ポセイドンの槍〜その3

その日のうちに、レイニーマウスは大学側が撤去した。

特に被害なども無いため、ただのイタズラとして処理するようだ。

勿論、噴水の中は調べようともしなかった。

イタズラごときに余計な労力を割くほど、暇では無いという事だろう。

野次馬も散会し、夕方にはいつもの森に戻っていた。



「……まずは、人物像を特定するとしよう」


研究室に戻り着座すると、私は早速切り出した。

クリスが、皆の前にコーヒーを置いてまわる。


「ありがとう」


クイーンがニッコリ笑って言うと、少女は恥ずかしそうに頷いた。


「それには、あの貼り紙をした者──書かれていた名前に従って、ポセイドンと呼ぶ事にする──の狙いを探らねばならない。一体奴は、何のためにあんな事をしたのか……」


「メモの内容を鵜呑みにするなら、あれが何かを見つけるためのヒントであるのは確かね。ただ、レイニーマウスのあの状態から見て、とても善意で書かれたとは思えないけど……」


私の課題提起に、クイーンが即座に答える。


「血のりの付いたはりつけの鼠……確かに暗示的ではあるな。貼り紙だけなら不特定多数が相手だが、あのぬいぐるみが対象者を特定している可能性もある」


そう言って、私はメンバーをぐるりと見回す。


「ポセイドンは、ある特定の人物に向けメッセージを送ろうと、あのメモ書きを『ポセイドンの槍』に掲示した。レイニーマウスは、その人物に『お前が対象者だ』と知らせるための、一種の目印なのかもしれない」


私は、淡々とした口調で解説した。

固唾を呑んで聞き入る皆の表情に、緊張が走る。


「レイニーマウスに関係のある人物……か」


顎に手を当て、ドイルが呟く。


「何となく、今流行りの【リアル謎解きゲーム】に似てるね」


「リアル……謎解き……?」


ドイルの漏らした言葉に、クリスが不思議そうに首を傾げる。


「あれ?クリちゃん、知らない?実際の家屋や街中を使って、ヒントをもとに制限時間内に謎を解き、お宝を見つけるゲームさ。画面上のゲームには無いスリルと緊張感が味わえるので、若者には人気だよ」


ドイルの説明を聞きながら、次第にクリスの目が輝き出す。

【お宝】と聞いて、興味が湧いたらしい。


「ある意味、それは正解と言えるな。ストレートに在処ありかを示さない点からして、その人物に対し『欲しければ、謎を解いて探せ』と挑発しているんだ」


私は、ドイルの顔を見ながら言った。


「でもあの文面を読む限り、探し物がにあるのは確かだよね。表現は遠回しだけど、どう考えてもそれしか無いよ」


そう言って、ドイルは肩をすくめた。

クイーンとクリスも、小さく頷き同意する。


「ああ……だがそれを立証するには、あの噴水を徹底的に調べてみる必要がある」


私の返答に、一瞬会話が途切れる。

大学側が調査不要と判断した場所を、改めて調べるにはそれなりの理由がいる。

だが今すぐには、適当な理由が思いつかなかった。


私はゆっくり立ち上がると、ホワイトボードに向かった。


「……ともあれ、現時点において推測し得るポセイドンの人物像は、だ」


ボードに何やら書き込みながら、私は説明を再開した。


「一つは、誰かに固有の感情──悪意や怨恨を持つ人物である可能性。これは、あのぬいぐるみの悲惨な状態からも判断できる。対象者に個人的な恨みを持つ者が、何らかの復讐を企てているとも考えられる」


私はボードに、「怨恨」「復讐」といったキーワードを記載していった。


「そして、もう一つは……これは、少し特殊なケースだが……」


そこで一旦言葉を切ると、私はまたボードに何かを書き記した。


「ポセイドンが、【シャーデンフロイデ症候群】である可能性だ」

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