ポセイドンの槍〜その13

庶務課の部屋に入ると、机の上に二体のレイニーマウスが置かれていた。

例の血のりが付着したものと、そうでは無いものだ。

男は、怪訝な表情を浮かべながら手を伸ばした。


「お邪魔してます……


突然の声に、その男──上地典一は慌てて振り向く。


「何だ……また、君らか」


奥の書庫から現れた私たちを見て、上地は迷惑そうに顔を歪めた。


「何でそんな所にいる?これは君がやったのか?一体、どうゆうつもりだ?」


矢継ぎ早に質問を繰り出す上地。

その正面に対峙すると、私はポケットから一枚の紙片を取り出した。

それは、レイニーマウスに貼り付いていたメモ書きだった。


「……それは!?」


眉を吊り上げ、上地は声を上げる。


「血のりのあるレイニーマウスに付いていたメモです。アナタが破って破棄したものを、ゴミ箱から拾って修復しました」


そう言って、私は紙片を広げて見せた。

所々セロテープ貼りされているが、内容は十分読み取れる。

私は静かに音読した。


『ナンジノ ホッセシモノ ワガ カイチュウニアリ ポセイドン ヨリ』


「……このメモ書きが、全てを教えてくれましたよ。上地典一さん。いや……と呼ぶべきですね」


「なっ……!」


私の言葉に、絶句する上地。


「一体……君は何を言ってるんだ!?」


「最初にこのメモを見た時、私にはどこか違和感がありました」


私は、上地の抗議を無視して続けた。


「その時は感覚的なものでしたが……やっと、その正体が判明しました」


そこで一旦言葉を切ると、私は再びポケットから何かを取り出した。

それは宛名の無い封書だった。


「これは柏木千鶴さんに届いた、ポセイドンからの手紙です」


そう言って、私は中から便箋を取り出し、読み上げた。


『朝比奈恵をあんな姿に変えた犯人を知っている。教えて欲しくば、明日『ポセイドンの槍』に来い。ポセイドンより』


「……それが、どうしたと言うんだ?」


二枚の紙片を突きつけられ、上地は迷惑そうに吐き捨てる。


「おかしくないですか?」


「だから、何がだ!」


私の問い掛けに、苛立ちを隠せない上地。


「この二つは同じ人物──すなわち、ポセイドンが書いたものです。ではなぜ、片方はで、片方はそうでは無いのでしょう。二つとも印字ですので、筆跡を調べられる心配は無い。なのになぜ、?」


私の説明を、上地は黙って聴いている。

平静を装ってはいるが、震える頬が動揺の強さを物語っていた。


「そこで、ふと思ったんです。カタカナにするメリットは何かを……そして、思いつきました。それは、文面の意味が、という事です」


そのひと言に、一瞬上地の眉がピクリと動く。


「もっと具体的に言いましょう。これが貼られていたのは『ポセイドンの槍』です。ポセイドンが海神だという事は、広く知られています。さらに、場所が噴水となれば、『カイチュウニアリ』が、──つまり、を指していると考えるのは、至極当然の流れだと言えます。しかしこれこそが、ポセイドンの狙いだったのです」


室内に朗々と響く私の話を、その場の全員が固唾を呑んで聴き入る。


「これにまんまと引っ掛かった我々は、ポセイドンの隠し物が噴水にあると思い、何とか見つけようと躍起になった。中でも柏木さんは、手紙で呼び出された挙句、真夜中に網で水中を漁るはめになったのです。だが結局、何も見つけられなかった……それも当然です。もとから噴水の中になど無かったのですから。我々が、あのカタカナの文面と『ポセイドンの槍』から、だけなのです」


そう言って、私はぐるりと周囲を見回した。

ポカンと口を開けるドイル以外は、皆ハッとしたように私を見返す。


「そりゃそうだ。だから最初から言ってるだろ……あれは単なるイタズラで、そんなモノは存在しないと」


「いえ。ところが、ポセイドンの隠し物は確かに存在しています。が間違っていたのです」


したり顔で言い放つ上地に、私は平然と言ってのけた。


「ほぉ……一体全体、どこにあると言うんだ?」


上地は私を睨むと、挑戦的な口調で言った。

その顔には、皮肉な笑みが張り付いている。

私は黙って、二体のレイニーマウスを手に取った。


「この二つは既製品で、デザインは勿論、材質など全く同じもののはずです。しかし先日、この血のりの無い方を調べた際、ある事に気付きました……それは、です」


私は、マウスの体を軽く押さえながら言った。


「手触りって……の事!?」


クイーンが、驚いたように声を上げる。

私は振り向き、頷いてみせた。


「以前、血のりのあるマウスを調べた時、中には綿が詰まっていた。ところが血のりの無いマウスの中身は、だった。調べてみると、この既製品には全て、ペレットが使用されていた。つまり誰かが、この血のりのあるマウスの中身を、ペレットから綿へという事になる」


そう解説した私は、再び上地の方に顔を向けた。

上地は唇を噛みながら、私を睨み続けている。


「その時確信しました。これこそが、ポセイドンの隠し物のだと……中身を流動性の高いペレットから綿に替える事で、隠し物が動かないよう固定していたのです」


「……じ、じゃあ、あのメモの意味は!?」


放心状態だったドイルが、やっとの思いで口を開く。

私は血のりのあるレイニーマウスを、その鼻先に突き出した。


「『汝の欲せしモノ 我が にあり』……これが、ポセイドンのメッセージのだ。つまり、隠し物は、噴水の中では無く、にあったんだよ。では、一体何が入っていたのか?それは……だ!」


そう言い放つと、私はマウスのジッパーを下ろした。

棉の詰め物に手を入れ、黒い小さな物体を引き出す。

それは、レンズの付いたこぶし大の機器だった。


「ううっ……!?」


それを見た上地の喉から、獣じみた唸り声が漏れる。

朝比奈恵の部屋で、すでにその物体を目にしているメンバーは、興味深々で上地を眺めた。


「朝比奈さんのベッド下に隠してあったのを見つけ、私がマウスの中に入れてみました。これは……盗撮用のですね?」


静まり返った室内に、抑揚を抑えた声が木霊する。

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