第2話 秘め事

 私は生まれてこない方が良かったらしい。

親から何度も何度も言われてきた。

そう言われながら何度も殴られた。


 テストで一番じゃなかった時も殴られたし、部活で遅くなった日も殴られたし、中途半端に可愛いその面がムカつくと殴られた、笑ったら殴られた、泣いたら殴られた、怒ったら殴られた、気に食わないことがあれば殴られた。


 いつの間にか私の中の感情は死んだ。


 そうして、ある日を境に体からあざが消えることは無くなった。


 私は誰かに必要とされたかった。

ただ、そばにいてほしい。なんでもいい。利用されるだけでも、使われるだけでも...嘘でも...そう言ってほしかった。


 そんなある日、お母さんの彼氏を名乗る人に犯されそうになった。


「可愛いね!葵ちゃん!俺としよ!ね!」と、薬物中毒のその男は胸を無理やり揉まれ、舐められた。

無言で抵抗しまくってどうにか、逃げ出したがそれから何度も襲われそうになった。


 そのことでまた母に殴られた。

私の男を誑かすお前は悪魔の子だといわれた。

そうして、腕に煙草を当てられる。

声を出したら打たれるから、唇をかみしめて何とか耐える。


「お前顔はいいもんな」と言われ、クラスメイトに無理矢理されそうになったこともあった。


 自分なんか生まれてこなきゃ良かった。

そう思っていた。

親も、先生も、警察も、児童相談所の人も、誰も私を助けてくれなかった。


 助けてくれなかった理由はわかっている。

それは私が必要ないからだ。

この世に私を必要としてくれる人はいない。

私も私が必要ではないと思っていた。


 だから私はロープを買って、ここら辺で有名な自殺の名所に向かった。


 けど、ある人が私を助けてくれた。

必要だと言ってくれた。

そんなことを言われたのは初めてだった。


 うれしかった...人生一番...うれしくて...多分...初めて恋をしたのだった。

最後にいい夢が見られた...。



 ◇


 いいにおいがして目を覚ます。


「起きたか?ほい、みそ汁」


「...ありがとうございます」


 昨日、言ってくれたことは...夢だったんだよね?多分...。

だって私と結婚してくれるなんて...そんな人居るわけがない。


「...とりあえず、色々揃えないといけないし、少し元気になったら買い物に行くか」


「揃える?」


「うん。まずは...なんだ?とりあえず家具とか...そういうのは後回しで...服とか...その...し、下着とか...。部屋着とかはそういうのは買えたけど...そういうのはサイズとか好みが分からなくて買えなかったから」


「...何でですか?」


「なんでって...そりゃここで暮らすんだから必要だろ?」


「...昨日のは...冗談じゃないんですか?」


「俺はそんな質の悪い冗談を言ったりしないから。そもそも、結婚してくださいってきたのは君の...そうだ...、君の名前まだ知らないんだけど」


「...北村きたむら あおいです」


「葵ちゃんか、いい名前だな」と、お兄さんは優しく笑う。


 私に向かってそんな風に笑いかけてくれる人はいなかった。

私に...こんな優しくしてくれる人なんていなかった...。


 思わず涙があふれだしてしまう。


「ちょ、だ、大丈夫?てぃ、ティッシュ...ティッシュ」


「...お兄さんは...なんていうお名前...なんですか?」


「あ、俺?俺は髙橋悠人だ。これからよろしくね?葵ちゃん」


「...悠人さんですね。よろしくお願いします」と、彼女はようやく少しぎこちなく微笑むのだった。



 ◇6月16日(日) PM1:30


 介抱の甲斐があり葵ちゃんは元気になり、二人で買い物に出かけるのだが...。

ものすごく密着してくる葵ちゃん。

肘に...当たってるのだが。


 しかし、葵ちゃんも無理をしているのか顔を赤くしながら頑張っているようだった。


 そもそも制服の女の子を連れ回してるおっさんとか...。

周りから見たら絶対パパ活とか思われてそう...。

というか、この子の親が捜索願とか出してたら俺逮捕されるんじゃないか?


 そもそも俺この子のことまだ全然知らないわけだが。


「...体調は大丈夫?」


「はい。...今日は何を買うんですか?」


「えっと...ベッドとかそこらへんかな?」


「...ベッド...ですか」


「いや、他人事みたいにいうけど買うのは葵ちゃんのベッドだよ」


「いや、私は...いいですよ...」


「ダメだ。...よ、嫁を...いつまでもあんなぺったんこな布団で寝かせるわけにはいかないからな」


「よ、嫁...//」と顔を赤くする葵ちゃん。


「だから、今日は葵ちゃんのベッドを買うの。いいね?」


「...じゃあ...二人で...寝れる...ベッドとか...」


「え?2人?」


「じょ、冗談です...冗談...」


「いきなり一緒に寝るのはちょっと...」


「...そうですよね」と、かなり残念そうな葵ちゃん。


 こんなかわいい女の子と同じベッドに寝て理性を保てるほど俺の経験値は多くないのだ。


「...こういうベッドはどう?」と、可愛らしいベッドを勧めるが「...私は...なんでもいいです...」と、一切意見を言おうとしない。


 すると、店員さんがやってきて、「もしかして新婚さんですか?でしたら、こちらのベッドなんてどうですか?」とこっちの二人で寝れるようなベッドをお勧めされる。


「いやぁ...その...」


「ではこちらのベッドはいかがですか?さっきのベッドより広いですし、一緒に寝るにはちょうどいいサイズですよ!」


「...」と、無言で服の裾を握り俺の顔を見上げる。


「...えっと...じゃあ...このベッドで」


「はい!お買い上げありがとうございます!」


 結局、店員さんと葵ちゃんの無言の圧に負けて二人が寝られるようなベッドを買うのだった。


 しかし、しばらくは別々で寝るということで心に決めるのだった。


 そうして、ほかにもいくつかの家具を買い終えてお店を後にする。


「...次は...携帯だね。持ってないよね?」


「ないです...けど...そんな...い、いらないですよ...私は...」


「いやいや、連絡取れないと俺が困るから」


「でも...」


「ほら、行くよ」


 携帯についてもなんでもいいとしか言わないので、とりあえず最新のiPhoneにしたのだが、「も、もったいないです...私にそんな...」と遠慮し続ける。


 そうして、駅に行って服を買い...いよいよ...次は。


 下着ショップに来ていた。


「じゃ、お、俺はここで待ってるから。20,000円あれば足りるかな?」


「...いや...こういうちゃんとしたお店じゃなくて...その...もっと安いお店...で...」


「いいからいいから」


「...でも...」


「はい。行ってきて!」と、無理やり彼女を送り出そうとすると...「あの...で、できれば...その...悠人さんにも...見てほしいんですけど...//」と言われる。


「え!?//」


「こ、好みとか...そういうの...あると思うの...で...」


「いやぁ...でも...」


「...やっぱ...大丈夫です。か、買ってきますね...」


「わ、分かった...!入る...俺も...」


「...」と、コクンと首を縦に振る。


 うあぁ...場違い感すげーな...と、なんとなく適当な場所に立ってそわそわしていると、「...そ、そういう派手なのがいいんですか...?//」と言われる。


「え?」


 そこは...Tバックコーナーだった。


「...いや!ち、違うから!これは...その!」


「...わ、私には...まだ早いので...もう少し...大人になったら...挑戦します//」


「いや!違うから!」


 葵ちゃんの中ではTバック好きな男ということをインプットされてしまうのだった。


 そのまま、一通り買い物を終えた帰り道。


「...こんな風に...で、デート...みたいなことをしたのも...初めてで...欲しいものを買って貰えるのも...初めてで...その...すごく...うれしいです...//」と、不器用に笑う。


「これからはそういう日々が待ってるからな」と、頭を撫でる。


「すごく...幸せです...あの...帰ったら悠人さんのこと...色々教えてください。私のことも...全部教えるので」


「...おう」

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