ポセイドンの槍〜その12

「簡単な仕組みです」


ポツリと呟くと、クリスは玄関の壁に設置されたインターホンを指し示した。

ボタンを押しながら、内外で会話できるタイプだ。

機器の下から、明らかに電源コードとは別の黒いコードが伸びている。

行き着く先は、インターホンのスピーカーにテープ貼りされた小型のICレコーダーだった。


「外のインターホンを押すと、室内の同機のスピーカー部分に小さな突起が飛び出すように改造されています。これがレコーダーの再生ボタンと接触して、音声が再生されます」


そう言うと、クリスはチラッとドイルの顔を見た。

突然、見つめられキョトンとするドイル。

だが、すぐに何か悟ったらしく外に飛び出した。


ピ〜ンポ〜ン


ほどなく、ドイルが呼び鈴を鳴らした。

と同時に、室内のインターホンに取り付けられたICレコーダーから音声が響いた。


『帰って!』


一瞬、全員の体に戦慄が走る。

それは先ほど、ドアの外で耳にした朝比奈恵の声だった。


「レコーダーにはあらかじめ、朝比奈恵さんの音声が録音されています。恐らく、実際の会話から切り取った部分音声だと思います」


そこで説明を終えると、クリスはそそくさとクイーンの背後に回った。

 

「……そんな……恵が、いないなんて……」


千鶴の震え声が、室内に木霊する。

自分の想像を超越した状況に、大きなショックを受けたようだ。

皆、かける言葉を思いつかなかった。


「……それにしても、よく分かったわね」


重苦しい空気の中、クイーンが静寂を破る。

私は肩をすくめてみせた。


「最初に違和感を覚えたのは、朝比奈さんからのメールの話を聞いた時だ。『彼から別れると言われた。もう大学には行かない』という文面だが、親友に送るにしてはあまりにに思えた。普通は、『ごめんなさい』のひと言でも、あって然るべきじゃないか。それが、まるで大学に行かない理由をような口調だ」


「え!?確かに……よく考えたら……恵らしくないわ!」


私の説明に、千鶴がハッとしたように声を上げる。

私は軽く頷くと、後を続けた。


「そうなると、このメールはという疑問にぶち当たる訳だ。もし、彼女以外の誰かが打ったのだとしたら、彼女自身はどうなったのだろう?本当は引きこもってなどおらず、その第三者に、例えば、脅迫や監禁といった窮状に陥っているのではないか……」


皆、食い入るように私を見つめ、話に聞き入る。


「そこから、インターホンの仕掛けに行き着いたって訳だね」


そう言って、納得したように頷くドイル。


「ああ。もしそんな状況にあるなら、犯人は訪問者に対して、朝比奈さんは家にいると思わせるよう手を打つはずだ。柏木さんの話では、いつ訪ねても【ドア越しに『帰って』と言うばかり】だったし、結局一度も顔を見れていない訳だ。だから、何らかのがあるのではと考え、事前にクリスに準備してもらっていたんだ」


私の言葉に、皆がクリスをかえりみる。

途端に、少女の顔が真っ赤に染まった。


「ここに来てみて、インターホンでは応答があるのに、ノックでは無かった事で確信した……と」


「恵は……恵は一体、どこへ行ったの!?彼女に何があったの!?」


千鶴が泣きそうな顔で叫ぶ。


「恐らく、ポセイドンがどこかに拉致したんだろう」


「そんな……」


言葉を失う千鶴の肩を、クイーンがそっと支える。

両手の震えが、その不安の強さを表していた。


「とにかく、手掛かりを探そう。この部屋の中に必ずあるはずだ」


私の言葉に頷くと、皆四方に分かれ、部屋の中を物色し始めた。


キッチン、浴室、トイレ、キャビネット、食器棚……


寝室に入った私は、ベッドの位置が少しズレているのが気になった。

その場に膝をつき、ベッド下を覗き込む。

そのまま片手を差し入れると、何かが手に触れた。

私は迷う事無く、それを引き出した。


それは小さな箱だった。

気付くと、全員が私の周りに集まっていた。


「……それは!?」


好奇心に目を輝かせながら、ドイルが尋ねる。


箱にはフタがあり、鍵らしきモノは無かった。

私は、思い切って開けてみた。

中を覗いた皆の表情が、驚きと困惑の色に染まる。

私は一呼吸置くと、静かに口を開いた。


「恐らくこれが、ポセイドンの隠し物……


その言葉に、一瞬室内が静まり返る。


「……でも、こんなモノが……どうして!?」


そう呟いたのは千鶴だった。


親友の失踪、姿無き犯人の影、そしてポセイドンの隠し物……


次々と襲い来る謎に、何一つ理解の追いつかぬ自分が歯がゆそうだった。


「とにかく恵を……早く、恵を見つけないと!」


もどかしげに叫ぶ千鶴に、全員が同意の表情を浮かべる。


「そうだな。手掛かりも手に入ったし、一刻も早く居場所を聞き出すとしよう」


「ポセイドンが誰か、分かったの!?」


私の言葉に、クイーンが目を丸くして叫ぶ。


「ああ。我々が気付けなかっただけで、奴は


その意味が理解できず、全員がキョトンとする。


「では、行こうか。ポセイドンと決着をつけに」


私は、ベッド下で見つけた箱を抱えて言った。

自信に満ちたその口調に、皆の顔から不安の色が消える。

クイーンは、ニッコリ微笑み──

ドイルは、親指を立てて見せ──

クリスは、目を細め頷いた。

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