第3話 思案


3

『じゃーあたしが案内しちゃおっかな!』

 ミネルヴァの言葉と同時に、操舵席の天井に据え付けられたホログラフィックライトが点灯。三人の間に身の丈三十センチメートルの少女の姿が結実する。

 宙に浮かんだ少女の歳の頃は、クラリスと同じくらいだろう。ウェーブのかかった黒髪に白い肌、そして東欧系の顔立ちに紫水晶の瞳。

 言われなくてもマルスに似ている、と誰もが思うであろう姿だった。

「ミネルヴァ、また髪型変えてる」

『えへへ、いいでしょ』

 クラリスの指摘に、ホロライトで表示された少女は両手で髪の毛をすいて見せる。

「え……え?」

 アスカが目の前の光景にぽかんとする。

「これ、いったい……」

 アスカが天井のホロライトに手をかざすと、その手の影になったところだけミネルヴァの姿が消える。

『やめてー』

 そう言いながらも笑顔のまま、ミネルヴァはアスカの手を避けてふわりと移動する。

「貴女が……ミネルヴァちゃん?」

『そうでっす! この度は兄がご迷惑をおかけしましてーー』

「ーーおい」

「そんな、とんでもない! 私は皆に助けてもらったんだから、むしろ私が迷惑をかけたようなもので……」

『いいんですよ! うちのお兄ちゃんは頑固者なんですから、困ってる人一人助けられないことを反省したらいいんです』

 腰に手を当て、ミネルヴァははぁー、と深く息をつく。

「それは俺だけのせいじゃないだろ。それに、ロサンゼルスドームまでは送るって言ってんじゃねーか」

『そんなこと言って、あたしたちが言わなかったら見捨てるつもりだったでしょ』

 ミネルヴァの追求にマルスは答えず、ただ肩をすくめる。言外に「当たり前だろ」と言っているようなものだった。

「いいから、案内して来いよ。アスカもその服のままってわけにはいかねぇだろうし」

『あ、そうだった。クラリスの服、貸していいんだよね?』

「いいよー。サイズの合うやつ貸したげて」

『はーい! アスカさん、それじゃこっちに』

 ミネルヴァが操舵室内を自由に駆け巡り、アスカの横を通り過ぎて装甲車の奥へと案内する。

「ええと……」

 どうしたものかと困惑した表情をするアスカに、マルスがあごをしゃくる。

「ミネルヴァについて行ってくれ。ぴったり合う服は無いかもしれねーが、それでもその……船外服? よりはマシだろうしな」

「あ、ありがとう」

「どうも。ミネルヴァの指示には従ってくれよ」

「わかったわ」

 アスカは立ち上がってヘルメットを脇に抱えると、ミネルヴァの待つ奥の方へ歩いていく。

「ええっと、その……ミネルヴァちゃん?」

『はーい。なんですか?』

「あなたは、その……人工知能みたいな存在なのかしら……?」

 アスカの疑問に、ミネルヴァは苦笑いを浮かべる。

『まあ……そんなトコかな?』

「そうなんだ。……すごいね。よろしく。ミネルヴァちゃん」

 そのやりとりにマルスとクラリスは顔を見合わせるが、アスカとミネルヴァは気づかなかったようだった。

『こちらこそよろしくお願いします。アスカさん。じゃ、あっちに行きましょ。……そういえば、その服って一人で脱げるんですか? あたしは手伝えないから、人手が必要ならクラリスにも来てもらうけれど……』

 アスカの肩越しに、ミネルヴァがクラリスにちらりと視線を向ける。

 が、アスカは笑って首を横に振る。

「大丈夫よ。これは一人で着脱できるもの」

『そっか。なら大丈夫だね。じゃあこっちに来てーー』

 ミネルヴァとアスカがそんなやり取りをしながら、装甲車の後部へと姿を消す。

 操舵室に残ったマルスとクラリスの二人は、どちらともなく顔を見合わせる。

「……どう思う?」

「うーん……。悪い人じゃないと思うけど」

 そう答えながらも、クラリスは首をかしげている。

「けど、あいつはMSTFすら知らなかったんだぜ。下手すると火星連邦のこともだ。いくらなんでも知らなさすぎるだろう。アウトサイダーだって、それくらいは知ってるぞ」

「そうだけどさ」

「それになんだ、あの……船外服? 大気圏外で活動する必要があるやつなんて、MSTF以外にいるわけがねーんだ。だとしたら、ウソをついてるとしたら……アスカは敵ってことになる」

「そんなことないと思うけどな」

「……感か?」

「感だけどさ」

「まあ、クラリスの感は結構当たるからな……。だからロサンゼルスドームまで送ってもいいって言ったんだ。二人のリアクションが嫌そうなら放り出して見捨ててるところだ」

「もう。マルスってば」

 クラリスは席から立ち上がってマルスの目の前にやってくると、マルスの顔を両手で包みこむ。

「ミネルヴァの言う通りね。頑固なんだから」

「リスクは犯せない。二人を守るためなら何でもやるさ。だけど……二人を束縛したいわけじゃない」

「わかってる。わかってるよ。……ありがとう」

「……ああ」

 そんなやりとりをしていると、車両の奥からミネルヴァとアスカの賑やかな声が聞こえてくる。

「あいつ……アスカのことが気に入ったのかね」

「……知らない人と話せるのが楽しいんだよ。ほら、ミネルヴァはさーー」

「ああ、そうだな。……あの頃と比べりゃ、ずいぶん明るくなった」

 マルスはクラリスの言葉をさえぎる。クラリスの言おうとしたことがわかっているから、口にして欲しくないという態度だった。

 クラリスもそんなマルスの内心がわかっているのか、無理に続けはしない。

「アスカは……やっぱり、本当に知らないんじゃないかな」

 クラリスがなんのことを言っているのか、マルスは一瞬理解しかねる。

「……? ああ、火星連邦やMSTFのことか」

「そう。きっと……なにかあるんだよ」

 うなずくクラリスの碧眼を、マルスはいぶかしげに見上げる。

「感か?」

「感だよ」

「まあ、クラリスの感は当たるからな」

 そう言って二人は顔を見合わせると、少しだけ笑った。


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2024年11月30日 00:00
2024年12月7日 00:00
2024年12月14日 00:00

フェルミオンの天蓋 Ⅲ〈MARS〉 周雷文吾 @around-thunder

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