第4話

 (右手は下がってる。ってことは多分神経までイッてる、手の形が変だし。脳震盪来てるはずだから、このままもっと脳を揺さぶって倒すのが安牌? 失血死は――ダメだ、思ってるより血が出てないし時間無い! だったらもう脳一択か?クソッ、”虎口”が使えれば……この足じゃ無理ッ!)


 思考は一瞬。龍名は今できる最適解を導き出すと、それを身体で再現しようとする。


 それ即ち。


 「オッサン、やるじゃん!!」


 脂汗を滲ませながら、どうにか作り笑いをした。軽薄な、自信に満ちた表情。髪をなびかせ、やけにゆっくりとした世界の中、飛んだ彼は、未だに腰を屈ませている鉄生の顔面へ両手を伸ばすと、


 「じゃあな!!」


 鉄生の顔面を両手で挟み込む。そして、振り子の要領で両膝を海老反りになるほど引き伸ばし、筋肉を爆発させるように収縮させ、彼の顔面へ叩き込んだ――


 「は?」


 ――ように思えた、が。


 「……あ~あ」


 鉄生は、右腕を”縦に挟み込んで”衝撃を逃がし、龍名の渾身の膝蹴りを防いだ。当然、直撃を受けた右指、右手が前腕と共に滅茶苦茶な状態で”肉のサンドイッチ”と化しており、それが緩衝材の役割を果たした事で、鉄生は未だ僅かに揺れる脳で彼の蹴りを耐え切ることが出来たのであった。


 「オッサンさぁ……」


 龍名が話し終わるより早く、鉄生はグチャグチャになった右腕を龍名の喉元に押し付け、そしてそのまま彼を床へと叩き付ける。


 「――グカッ!」


 どうにか両腕で後頭部を守った龍名だったが、鉄生が中腰のまま腕と脚の力で喉を押さえつけると、見る見るうちに顔が紅潮していく。


 (あっやばっ)


 脳への酸素が遮断され、思考が段階的に痺れていく状況下で、龍名は両足を使って鉄生を押し返そうとするが――


 「ぁ――」


 ――


 ――――


 ――――――


 ――――――――


 ――――――――――


 ――――――――――――暗闇へと落ちた。


 口の端から泡を吐き出し、歯を食いしばったままの龍名を見下ろし、ゆっくりと立ち上がる鉄生。だらん、と垂れ下がった龍名の身体が床へと落ちる音が、静まり返った場内にやけに響いた。


 数秒間の静寂。聞こえるのは鉄生の身体から発する水滴の音と、彼の荒い息遣い。彼は、どうしていいか分からず、無事だった左手を上げてこう言った。


 「勝ちました……か?」


 じっとどこか虚空を見つめる彼。その視線はカメラの先の、運営に向けられていた。


 運営の彼らは、自分の血で顔を汚す鉄生の姿に慄きながら、レフェリー係の者へ、焦ったように指示を出した。


 「いっ! 今の試合ぃ!! 勝者ぁぁぁぁぁぁ!! 鬼怒組ッ! 葦蘆鉄生ォォォォォォォォォォォォ!!!」


 割れんばかりの歓声の中、ホッと溜息を吐いた彼は、床で失神している龍名にそっと声を掛けた。


 「……元気になったら、是非ウチへおいで。今の君に足りない料理を、作ってあげるよ」


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