ポセイドンの槍〜その2

「あら、詳しいのね。クリス」


感心したように微笑むクイーンに、クリスと呼ばれた少女──式縞しきしま真美まみは、ぎこちなく頷いた。

眼鏡の奥の瞳が、恥ずかしそうに細まる。


「……情報工学科の先輩から……その……聞いた事があります。この森の配電設備は……メンテナンスのため、毎日三十分だけ止まる……と」


「なるほど!じゃその間は噴水も止まるから、鼠君をぶら下げるのも簡単にね」


クリスの説明に、ドイルが笑いながら下手なジョークを飛ばす。

眉をしかめたクイーンが、何とかしてくれと言わんばかりに私の顔を見た。


あるいはな……」


「ちょっと、ポーってば……アナタさっきから、『あるいはな』しか言ってないわよ。何か、気になる事でもあるの?」


クイーンが私を見上げ、呆れた口調で言った。

ここでようやく、私は彼女に顔を向けた。


「いや……どうにも、


「え?それって、あの縛り方や血のりの事?」


ポツリと呟く私に、クイーンは眉をひそめて聞き返した。


「勿論、それもあるが……」


私は首を横に振ると、静かに後を続けた。


「君が言うように、あのメモ書きは恐らく誰かに向けてのメッセージだ。だが……」


そこでひと呼吸置き、私は槍のオブジェを指差した。


「それなら、?噴水が止まっているのは短時間だ。普通なら、手っ取り早く終えて、その場を離れたいはずだ。なのにわざわざ、ぬいぐるみに貼り付けた上で、それを十字架のようにくくり付けている……一体どうして、?」


私の説明に、皆なるほどと頷くが、問いに対する答えは出てこなかった。

しばしの沈黙が流れる。


「どっちにしろ、噴水の中を探せば、何か見つかるんじゃないかな。あの鼠君は、探せって意味なんだよ、きっとそうさ!」


やがて、ドイルが思いついたようにまくし立てた。


「ハイハイ。ダジャレはもういいから……それにしても、イタズラにしては手が込んでるわね」


興奮気味のドイルを手で制すと、クイーンは意味ありげに呟いた。


「どうやら、探していた研究テーマが見つかったんじゃない?ポー」


そう言って、クイーンは試すように私を見た。


「ああ……そうだな」


それを受けて、私も小さく頷く。

そのまま、クイーン、ドイル、クリスの顔を見回した。


「この一件、我が【異常心理学研究会】にて解明したいと思うが、どうだろう?」


私の言葉に、三名とも黙って頷いてみせた。



【異常心理学研究会】──


K大に籍を置く同好会の名称だ。

メンバーは、リーダーの私を筆頭に、クイーン、ドイル、クリスの四名。

勿論、皆のあだ名だ。

その活動理念は、人の異常行動の仕組・発生機構の解明を、異常心理学の観点から行う事である。


ただ目的が特殊なため、研究テーマ探しには毎回苦労していた。

異常行動をとる人間など、そうそう出くわす事は無いからだ。

このためその対象を、学内で起こる非現実的な事象にまで広げざるを得なかった。


無人の教室で女性の歌声がする──


光る人体が構内を駆け抜ける──


貯水槽の水が一瞬で氷結する──


学生たちの間で交わされる、不思議な噂や口承の数々。


いわゆる、都市伝説というやつだ。


幸か不幸か、K大にはこの手の話が散見していた。


アニメ好きなら、すぐさま幽霊や妖怪、或いは地球外生命体などと結び付けたがるだろう。


だが、そんなものは実在しない。


先の事例も、人外の所業などでは無く、全て合理的な説明のつくものばかりだ。

そこには必ず、何らかのが働いているのである。


驚かせたい・注目されたい・苦しめたい・傷付けたい・殺したい……


悦楽・偏執・憎悪・倒錯・殺人衝動……


そういった常軌を逸した意思──異常な心理が、これらの現象を意図的に起こす元になっているのだ。

そして、我々の研究対象である異常行動へとつながっていくのである。


テーマを探して校内を物色していたが、どうやら理想の案件に出くわしたようだ。

こんな事をするやからの思考回路は、まさに異常心理と呼ぶに相応しい。

その犯人を探し出し、彼(または彼女)のとった異常行動の根源を探るとしよう。


そして、これが──


我々と『ポセイドン』との、闘いの始まりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る