スパイの正体

「如月、お前はバカか? 何を言い出すかと思えば……」



「実は、新しい暗号を教えたのは三枝さん、あなただけです」



 一瞬の沈黙が部屋を包む。



「そもそも、新しい暗号をすぐに戦場へ伝えることなんて不可能でしょう? それに、いきなり暗号を変えたら身内で混乱を招くだけですから」



「なるほど、お前の話には筋が通っている。だがな、それだけで犯人扱いされては困るな」



「じゃあ、この機械はなんのためですか?」



 俺はそばに置かれた機械をコンコンと叩く。



「上に確認したら、『そのような機械は支給していない』との回答でしたよ。それに、暗号が解読され始めたのは、あなたが暗号作成課に配属されてからです。どうです? これでも言い訳しますか?」



「……。どうやら、優秀すぎる部下をもらったようだな。しかし、お前も無謀だな。スパイと2人きりの時に種明かしをするなんて」



 三枝は懐に手を入れると拳銃を取り出し、銃身が俺に向けられる。



「俺はそこまでバカじゃありませんよ」



 俺はジリジリと窓側に下がる。ドンと背中が壁にぶつかる。まずい、もう後ろに下がれない。三枝もこちらに近づいてくる。



「降参です」



 俺は両手をあげる。その瞬間、銃声が響いた。三枝が驚愕の表情を浮かべながら倒れ込む。俺はチラッと窓の方を見る。割れた窓ガラスの向こうには狙撃手がいた。



「突入!」



 別部隊が部屋に駆け込んでくる。



「如月、よく持ちこたえた」



 上官に背中を叩かれる。軍服の内側に着た防弾チョッキ越しに。



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「さて、如月くん。君に来てもらったのは、先日の三枝のスパイ摘発の件だ。改めて礼を言おう。君が摘発しなければ、より多くの情報が敵軍に流れていただろう。そうそう、奴の机を調査したところ、アメリカ軍とやりとりした秘密文書が見つかった。さて、ここからが本題だ。君の処遇についてだ」



 手柄を立てたんだ、いい部署に配属されるに違いない。



「君は暗号作成課で終わる人材ではない。そこで、明日より『情報課』への転属を命じる」



 情報課! これは都合がいいぞ。「情報収集した」としつつも、知識チートすればいい。



「そうだ、先にメンバーを紹介しよう」



 上官は3枚の写真を取り出すと机に置く。



「まず、こいつがお前の新しい上司、草薙だ」



「この人が上司!?」



 写真の人物はどう見ても俺と同じ歳くらいだ。



「草薙は若いが優秀だ。リーダーにふさわしい統率力がある。如月、お前はラッキーだな。それで、こいつが松田。ムードメーカーだ。まあ、たまにミスするのはいただけないが。最後に道下。こいつは……そうだな、クールで寡黙だ。松田とは正反対だな。まあ、明日会う方が早い。写真だけで性格までは分からんからな。百聞は一見にしかず。情報課はこの廊下を出て右だ。これで話は終わった。帰ってよろしい」



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翌日、俺は情報課の部屋の前に立っていた。扉を開けると、中は予想以上に落ち着いた雰囲気だった。


「おう、新人か?」



 入口付近にいた松田が笑顔で声をかけてきた。



「俺は松田。まあ、肩の力抜いていこうぜ」



 その軽い言葉に反して、彼のデスク周りは書類で埋め尽くされている。どうやら、ムードメーカーであっても、書類の整理は苦手らしい。



 一方、部屋の奥では道下が黙々と資料を整理していた。彼の存在に気づいたのは、草薙が紹介したときだ。「道下は……まあ、見ての通り無口だ。でも、仕事は確かだ」



 彼は一度もこちらを見ずに資料整理を続けている。「確かに寡黙だな」と心の中でつぶやいた。


 

 草薙が俺のデスクを指し示し、「ここが君の席だ。まずはこの資料を読んでおくといい」と言った。彼の言葉には自信があり、若さにもかかわらずリーダーシップを感じさせる。



 初日は特に大きな仕事もなく、資料の整理や過去の報告書を読みながら過ごした。情報課の雰囲気は穏やかで、松田の軽口に時折笑い声が上がる。道下はその間も黙々と作業を続け、一言も発しなかった。



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 数日が経過し、俺も少しずつ情報課の仕事に慣れてきた頃、部屋の雰囲気が一変した。草薙が真剣な表情で部屋に入ってきたのだ。



「皆、緊急だ。重要な情報を手に入れた」



 草薙の声に、全員が一斉に彼の周りに集まった。松田が「何があった?」と聞く。



「これを見てくれ」と草薙が広げた地図には、敵の補給ルートが詳細に記されていた。



「この情報が本当なら、我々は敵の動きを大きく封じることができる」



 俺はその地図を一瞥し、すぐにその重要性を理解した。



「どうやってこの情報を手に入れたんですか?」



「我々の諜報員が命を懸けて入手した情報だ」と草薙が厳しい表情で答えた。



「だが、まだ確証はない。これから全員で検証を行い、確実なものにしなければならない」



「しかし、すごい情報ですけど、作戦課の連中がまともな作戦を立てますかね」と松田。



「おそらく、封鎖作戦はリスクが高いから、その方向性はないだろうな」道下が松田の考えを支持する。



 いつのまにか、道下が地図を取り囲む輪に加わっていた。寡黙なだけでなく、気配を感じさせない動きといい、まるで忍者のようだ。



「これはあくまでも、諜報員の情報ですよね。この一帯の航空写真はありませんか? 敵艦のパターンを割り出せば、信憑性が高まると思うんですけど」



「それだ! 如月、いいぞ。その調子でどんどん意見を言え。ひとまずは意見が集まってから、的確な動きをすればいい」



 どうやら、草薙は噂通り若くして出世コースだというのは本当らしい。



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「さて、諜報員の情報はどうやら本当らしいな。次はどのようにして、この情報を活かすかだ」



 次の瞬間、ドアが勢いよく開くと、そこには作戦課のメンバーが立っていた。すごい剣幕だ。



「おい、どういうことだ! お前たちの仕事はあくまでも情報収集だ。作戦の立案はこちらの仕事だぞ!」



 草薙は状況が飲み込めていないらしい。ポカーンとしている。



「そこの若造が補給ルートの封鎖を提案してきた。これはあるまじき行為だ」



 あれ、もしかして何かやらかしちゃったのか?

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