第4話

 うす暗い部屋の中。燭台の灯りがとどかないギリギリで何かをしている怪しい人影がひとつ。


「フッフフフ、フフフフフッ!」


 喜色を滲ませて笑う掠れた声が部屋の中に響く。男と思われるその声の主は真っ黒なマントを着てフードを目深く被っている。普通の人ならば薄暗い部屋の中でしかも目深く被ったフードが邪魔で視界が見にくいはずだが、その人物は床に座りこみ器用に何かの作業をしている。


「クッククク! ハーッハッハ! できる、できるぞ!」


 うす暗い部屋の中で笑う人。はっきり言って怖すぎる。


「フフフッ! さすが俺。こんなものを作り上げてしまうとは。いや〜まいった。天才かな? 俺!」


 笑いながら自画自賛をしている。自分大好き野郎か?


「正直言ってこれほどの物が作れるとは思わなかったな。グスっ、素材選びに苦労した甲斐があった。妥協しないでこだわってよかったな! フフフッ!」


 笑っていたと思ったら泣き出した。そしてまた笑い出す。感情が忙しいな、情緒不安定かな?


「手触りは完璧だ。よし、灯りのある所で最後の確認をしなければ……。感覚だけで作っていたからな、実際がどうなっているのかが全く分からん。暗いし見にくいし」


 見えていなかったのか! 暗い中であんなに器用に作業をしていたのに見えていなかったのか! 見にくかったのか! 灯のとどく場所で作業をしろよ。


「フンフンフーンッ! さてと、さっそく見てみようじゃないか?」


 立ち上がり、いまだに掠れている声で鼻歌を歌いながら上機嫌で燭台に向かう。大丈夫か? 何だかふらついているように見えるが……。


「さてさて。最高傑作と思われる作品の出来映えはどうかな?」


 テーブルの上に置いてある燭台のそばに立ち、先程まで作っていただろう物を取りだして灯をあてる。それは何だか見覚えのある仲間の姿をしていた。知っている姿よりは随分と可愛らしく作られているみたいだが。


「うん、良い出来だ。手触りも最高だし見た目も可愛い。他に不備とかもなさそうだし、ぬいぐるみ完成かな?」


 うんうんと頷きながらも手は高速で動き、そのぬいぐるみを撫で続けている。そんなに手触りがいいのか? それにしても……。あんなに怪しい作業がただのぬいぐるみ作りとは変なヤツだな。もしかして新入りか?


 侵入者が入り込み、何か悪さをしているのではないかと思ったが、どうやら杞憂みたいだな。正体は今だに目深く被ったマントが邪魔で分からないが、仲間の姿をした物を嬉しそうに作るんだ。しかも、手作りで。敵ではなさそうだし報告はしないでいいだろう。


 ――思わず時間を食ってしまったな。そう思い部屋に戻ろうとした時……。


「う〜ん、やっぱり燭台の灯りひとつでは色味とかが見にくいな? 増やすか!」


 そいつはそう言って燭台が置いてあったテーブルにさらに燭台を追加する。まあ、明るさは増したみたいだな。だが色味は燭台を増やしたところで変わらないと思うが。


「燭台を増やしたのに色味が変わらない……」


 ほらな。思った通りだ!


「ハァ、仕方がない。今度は明るい場所で確認をしよう。手触りは文句なしだし、燭台で照らした感じでは良い感じだったし。大丈夫だろう」


 あ〜っ、疲れた〜っと言いながら集めた燭台を片している。さっきよりも更にふらついていないか? 燭台は火だからな気を付けないと。


「この燭台はここ、これはこっち」


 順調に片していく。心配しすぎたか? 片付ける燭台は残りひとつになった。


「最後は、おああぁっ?!」


 まずい! 派手にすっ転んだ。よく見るとマントの丈が長すぎだろうが! それに躓いたのか!


「うわっ! あっつ!」


 燭台を持って転んだから火がそいつや床に燃え移る。早くどうにかしなければ! そう思い行動しようとした瞬間……。


「”鎮火“」


 その言葉ひとつですぐに火は消え去った。あれ? 何だか聞き覚えのある声だな?


「ふう。セーフセーフ! 危うく火だるまになるところだったな! 流石に丈が長すぎたみたいだ」


 そう言いながらマントのフードを外す男。その正体は……?


 パサッ。


 ……………………。


「……。主かよっ!?」


「うわあっ?! ディトか! こんな真夜中に何をしているんだ!?」


「それはこっちのセリフだ主! 怪しすぎて不審者かと思ったじゃないか! 声も掠れていて誰だか分からなかったし、フードを被っているから顔も見えなかったんだぞ!」


「不審者?! 声は水分を取らずにずっと作業をしていたら自然に……。マントはほら、あれだ! 見た目から入り込む的な?」


「全く。ちゃんと水分はとりなよね? 倒れるよ?」


「面目ない」


 まさか不審者らしき怪しい男の正体が主だったとは。心外なっ! というように見てくるが、薄暗い部屋で不気味な笑い方をしながら何かをしていたら怪しさ満点だろ? 後、水分はしっかりとれよ。


「で? コソコソと水分もとらずに何をしていたのかな? 主は」


「俺はただ、最高品質のぬいぐるみを作っていただけだ! あの虎の魔獣の毛の手触りを再現するのは、本当に大変だったんだぞ!」


「まあ、確かにあいつの毛並みは触るのが止まらなくなるね」


「ああそうだ。いつまでも四六時中俺のそばに置いておくわけにはいかないからな。でも、あの触り心地が離れなくてな?」


「それでぬいぐるみ作りを? よくやるね」


 真夜中にコソコソと作業をしなくても良かったんじゃないかと思うが黙っておこう。


「主、完成したぬいぐるみ俺にも見せて!」


 せっかくだから完成したのを近くで見たい。遠目から見てもいい出来だった気がする。


「もちろん良いぞ! これが……っ?!」


「主? どうしたの? ――っ!」


 ぬいぐるみを持って硬直する主。何事かと思い覗いてみると……。


「焼け焦げているね……」


 さっき転んだ時に火で焼けたのだろう。すぐに主が鎮火をしたが、間に合わなかったのだろう。


「が、がんばったのに。ねるまもおしんでつくったのに! グスッ」


 あっ! よく見たら凄いクマだね!? 睡眠不足のふらつきか!


「あ、主? また新しく作り直そう? もしかしたら今日以上のぬいぐるみができちゃうかも!?」


 メソメソ泣いている主を慰める。そんなにショックだったのか。


「ほら、主。良い子は寝る時間だよ! いっぱい寝て良いものをたくさん作ろう!」


 時刻は真夜中を指している。子供じゃなくても寝る時間だろう。


「ズズッ! ディト。お前は寝ないのか? 俺より何倍も小さいんだから夜更かしするなよ」


「確かに、俺は主の顔と同じくらいの身長だけれどさ? 立派なブラッディ・フェアリーなんだよ? ブラッディ・フェアリーは夜行性だよ」


「そういえば、そうだったな」


「もう! しっかりしてよ!」




 心配だから主を部屋まで送ってあげよう。普段はしっかりした感じなのに、たまにポンコツになるんだから!

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