『タピオカ入りドリンクのタピオカ抜き(物理)』
『雪』
『タピオカ入りドリンクのタピオカ抜き(物理)』
僕の彼女にはある癖がある。勿論、癖なんてものは誰にでもあるし「無くて七癖」という言葉もあるくらいだ。先人の残した言葉を意味通りに捉えるなら、癖というものは無い方が珍しいのだろう。
かく言う僕にも癖はある。最もこれについては、彼女に指摘されるまで僕自身はおろか、親しい友人や家族ですら知り得なかったものだが。
……話は若干逸れてしまったが、つまるところ何が言いたいのかと言うと、僕の彼女が持つ癖というもの自体は寧ろ、驚くほど正常である、という事だ。例えそれが、成人した「大人」に見合わぬ幼さを孕んだものであったとしても。
かぷり、と僕の皮膚に少女の真っ白な歯が突き立てられる。噛み千切る、というよりも皮膚の感触を楽しむような柔らかな力加減。そのくせ、噛み付く間隔だけは以上なほど長く、名残惜しそうに唇を離す頃には、ぴりぴりとした極々僅かな痛みが後を引く。「痛い」と表現するにはどうしても力不足で、かと言って「痒い」と表現するには度を越していた。時折掛かる吐息が妙にくすぐったくて身を捩るが、それすら楽しんでいるかのように、止め処なくその行為を続ける。
鏡越しの僕に刻まれるシルシ。鎖骨の端から首筋まで、大口を開けて付けたと分かる痕から虫刺され位の小さな痕まで。くっきりと残った濃い痕から、今日中には消えてしまいそうな薄っすらとした痕まで。様々な痕が僕に刻み込まれる。付き合い始めた頃は随分と変わった趣味の子と付き合い出したものだ、と思っていたが、彼女が言うには「自覚があるだけ誰かよりマシ」らしい。だが、幾ら世の中広しと言えど、毎日毎日飽きもせずに自分の彼氏に噛み痕を付ける様を鏡越しに見せつけて子供のように喜ぶのは彼女くらいなものだろう、と喉まで出掛かった言葉を飲み込む。一方、彼女は自らが付けた証をほっそりとした長い指でなぞり、サディスティックな笑みを浮かべては満足気に溜め息を溢している。潤んだ瞳とほんのりと朱に色付いた頬が色っぽい。もう少し別のシチュエーションなら色々とクるものがあるのだろうが、残念ながら僕はマゾヒストでも無ければ、慣れ親しんだこの状態から興奮出来るほど特異な人間でも無かった。
彼女に膝から降りてもらい、フローリングの床に散らばった服を着直す。襟付きのシャツでも首筋の痕がギリギリ見えるか見えないか、という微妙なライン。鏡の前で試行錯誤している僕をただ見つめていた彼女は立ち上がると、情け容赦無く襟より更に上に噛み付いて来た。立ち上がった時の満面の笑みで何となく察しは付いたとは言え、流石にこればかりは慣れるものでは無い。ビクリ、と反射で反応する身体を押さえつけ、されるがままになる。抵抗が弱まったと分かり、噛み付く力が徐々に強くなってゆくかと思えば、急に力を抜いたり、また入れ直したり。どうやら僕の反応を楽しんでいたらしい。彼女が僕の首筋から可愛らしい口を離す頃には、どうやっても隠しようの無い大きな噛み痕が残っていた。
え、これで今から学校に行くの? ……マジで?
□□□
付き合い始めの方は何か明確な理由が在ったのだと思う。彼が美味しそうだったから、とか。彼の嫌がる顔が見たかった、とか。彼に甘えてみたかった、とかね。
けれど、噛んで噛んで噛んで噛んで噛んで——気が付いたら理由を見失っていた。今は何も考えてないし、考えたくもない。ただ噛みたいから噛んで、それで痕が付いちゃっておーしまい。ねぇ、それって何がいけないの?
誰にだって癖はある。なのにどうして私の癖は縛られなきゃいけないの? お母さんも、お父さんも、友達にも、先生にだって、変な癖がいっぱいあったのに!
……でももう良いの。今は彼が居るから。噛んでも噛んでも噛んでも噛んでも噛んでも——怒ったりはしない、泣いたりしない、指をさして笑ったりしないから。
彼に出会って初めて、私は私でいる事を許されたんだ。ピタリ、と当て嵌まったパズルのピース。私だけの居場所、私だけの彼。他の誰にも渡さないし、離さない。だから今日も噛んで噛んで噛んで噛んで噛んで——私のモノだって、見せ付けてやるの。
『タピオカ入りドリンクのタピオカ抜き(物理)』 『雪』 @snow_03
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