ポセイドンの槍〜エピローグ

「結局、『ポセイドンの槍』をについては、分からなかったわね」


噴水の水をぼんやり見つめながら、クイーンが呟く。

あの事件後、久しぶりにメンバー揃ってこの場所を訪れたのだった。


「ホントに……上地の奴も、それについては何も喋らなかったし」


そう言って、ドイルも悔しそうに口を歪める。


「いや……あれは、上地の仕業じゃ無い」


私は、『ポセイドンの槍』を眺めて呟いた。

そのひと言に、皆が一斉に私の方を振り返る。


「えっ!それって、どういう……?」


何か言いかけたクイーンを手で制し、私もメンバーの方へ向き直った。


「レイニーマウスのあのメモ書き……実は、研究室の扉の下から投げ込まれていたんだ」


事も無げに私は言った。

初耳の情報に、眉をひそめる面々。


「噴水が赤く染まった日の前日だった。その時はまだ、やった者の意図が分からず、皆に話すのを控えていたんだが……誰かが、上地の捨てたメモを見つけ、修復してから投函したようだ」


そう言って、私は髪の毛を掻き上げた。

皆、真剣な表情で聴き入っている。


「一体、何のために……そんな事を?」


「我々に、あの謎掛けをさ」


怪訝そうなクイーンの問いに、私は間髪入れず答えた。


「投函したその人物は、恐らくあのを解読したんだ。ポセイドンの隠し物の在処ありかが、【海中】では無く【懐中】だという事を……だから、噴水に赤い塗料を投げ込み、水の中には何も無いと証明してみせた。その上で、新しいマウスを全く同じ状態で張り付け、ご丁寧に『汝らの欲せし物は果たして何処いずこに』と明記した。あれは、探し物はこの中──だぞ、という暗示だったのさ」


私は、メンバーの顔を交互に見ながら説明した。


「でもまた、何でそんな回りくどい事したんだろ?」


まださっぱり分からないといった顔で、ドイルが質問する。


「それは、これを行った者が誰かを知れば分かる事だ。いいか……各々の条件に付合する人物を考えてみてくれ」


そう言って、私は試すような視線を全員に送った。

クイーンは眉間に皺を寄せ、ドイルは上を向いてブツブツ呟き、クリスはうつむいて目をつぶった。

私は肩をすくめ、話しを続けた。


「条件となるのは以下だ──上地がメモを破棄した事を知っている者、我々が上地と会った事を知っている者、噴水の止め方を知っている者、そして噴水の清掃が行われたあの日、……私の知る限り、上地以外でこれらを満たす者は一人しかいない」


全員の目が、ハッとしたように見開く。

私のヒントを受け、同じ人物が脳裏に浮かんだのだ。


「……牧尾さん!」


ドイルが、素っ頓狂な声を上げる。


「で、でも、なんで?……どうして?」


「前に言ってたじゃないか。彼女は【リアル謎解きゲーム】の常連だって……」


ショックで口をパクパクしているドイルに、私は茶化すように言った。


「彼女は、メモの謎を解いた。そして、この件を調べている我々に教えようとした……だがそこは、謎解きゲーム愛好者の面白いところで、ただ教えるのではと考えた。謎掛けには謎掛けで応えてやろうと思った訳だ。幸いにもコチラには、やはり【リアル謎解きゲーム】にドイルがいるからな。きっと、自分の謎掛けも解いてくれるだろうと踏んだのさ」


話しながら、私の脳裏にあの日の牧尾女史の姿がよぎる。

初めて庶務課を訪れた私たちを、興味深げに、しかし半ば面白がるような目で見ていた。

もしかすると、あの時に噴水を染める事を思いついたのかもしれない。


「ふーん……精通ねぇ……」


クイーンが、意味ありげな顔でドイルを眺めた。

それに気付いたドイルが、ムッと頬を膨らませる。


「な、何?僕はこれでも、ゲーム大会では結構活躍してるし!か、必ず十位以内には入ってるし……」


「ハイハイ。分かった、分かった」


ドイルが懸命に実力を誇示しようとするのを、クイーンは笑いながら受け流した。


「十位……では【】は……まだ一度も手に入れた事が無いと……フッ」


「……いや、クリちゃん、フッて何!?フッて」


横を向いてポツリと呟くクリスに、ドイルが真っ赤な顔で問いただす。


夕日に染まった『ポセイドンの槍』に、【異常心理学研究会】の賑やかな声が反響した。



************



「ねぇ、ポー……教えて欲しいんだけど」


大学に戻り、研究室に落ち着いたと同時にクイーンが尋ねてきた。


「朝比奈さんの部屋で、アナタ言ったわよね。『奴は最初から正体を明かしていた』って……あれは、どういう意味なの?」


その言葉に、ドイルとクリスも慌てて顔を向ける。

どうやら、二人も答えが聞きたいらしい。


「さほど難しい話じゃない。『ポセイドンの槍』のレイニーマウスを思い出してくれ。どんな状態だった?」


私は机上のコーヒーを手に取り、話し始めた。


「どんな状態って……両手足が縛られ、張り付けになっていたわ」


クイーンが、思い返すように宙を見つめる。


「そう……【張り付け】は、文字通り【はりつけ】と同義だ。じゃあ、そこから連想するものと言えば、何だ?」


「磔……磔……イエス……キリスト?」


世界で最も有名な神の名を口にするクイーンに、私は大きく頷いてみせた。


「その通り。キリスト……すなわち【】だ。そして、マウスには【】が付着していた。さらに、マウス……つまり鼠は、干支ではに登場する。これらを繋げると、【カミ】【チノリ】【一】……【かみじ のり 一(かず)】(上地典一)となる」


全員の口から、同時にアッという声が飛び出す。


「これも、上地が仕掛けた謎掛けの一つだ。恐らく、血のりの付いたレイニーマウスを見て、思いついたんだろう。ヤツはこの言葉遊びで暗に正体をさらす事で、ギリギリのスリルを味わっていたんだ。ヤツにとっては全てがゲームであり、歓びを得るための手段だったのさ」


そう言って、私はコーヒーをひと口すすった。

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