第4話 襲撃

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 赤い荒野を一台の装甲車が駆け抜けていく。

 そして、その背後には二台の装甲車と、二機の航空機が迫っていた。

 追う方の装甲車は赤褐色に近い砂漠迷彩、航空機は灰色の航空迷彩に塗装されているが、そのどちらもに白色で「MSTF」という表記がなされていた。

 先頭を走る装甲車「アルテミス」の上には青年。上着が風でばたばたとはためくのを気にする様子もなく、背後から追ってくるMSTFを見つめている。

 アルテミスの内部、操舵席にはクラリスとアスカが座っていた。

 正面のパネルに映されているのは正面の光景ではなく、アルテミスの上でしゃがむマルスの背中と、追いかけてくるMSTFの装甲車と航空機が表示されている。

 クラリスはコンソールパネルを操作しているが、勝手のわからないアスカは緊張した面持ちで大人しくしていた。

『クラリス。どうだ?』

 操舵室内に響くマルスの声に、クラリスが答える。

「通信妨害は作動してるよ。だからいつでもオーケー」

『わかった。射程に入り次第やる』

『お兄ちゃん! 追いつかれるよぉ。いくらアルテミスでも航空機には勝てないって!』

「ミネルヴァ。落ち着いて。ミネルヴァは後ろなんて気にしなくていい。後ろは私とマルスがなんとかするから、ミネルヴァは前だけ見てて。貴女がアルテミスを事故らせないことが一番大事」

 取り乱すミネルヴァにも、クラリスは冷静に返す。その間も、彼女はコンソールパネル上に表示されているセンサーやレーダーを注視していた。

『だけどぉ』

「マルスを……貴女のお兄ちゃんを信じなさい」

 アスカは緊張しながらも、人間になだめられる人工知能なんて、本末転倒なのでは……と内心で考えてはいたが、流石にそれを口にするほど愚かではない。

『ミネルヴァ、心配するな』

 その声と共に、正面のモニターに映るマルスが振り返り、こちらをーー装甲車の前方に取り付けられているであろうカメラをーー見る。

 同時に、彼の紫水晶の瞳が蒼く輝いた。

「ーーなっ」

『お前には指一本、銃弾一発触れさせない』

 アスカの驚がくの声も聞こえていたはずだが、マルスは意に介した様子もなく、また背後に向き直る。

 そして右腕を高く掲げ、接近する航空機へ向けて振り下ろした。

「まさか……」

 アスカの声と同時に、アルテミスまであとニ百メートルを切っていた航空機の軌道が揺らぐ。と同時に、マルスの振り下ろした右手の軌跡の通りに航空機が真っ二つになった。その断面はなにかキラキラとわずかな光を散らしている。

 そのまま安定を失い失速する航空機は、左右にフラフラと分かれて墜落。特に炎も煙も出すことはなく、そのまま荒野に激突して土ぼこりを上げた。

『……爆発物は積んでねーみてーだな。攻撃機じゃなくて偵察機か』

「みたいね」

 冷静にやり取りをする二人をよそに、アスカがポツリと漏らす。

「第三項の、天使……あれは、確か“大天使ミカエルの剣“」

「天使のことは、知ってるんだ」

 コンソールパネルから目を離さないまま、クラリスが返事をする。

「え、ええ……」

「私たちみたいに、各ドームの外を自力で移動してる人はほとんどいないんだ。ドームで生まれた人は、大抵の場合そのドームだけで人生が完結する。……まあ、ちょっとお金を出せば他のドームに旅行もできるけどさ」

「そうなの……」

「私たちは元々パリドームの出身なんだけど、天使の……あんな力のせいで、色んなことがあって、ドームに居続けられなくなっちゃったんだよね」

「そうなんですか……」

 どう返事をすればいいかわからない様子で、アスカは相づちをうつ。

 そんなやり取りをしている間にも、マルスがもう一機の航空機を撃墜する。

「それで、今はドーム間でやり取りできないような人たち相手に、配達したりとかの仕事をしてるの。……とは言っても、パリドームでの事件のせいで、私たちはMSTFに指名手配されてるのもあって、そういう生き方しかできなかっただけなんだけど」

「指名手配?」

 マルスとクラリスの二人が?

 そうアスカは疑問を抱いたが、目の前のモニターではマルスが第三項の天使の力で装甲車を破壊し、横転させている。

 街中でその力を振るったとしたら、指名手配をかけられて当然かもしれない。

『生きるためにはそうするしかなかった。だがそれでも、結果として俺たちは凶悪犯罪者ってわけだ』

 皮肉めいた口調でぼそりとつぶやくマルスに、クラリスは呆れ顔だった。緊張している様子はない。マルスを信頼しているのだろう。

「またそんな卑屈なこと言ってーー」

『ーーいいから! そんなこといいから! お兄ちゃん早くなんとかしてよぉ!』

 パニック状態で泣きわめくミネルヴァに、マルスは笑う。

『安心しろ。これで、終わりだ』

 そう言うと、マルスは残った一台の装甲車へ“大天使ミカエルの剣“の刺突を繰り出す。

 同時に、装甲車のボンネットに細長い穴が開く。

 まるで、本当に巨大な剣が突き立てられたかのように。

 急制動がかかった装甲車は、そのまま前転してひっくり返り、土煙をあげた。

『目視の範囲では、他に機影はない。戻るぞ』

「はーい。お疲れさま。ミネルヴァ。あと一時間くらい走ったら通信を復帰させるよ」

『よかったぁ。それじゃ、元のコースに戻しまあす』

「うん、よろしく。ミネルヴァもお疲れさま」

『ありがと。クラリスもね』

「うん」

 クラリスとミネルヴァがそんなやりとりをしている間に、ハッチがぷしゅ、と音を立てて開く。入ってきたのはもちろんマルスだった。

「マルス、お疲れさま」

 座席から立ち上がり、クラリスはマルスに駆け寄る。

 そのままマルスに抱きつきそうな勢いだったが、急にハッとして思いとどまった。背後にアスカがいることを思い出したのだろう。

「ああ。だけど……どうも妙な感じがするな」

「そう?」

「ああ。これまではこんなとこにあいつらがいることなんかなかった。何か……あんのかね」

 マルスは上着とマスク代わりのスカーフをハッチ横のコートハンガーにかけると、クラリスの頭を軽くなでて後部座席に座る。

「でも、そんなに変なことかな。たまにこういうことあったでしょ?」

「これまでのは、どっかのドームで俺たちのことがバレて追ってきた奴らだったはずだ。初めから俺たちを狙ってたなら攻撃機だったはずだろ。だけど、あれは偵察機だった」

「たまたまってこともあるよ」

「確かにゼロとは言えねーけど……たまたま偵察機が巡回してたとして、鉢合わせるのはちょっと運が悪すぎるだろ。なにか、この辺りを調査しなきゃいけないだけの理由があったのかもしれない」

 マルスはアスカをちらりと見る。

「心配し過ぎだと思うけどな」

 クラリスは操舵席に戻って気楽そうに言う。マルスも肩をすくめるだけだった。

「俺も、そうならいいと思うよ」

「マルス、その……あれに乗ってた人たちは……」

 少し不安そうに、アスカが尋ねる。アスカは、殺したのか、と直接言葉にはできなかった。

 本当にマルスがMSTFのーー兵士、になるのだろうか?ーーを殺したのだとしたら、なぜ彼らがそんな風に平然としていられるのか、アスカにはわからなかった。

「……やらなきゃ、俺たちが生き残れない」

「……!」

 真剣な表情のマルスに、アスカは息を呑む。……が、彼はすぐに息をついた。

「っていっても、あれはオートメーションに過ぎねーけどな。ほとんど完全自動化された機械の塊だ。人間なんか乗ってねーよ」

「そっか。よかった……」

 ほっと息をつき、ようやく緊張を解くアスカ。だが、そんな彼女にマルスはやや突き放したように告げる。

「あれにMSTFの兵士がもし乗ってたら、なおさら生かしてはおけなくなるけどな」

「そんな!」

 びっくりするアスカにも、マルスは冷静だった。

「俺たちはMSTFに追われる身だ。見つかったなら、見つかった痕跡はできる限り消さなきゃなんねぇ。露見に一週間かかるなら、タイヤの跡は砂嵐が消してくれるが、人が残っていたなら、いつ、どの方角に逃げたかバレる。そうなったら衛星画像から追跡されることになる。これを振り切るのはかなり厄介だ」

「けど、そんな……」

「どこで何をしてたのかは知らないが、たぶんあんたはいい人なんだろう。けどな、俺たちは殺さなきゃ殺されるとこで生きてきた。……蔑まれ、苦しめられながらな。理解しろだなんて言うつもりはないが、俺たちの生き方を否定するには、あんたは俺たちを知らなさすぎる」

「……」

 マルスの断罪に、アスカは口をつぐむ。彼らについて何も知らないというのは、事実その通りだったからだ。

「マルス。なにもそこまで言わなくたって……」

 見かねたクラリスが口をはさむが、マルスは首を横に振る。

「俺には優しくできる相手が限られてる。それに、こーゆーのは早めに言っておいたほうがいい。面倒事が起きてから言ってたら、泥沼になりかねねーからな」

 そう言ってマルスは立ち上がると、車両後部の部屋へと歩いていってしまう。

「ちょっとマルス!」

「少し休ませてくれよ。話をする時間はいくらでもある。いま焦んなくてもいーだろ」

 軽く手を振り、マルスはそのまま扉を閉めてしまう。

 戦闘の後だ。クラリスは頬を膨らませながらも、マルスを無理矢理に引き留めようとはしなかった。

「まったくもう……。アスカ、マルスがごめんなさい。あの人、本当に頑固で」

 クラリスの謝罪にアスカは首を横に振る。

 彼の態度を思えば、少しだけ苦笑してしまっていた。

 俺には優しくできる相手が限られてる。

 その相手というのは、どう考えてもクラリスとミネルヴァのことだ。そして彼は、その二人に優しくするーーつまり、二人を守るーーためなら、なんでもやると宣言しているのだ。

 なんとも不器用で、それでいてまっすぐな愛だろうか。

「彼は優しい人ね。あなたは彼に愛されてる」

「ア、アスカってば!」

 クラリスが顔を真っ赤にしてあわてて叫ぶのを、アスカは少し羨ましそうに見つめていた。


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