暗号作成やめて、解読に徹します
暗号作成が無理なら、知識チートをすればいい。ここまでの考えは間違っていない。では、どうやって知識チートをするか。俺に求められているのは、「暗号の作成」だ。いっそ、この課の役割や名称を変えてしまえばいい。
「一つ提案です」
「言ってみろ」
「暗号作成課から名前を変えませんか?」
「は?」
「ですから、名前を変えませんか? 『情報分析課』なんてどうでしょうか」
そう、情報分析といいつつ、史実を参考に知識チートをすればいい。我ながらナイスアイデアだ。
「このバカモンが! 我々の仕事は暗号の作成だ。情報収集は別部署がある。まさか、知らないとでもいうのか?」
はい、そのまさかです。転生したばかりなので、知ってるわけがない。なるほど、すでにそういう部署があるわけだ。本当なら、その部署への配属希望を出せばいいだろうが、この上司はそうはさせてくれまい。というより、戦争中の日本に異動願いの制度があるかも怪しい。現実は厳しい。やはり、暗号を作成するしかないのか。今日は帰りが遅くなるぞ。
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家に帰ると、布団に倒れ込む。上司は暗号作成のいろはを丁寧に教えてくれた(ゲンコツは飛んできたが)。しかし、暗号作成など、何年かかるか分からない。その頃には日本は負けているに違いない。今までは負ける国を暗号解読によって勝たせてきたが、今回ばかりは無理だろう。暗号の女神も意地悪だな。
「私が意地悪だと思いましたね?」
これはなんだ。女神の声が頭に響く。一種のテレパシーか? まさか、俺の心が読まれるとは。
「確かに、今回は素人には難しいでしょう。今まで、総当たりで解いてきたあなたには。そこで、少しアドバイスです。アドバイスというよりは、少しの情報提供と言った方が正確かもしれません」
情報提供! それがあれば、俺にとって知識チートがしやすくなる。
「いいですか。今から4ヶ月先に珊瑚海海戦があります。ミッドウェー海戦より前の出来事です」
ちょっと待った! 情報量が多すぎる。慌ててメモを取ろうとすると、目の前に一枚の紙片が現れた。
「そこに起きる日付と簡単な情報を書いておきました。あなたが知識で日本を勝たせようとするなら、ミッドウェーで勝つ必要があります。それまでに上司の信頼を得る必要がありますね。そうそう、上司の名前は『三枝』です。では、幸運を祈ります」
それを最後に暗号の女神からのテレパシーは終わった。
ひとまず、もらった紙を眺めてみる。現在は1941年12月。真珠湾攻撃直後か。そして、女神の言っていた「珊瑚海海戦」は1942年の5月。なんと、5ヶ月の間に上司である三枝に信頼される必要がある。
どうしたものか。いきなり進言するのはダメだ。やはり、地道に信頼を得るしかなさそうだ。でも、どうやって? そうか、人間観察だ。まずは三枝の行動パターンを分析して先読みする。あまりしたくないが、上司のご機嫌取りをするしかない。
俺は現代ではミステリー好きだった。その知識を活かせば、三枝さんの行動を先読みするのは容易い。暗号作成ではなく、知識によってチートする。知識チートを信じてもらうために、ミステリー要素を利用する。意外と楽しくなってきたぞ。戦時中のシャーロック・ホームズに俺はなる!
うん? シャーロック・ホームズ? 待てよ、あれにも暗号の話があった。確か『踊る人形』というタイトルだったような……。そうだ、あの作品では暗号に一定のパターンがあることを手掛かりに解読していた。これは、大きな一歩だ。アメリカ軍の暗号もパターン性があるに違いない。暗号を作るのでも、情報を収集するのでもない。暗号を解読しつつ知識チートで日本を勝利に導けばいい。
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「三枝さん、アメリカの暗号を見せてください! 解読してみせます」
再びゲンコツ。良くも悪くも慣れてしまった。こりゃ、現代に戻ったら今度は俺が殴る立場になって、パワハラ扱いされるに違いない。
「まあ、細かいことはいい。それで解読できるのは本当か?」
「おそらく。たぶん……」
三枝が大きくため息をつく。そりゃあ、絶対なんて言ったら、解けなかった時はゲンコツでは済まないだろう。一枚の紙きれをが机の上に投げ出される。これがアメリカ軍の暗号か。解けるのか……? 『踊る人形』やシーザー暗号のように力づくでは解けそうにない。いや、一部でもいいから、暗号を解いて敵の行動を的中させるしかない。知識チートによる予言の信頼性を得るには。
「この暗号、業務後に持ち帰っていいですか? 何が何でも解いてみせます」
あ、やらかした。アメリカ軍の暗号という機密情報を持ち帰る許可が下りるはずがない。三枝が睨みつけてくる。まるで獲物を狙うワシのように。
「今のは無しで! 2、3日のうちに解きます。業務時間中に」
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どうやら、俺は戦時中のシャーロック・ホームズにはなれそうもない。レベルが高すぎる。3日どころか1年かかっても無理かもしれない。『踊る人形』の他にも暗号を扱ったミステリー小説があった。エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』。そして、江戸川乱歩の『二銭銅貨』。あれらとはレベルが違う。もちろん、転置式暗号の「スキュタレー」とも。
だが、原理は同じはずだ。頻発する文字は「e」のはず。英語でよく使われる文字だから。そして、単語として一番使われるのは「the」だ。これで「t」「h」「e」に対応する文字を割り出せた。ここまでくれば、こっちのものだ。俺は一心不乱に暗号を解く。隣では三枝さんがぽかーんと口を開けている。
「解けました!」
俺は一枚の紙を差し出す。解読結果が書かれた紙を。
「ちょっと待った。でたらめな文章を書いたんじゃないか?」
「まあ、聞いてください。暗号には転置式と換字式があって……」
「理屈はどうでもいい! この解読結果は正しいのか? 絶対の自信があるのか?」
「正しいです」
言い切るほかない。不安感を与えてはいけない。堂々としなくては。
「なるほど、これによると『日本軍の暗号が解けつつある』と書かれている。これは由々しき事態だ」
そう、中身はかなり深刻だった。暗号作成課としては、自分たちの仕事が無駄だと言われたようなものだ。
「しかし、そう簡単に解読されるはずはないんだが……。いや、待てよ。我が軍にスパイがいるとなれば、話が違う。スパイがいるのでは、という噂を聞いたことがある。もし、本当なら……」
「では、次に暗号が議題になる会議に参加させて下さい。そのスパイをあぶり出してみせますよ」
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