アフロディーテの涙〜その2

「状況を詳しく話してくれ」


カフェテラスでの一件は伏せ、私は先を促した。

小さく頷き、再び鞄から何かを取り出す尚文。


それは、一通の白い封筒だった。


私はチラリと尚文に視線を送り、封筒を受け取った。

宛名は【雅氷見子様】となっているが、差出人の名前は無い。

中を覗くと、便箋が一枚入っていた。

私がそれを取り出すと、クイーン、ドイル、クリスが側に寄ってきた。


『お前は、俺のものだ。俺以外の男たちとは、絶対に関わるな。もし破れば、お前は地獄の苦しみを味わう事になるだろう』


それは、印字された文章だった。


「……まさに、脅迫文ね」


開口一番、クイーンが呟く。


って……典型的なストーカーの決まり文句だね」


続いてドイルも言い放つ。

その横で、クリスがウンウンと何度も頷いた。


「それで……これが、そのみやび氷見子ひみこさんのところに?」


私は、無地の便箋と封筒を丹念に調べながら言った。


「始まったのは、一週間前からだ。最初はイタズラかと思ったんだが、それから毎日送られてきたらしい。それで昨日、どうしたものかと本人から相談を受けたんだ」


「どうして、お前に?」


封筒から尚文のボサボサ頭に視線を移して、私は尋ねた。


「たまたま俺が、彼女の教育係を任されたんだよ。ウチのコースでは、昔から上級生が下級生のサポートをするのがならわしでね……彼女は一人暮らしな上、学校にも友人がいないため、俺くらいしか相談相手が思いつかなかったようだ」


そう言って、尚文は肩をすくめて見せた。


「一週間前という事は、手紙は全部で七通あるのか……内容は皆同じなのか?」


「ああ。どれも全く同じだ。今見せたのは、つい昨日届いたやつだよ」


私の問いに、尚文は便箋を睨みながら答えた。

まるで汚物でも見るような眼差しだ。


「消印は、この町の郵便局になっている。他の手紙も同じなら、差出人はこの町か近郊に住む者の可能性もある」


「……同じ消印だよ」


私の解説に即答する尚文。

この男も、同じ推測をしたようだ。


「それで……当の本人に、心当たりは全く無いのか?」


「本人は無いと言っている……いや、それどころか……」


私の質問に、尚文はなぜか言葉を濁した。

表情に苦悶の色が浮かんでいる。

どうも、この場では言いにくい事があるようだ。


「この手紙の差出人を見つけ、ストーカー行為をやめさせる──それが、お前の依頼なんだな」


私は深くは追求せず、話題をまとめた。

この男が言い淀むなど、よほどの事に違いない。

尚文は渋い顔のまま、ぎこちなく頷いた。


「……とにかく……一度、会ってくれないか……彼女に」


尚文が絞り出すような声で言った。


会えば分かる……


恐らく、そう言いたいのだろう。


その様子から、雅氷見子なる女性に何かしら問題があるのは明らかだった。


「……分かった、引き受けよう。丁度今回の研究テーマを決めている最中だったんだ」


そう言って、私はメンバーの方へ向き直った。


「どうだろう?ストーカーなる人種のとるの源泉を探ってみようじゃないか」


私の言葉に、皆一瞬戸惑いの表情を見せるが、すぐさま肯定の意を表した。


「そうね。その雅さんを助けてあげましょう」


「ストーカー野郎を、ガツンとやっつけよー!」


「悪い人……嫌い」


クイーン、ドイル、クリスが賛同の言葉を口にする。

私は大きく頷くと、視線を再び尚文に戻した。


「すまん……助かる」


そう言って、尚文は珍しく素直に頭を下げた。

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