第13話 再会

 彩と健司はモデル事務所の応接室にいた。健司の古い先輩に会う為。

程なくして応接室のドアが開き、長さんこと下田長介が入ってきた。健司は思わず立ち上がり「長さん、お久しぶりです。」と言い、二人は抱き合った。

再度、座る事を促され、ソファーに腰を落ち着け開口一番、長さんが言った。

「あれから何年ぶりだ?まさか、君にこんなに立派な娘さんが居るなんて」と笑った。

「あれから、10年ですかね。」

「そうか、あっという間に過ぎたな、俺ももう引退だな」と苦笑いして出されたコーヒーを口に運びながら、長さんは再び笑った。

 山岳事故の後で、大里の葬儀を済ませた後に健司と長さんは二人で飲んでいた。

「自分を責めるな。あれは本当に事故なんだ」

「しかし、あの時僕が大里のヘルメットを借りていなければ」そう言い、健司は涙ぐんだ。「大丈夫だ。奴も納得している。お前が無事だった事を喜んでいると思うぞ」そう言って長さんは、健司を気遣った。しかし、それから健司はカメラマンを諦めた。本当に、怖くてシャッターが切れなくなっていた。長さんに憧れ、ゆくゆくは自分もカメラマンとして活動することが夢だった健司にとって、辛い決断だった。

 積もる話もあったが、話題は彩の話になった。

「さすが、蛙の子は蛙だな」と長さんに言われ、健司は照れて「そんな事無いですよ」と言うものの満更でもなく、微笑んでいた。

 その時、彩が聞いた「どうして私の写真を見て、カメラを確認したんですか?」

すると、長さんが答える。「このカメラには、山岳事故の時の小さな傷がある。素人にはわからないくらいの小さな傷で、写真の端にちょっとした歪みが出て、不自然にピントのズレる傾向が出るんだ。だからカメラ本体を見て、直ぐに健司のカメラだと気づいた。」そんな話をききながら、健司が小さく頷く。

 長さんが「お嬢さん留学するって聞いてるけど?」と彩を見ながら言う。

「はい、今年の秋から1年間の予定です。」と言うと「どうだろう、うちの事務所に席を置かないか?君ならモデルとしても、カメラマンとしても通用するから、活動は先でいい。在籍だけ。」と言った。それを聞いていた健司「がありがたいお話ですが、この子も未知数なので」と言う言葉を遮るように「大丈夫だ、俺が悪い様にはせんから、こんな才能を他に取られたくはない。とはいえ、拘束する様な契約にはしないからどうだ?」と引き下がった。

 そんな会話を聞きながら、彩は麻美の事が気になていた。

「あのぅ、小林麻美ちゃんは如何なんでしょうか?」と思わず口をついた。

それを、少し離れた所で聞いていた事務所の社長が「大丈夫、先日ご両親ともお会いして来て、先ずは学業に差し支えない程度に、いろいろ勉強をしながら徐々に活動すると言う条件で、採用が決まったよ。」と言ってくれた。

それを聞いた彩はほっと胸を撫で下ろした。そんな、話の流れで彩もこの事務所に所属する運びとなった。これから留学をして、写真の勉強をしながら自分の行く道を探していくと言う事に、長さんも事務所の所長も納得をしてくれた。


 夏休みを前にしたある日、彩と麻美は健司たちのマンションにいた。もちろん健司と玲子も同席しながら、四人でケーキを食べて、紅茶を飲んでいた。

麻美が「彩ちゃん、いいなぁ。こんな素敵な大人に囲まれて、しかも、モデル事務所にもお父さんのよく知った人がいて、心強いでしょう?」と言った。

彩も「うん、嬉しいけど、なんだか自分の力じゃ無い事が歯痒くて。」と言った。  それを聞いていた玲子が「いいのよ、それも含めて彩ちゃんの力。決して他力じゃ無いのよ。あなたが素敵だから、周りの大人たちが力を貸してくれるの。私もそうだけど、彩ちゃんも麻美ちゃんもとっても素敵だから応援するの。」と言った。

そう言われて、麻美も彩も照れていた。二人で顔を見合わせて、笑い合った。

 この夏休みが終わる頃、彩は日本を離れる事になる。しばらく会えなくなる二人は、健司たちのマンションに泊まって、一晩中語り合った。いつかお互い、活躍する様になった時、一緒に仕事がしたいと約束をした。



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