ポセイドンの槍〜その14
「それを、僕が仕掛けたとでも言うのか?」
憤怒の形相とは裏腹に、上地が静かな声で尋ねる。
私は肩をすくめて、肯定の意を示した。
「馬鹿馬鹿しい!何のためにそんな事を……?」
苦々しげに吐き捨てる上地。
「それにお答えする前に、録画されたモノを一度観てみようじゃないですか」
そう言って、私はクリスに合図を送る。
少女は黙って頷くと、ショルダーバックから小型のタブレットを取り出した。
それとビデオカメラをコード接続し、画面を私たちの方に向ける。
間髪入れず、何かの動画がスタートした。
高所から見下ろした先には、猜疑と困惑の表情を浮かべる学生たちの姿があった。
携帯で写真を撮る者、隣人と喋る者など反応は様々だが、どの視線もこちらに向けられている。
画面の下部に映る噴水の縁が、ここが『ポセイドンの槍』である事を示していた。
動画は数分続いた後、別の景色に切り替わった。
今度は、ひと気の無い夜の風景だ。
先ほどとは違い、やや遠方に『ポセイドンの槍』が見える。
やがて、一人の人物が噴水に近付いて来た。
暗視モードのためか、色調は白黒のみだ。
フードを被り、手には網のようなモノを持っている。
見覚えのあるその姿は、間違いなく柏木千鶴だった。
しばらく悩んだ後、その人物は網で噴水の中を漁り始めた。
何度もすくい上げては、残念そうに肩を落とす。
その様子が数分続いたところで、突然映像は終了した。
「この後、彼女は我々と遭遇するのですが、そこは編集でカットされたようです」
クリスに頷いた後、私は付け加えた。
見終わった面々の口から、ため息が漏れる。
「……この映像が、何だと言うんだ?」
「これは……言ってみればポセイドンの趣味であり、今回の事件の動機でもあります」
探るような視線を向ける上地に、私はきっぱりと言った。
「……趣味?……動機?」
意味不明だと言わんばかりに、首を振る上地。
その顔には、小馬鹿にしたような笑みが張り付いている。
「そう。これこそが、アナタの精神が侵されているという
私は声高に言い放った。
「アナタの快楽に対する執着度は、常軌を逸しています。
その台詞を聴いた途端、上地の顔が硬直する。
「……『ポセイドンの槍』に張り付けたレイニーマウスに対する大衆の反応は、アナタにとってこの上無い快感だったはずです。驚愕・動揺・畏怖……アナタの仕掛けたギミックに、多くが好奇の目を向け、その表情の一つ一つをアナタは楽しんだ……だが、それらはあくまで余興に過ぎず、真のターゲットは柏木千鶴さんだった」
そこで言葉を切ると、私は室内を闊歩し始めた。
その姿を、全員が目で追った。
「……彼女を選んだのは、恐らく朝比奈恵さんの件でアナタに詰め寄った事が引き金だったのでしょう。その時アナタの中に、『コイツを使って朝比奈恵の苦しむ姿が見たい』という欲望が芽生えたのではありませんか?そして、気持ちをどうしても抑え切れないアナタは、彼女を手紙で『ポセイドンの槍』に誘い、例のカタカナのメモ書きで噴水の中を探すように仕向けた」
私は顎に手を当て、やや早口でまくし立てた。
「あの夜、アナタは彼女の様子を録画しようと、マウスを抱えて待ち伏せました。ビデオカメラをマウスに入れたままにしていたのは、万が一誰かに見られても、盗撮がバレないようにするためです。まさか、ぬいぐるみの中にそんなモノが仕込まれているとは、誰も思わないでしょうから……そしてアナタは、木陰から柏木さんの様子を盗撮した。探し物が見つからず何度も落胆する彼女を見て、アナタはさぞかしほくそ笑んだ事でしょう」
そう言い放つと、私は
メンバーの間から、どよめきの声が上がる。
上地ひとりが、黙ったまま顔を紅潮させていた。
「……でも、なんでビデオなんかに……」
不快感のこもった口調で呟くクイーン。
「妬みだよ」
その質問を予測していたかのように、私は即答した。
「【シャーデンフロイデ症候群】の最も大きな要因と言われているのが、人に対する【妬み】の感情だ」
それだけ言うと、私は足を止め、再び上地と対峙した。
「柏木さんへのメールでは、アナタが朝比奈さんに別れ話をした事になっていますが、本当は逆なんじゃないですか?あのメールの送り主は、朝比奈さんでは無くアナタだ。これはあくまで推測ですが、アナタの快楽に対する偏執的な性癖を、彼女は偶然知ってしまった。それに耐えられなかった彼女の方から、別れてくれと持ちかけられたのではないですか?」
私の問いに、上地の顔色が変わる。
指摘した内容が、的を射たのは明らかだった。
「当然、アナタは拒否したでしょう。だが、彼女の決意は固かった。このままではアナタの最も知られたくない秘密が、外部に漏れてしまう恐れがある。例えば、朝比奈さんが親友の柏木さんに相談するとか……そこでアナタは、朝比奈さんを拉致する事にした。対外的には、失恋から家に引きこもったように見せかけて……」
その説明を聞いたメンバーの脳裏に、インターホンのトリックの映像が蘇る。
主のいない部屋で、嬉々として細工に励む上地の姿と共に……
「アナタは柏木さんを妬んだ。長年付き合った朝比奈さんは自分のもとを去ったのに、柏木さんは彼女の親友として関係性を保っている。それが、アナタには許せなかった……だから、柏木さんが困っている姿をカメラに収め、それを朝比奈さんに見せつけてやろうと考えた。自分のせいで右往左往する親友の姿を見て、朝比奈さんはきっと苦しむに違いない……そう考えただけで、アナタの溜飲は下がり、心が
畳み掛けるような私の声が、室内に響き渡る。
理路整然とした推理に、もはや誰も口を挟もうとはしなかった。
「……以上が、私の推理も含めた事件の真相です。これ以外の解答は無いと確信もしています。さあ、次はアナタですよ。上地さん……朝比奈さんの居場所を教えてください」
そう言って、私は上地の目を真正面から見据えた。
石像のように固まったまま、それを見返す上地。
刹那の沈黙の後、突然その石像に変化が現れる。
口角が、鋭利な刃物のように吊り上がったのだ。
不気味な笑みだった──
やがてその口元から、クククという笑い声が漏れ出る。
「いや、全く……妄想も、そこまでいくと大したもんだ」
上地は、小刻みに体を震わせながら言った。
「そもそも、僕がそのシャーデン何とか……だと言うのも、君のこじつけでしかない。言っておくが、僕はいたって正常だよ。柏木さんが困っていても快感なんて感じないし、ましてや恵を拉致したなど、とんでもない言い掛かりだ!」
肩を怒らせ、どうだと言わんばかりに言い放つ上地。
「それでもどうしてもと言い張るなら、証拠を見せてくれ。僕がビデオカメラを仕掛けたという証拠、朝比奈恵を拉致したという証拠、僕がポセイドンだという証拠をね……もっとも、そんなものはあるはず無いがな」
そう言い放ち、上地は勝ち誇ったように我々を見下ろした。
「……証拠ですか」
さしたる動揺の色も見せず、私はポツリと呟く。
「一つ言い忘れてましたよ、上地さん……実はこのビデオには続きがあるんです」
そのひと言に、室内の空気が一気に凍りつく。
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