第22話 はぁ?従軍したい?その方が休めるのでさっさと行ってくださいませ
「ユフィ! 僕は決めたぞ! 南方のラーガトラム帝国との戦争に向かう。僕のこの力をこの国の平和のために活かすんだ!」
「はぁ……」
悪阻が始まり、調子の悪いことが増えてきた頃、突然こんなことを言いだしました。
どうやら今回の恋人は軍人なのか、それとも従軍されている人なのでしょう。
普通であれば妻が身重のときに楽しそうに出かけていくなど、褒められたことではありません。
しかし、今の私はピンクラビットのおかげでご機嫌ですし、旦那様にはむしろ戦場にいて貰った方が心穏やかに過ごせるかもしれません。
しかも、南部の貴族軍と王国軍とが協力して戦争に当たっているため、北部の貴族はお金や物資しか出すものがない状態です。
なかなか苦戦していることもあって、南部側の貴族からの要求が高まっている一方、北部側もとっとと終わらせろという思いを隠し切れなくなっています。
そこへ、北部の中ではそこそこ地位のある当家が、北部最大の貴族であるアーゼンベルク公爵家の子息を出すとなれば、ガス抜きにちょうどいいかもしれませんね。
ということで公爵様に連絡を送り、旦那様へ了解の旨を……。
「お待ちください。一応でも公爵閣下のお返事は確認するべきではありませんか? そのお義母さまのこともありますし」
「むぅ……」
面倒なものを南に送り込むべく、さっさと処理してしまおうと思ったのに、執事長が止めてきました。
前回、ピンクラビットの居場所を作っている時にドヤ顔を向けたことを根に持っているのでしょうか。なんて心の狭い……。
それに公爵様の返事などわかりきっています。
「ご賢明なるユフィ・クルスローデン伯爵におかれましては、愚弟を戦地に送るとの大変重き決定を下されたところではありますが、どうかご再考の程、よろしくお願いいたしたいと、公爵はそう仰っておられまして……」
やっぱり止められました。
公爵は旦那様の力を知らないから、当然こういう結論になるでしょうね。
きっと従軍している女性たちにキャーキャー言われたいという邪な考えしか持っていないと決めつけていらっしゃるのでしょう。
しかし今回ばかりは私は従いません。
なにせ旦那様は数多の魔王をなぎ倒した猛者ですし、私にピンクラビットを贈ってくれる優しき人でもあります。
素敵な方ですから女性の一人や二人靡くかもしれませんが、それで戦争が終わって南部から感謝されるなら安いものです。
なんならそのままお譲りいたしますわ。
私はこのお腹の子が男の子だと知っているので、あとは子供と頑張ります。
「お腹を撫でている場合ではありません。思いとどまるように使者を送ったのに、もう送り出したとはどういうことでしょうか?」
悪阻が酷いというのに、憧れた相手に詰め寄られるというのはなかなか酷いので帰ってください、手に持ったワインだけ置いて行ってください。
しかし帰ってくれません。
「私は許可をお願いしたのではなく、旦那様たっての願いなので送り出しましたという報告を送ったまでです。文句はお受けいたしかねます」
「くっ……」
既に婿に出した旦那様に対する命令権など有していない公爵様は諦めて帰って行きましたが、ワインまで持って帰ってしまいました。ケチ!
「報告です!」
「旦那様ですか? 矢を浴びせられたのですか? 槍ですか? まさか魔法ですか? あなたの様子を見る限り亡骸などはない様子。まさか跡形もなく吹っ飛んでしまったとか? あぁ、なんておかわいそうな旦那様……」
「いえ、ご無事ですのでそこはご安心を」
生きているらしい。
ご無事だから安心できないのよ?
「旦那様は戦場に着くなり、単騎で敵軍に特攻。多数の歩兵や騎兵をなぎ倒されました。さらに敵の魔法兵の魔法をすべて防いだ上に、反撃の魔法を放たれました。敵は慌てて引き返し、我が軍……というか旦那様が勝利されました」
「……」
「その活躍によって、北部貴族が出した戦力のうち、唯一南部貴族に受け入れられたばかりか、百人隊長が重傷を負ってしまった王国軍の部隊の隊長代理に就任されました」
「……」
私の心の中はまさかという思いでいっぱいです。
こんなはずはない。
あの旦那様が失敗せずにことを終えるはずがない。
お茶会に来られていた公爵様にも万が一を考えて一緒に聞いてもらっていますが、彼も唖然としています。
彼は旦那様の強さを知らないので余計に驚いていることでしょう。
しかし、報告はまだ終わらないようです。
何を仕出かしたのでしょうか?
勢い余って敵国の皇太子を殺したため、全兵力を差し向けられて捕虜になった上、そのまま処刑されたとか?
でも、ご無事ですという話がさっきあったばかり……。
どういうこと?
これから失敗するの?
「ただ、その……とても申し上げにくいのですが……」
「なにがあった?」
やっぱり来たと固まってしまう私に代わって公爵様が先を促してくれます。
「負傷した百人隊長の名前を聞くなり……その……旦那様は軍から離脱されてしまいまして……」
「「はぁ?」」
「王都まで追いかけて帰還されてしまいました」
「「……」」
何をしているのでしょうか?
まったくもって意味が分かりません……いや、もしかして……。
「その百人隊長が女性だったとか?」
「はい……」
「あのバカァァアアァアァアアアアアア!!!!」
公爵様の叫び声が響き渡り、私は耳を塞ぎました。
胎教に悪いのでどっか行ってください。
ちなみに、帝国軍は旦那様にやられた被害が大きすぎて休戦を申し入れて来たので、王国はそれを受け入れて講和を結びました。
一部領地を提示されたものの断り、代わりにかなりの賠償金を取れたということで王国の面目が保たれ、南部貴族の留飲が下がった上に、北部貴族としても直接的な協力ができたということで誰も損することなく、平和になりました。
そのおかげで旦那様は敵前逃亡の汚名を着せられることもなく、一方で英雄として褒め称えられることもなく、ただただ追いかけた百人隊長に敵前逃亡を責められて失恋するという結果に終わりました。
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