリエに、アッシュは尋ねた。

「ヘルメットをお被りになってみては?」

「うぅぅ…そうする」

 アマーリエは吊り下げていたアーメットを被り、バイザーを上げて再び歩き始めた。


 100mほど歩くと、たくさんの松明の灯りが見えてくる。

 待っていたのは、作業を頼んだ町の砂堀りたち。そして、先に内部で待機していた10人の騎士・従者たちの姿があった。

 彼らは、無言でアマーリエを出迎え、そして洞窟を遮る壁に灯りを向ける。

 アマーリエは、口を開けてそれを見上げた。

 一寸の隙間もなく、綺麗に積み上げられた石材。洞窟内の川を完全に遮断したそれは、異様なまでの威圧感、そして異物感を帯びて、威風堂々、聳え立つ。

 その壁の正面には、金属製の両観音開きの扉があった。

 まるでアマーリエたちを招待するかのように。

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