屍鬼街〈モルグ〉はまだ眠っている*S2

マサユキ・K

ポセイドンの槍〜その1

K大の中央広場には小さな森がある。


密集する樹木と花壇により、外部から見るとそんな風に見えるのだ。

中に入るとベンチとテーブルが点在し、ここが学生たちの憩いの場である事が分かる。


その森の中心に、はあった。


噴水である。


丸い壁面にほどこされた彫刻と中央のオブジェが、古代遺跡のような荘厳さを漂わせている。

そのオブジェは、巨大なやりの形をしていた。

「穂」と呼ばれる刃先は三つに分かれ、柄の部分には魚のうろこに似た模様が刻まれている。

水は、その槍の根元から放射状に噴き出していた。


水面にそそり立つその勇姿が評判を呼び、いつしか学生の間では『ポセイドンの槍』と呼ばれるようになった。


海神ポセイドン──


三叉の槍を持ち、海洋を自在に操ると言われるギリシャ神話屈指の高位神である。


このオブジェが、それを意図して作られたものかは分からない。

その由来を、いちいち調べる者などいないからだ。


何となくお洒落で、何となく神秘的──


気ままな休息を楽しむ学生らには、それで十分だった。


今、その『ポセイドンの槍』は、好奇の衆目にさらされていた。

噴水を取り巻く人の目は、ある一点に集中している。


三叉の穂にぶら下がった異物──


それは水玉模様の、だった。


愛くるしい表情で、静かに大衆を見下ろしている。


インスタ映えを狙ったやからが、撮影のためにぶら下げた……


普通なら、誰もがそう考えただろう。


だが、事はそれほど単純ではなかった。


見物人の目には、どれも猜疑と困惑の色が浮かんでいたからだ。


理由は三つあった。


一つは、槍にくくり付けられた様子だ。

両手両足が紐で縛られ、あたかも十字架に張り付けられた罪人のように見える。

ぬいぐるみの無垢さに反して、いかにも痛々しい姿だった。


もう一つは、頭部に付いた血のりだ。

耳から額にかけて、べっとりと赤く染まっている。

ただ、本物の血液で無い事は一目瞭然だった。

色合いからして、ペンキのような赤い塗料だろう。


そして最後は、その体に貼り付いた一枚のメモ書きである。

そこには、カタカナでこう書かれていた。


『ナンジノ ホッセシモノ ワガ カイチュウニアリ ポセイドン ヨリ』


手書きではなく、黒いインクで印字されている。

どういう意味かは分からないが、である事は理解できた。


「アレって、今流行りのレイニーマウスよ。水玉模様が可愛すぎるって、若い子に大評判の……」


立ち並ぶ群衆の肩越しに眺めながら、クイーンこと逢瀬おうせ姫華ひめかが呟いた。


「あのメモは、何かの所在を伝えてるのかしら……どう思う?ポー」


あるいはな……」


隣りに立つ私は、素っ気なく応える。


ポーというのは私──亜蘭あらんかおるだ。


名前を全て音読みすると亜蘭芳〈あらんほう〉となり、著名なミステリー作家に似ているからと勝手に付けられたのだ。

勿論、私自身はエドガー・アラン・ポーに興味は無い。


「えと……『なんじほっせしもの、我が海中に有り、ポセイドンより』……て、書いてあるんだよね?つまり、ポセイドンて奴が、の欲しいモノを噴水の中に隠したって事かな?」


私の脇に立つドイルが、誰にともなく問いかける。

彼の本名は、亘辺わたりべ計多郎けいたろうという。


あるいはな……」


私は振り向きもせず、また短く応えた。


「それにしても、一体誰があんな所にぶら下げたんだろ?」


「さあね。誰にしろ、噴水の水でビショ濡れになったかもしれないわね」


不思議そうに呟くドイルに、クイーンが肩をすくめて応える。


「あの……午前ニ時からニ時半までなら……水は……その……止まっていると……思います……」


突然の辿々たどたどしい横槍よこやりに、私とクイーン、ドイルの視線が集まる。

皆の影に隠れるように立っていた少女が、慌てて顔を伏せた。

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