第12話 悪夢の思い出

 「そうか、長さんに会ったのか。」珍しく健司が険しい顔をした。

かなり深い訳があった事はその表情で、彩にも伝わった。その空気に押されて過去に何があったのか、聞くことが出来なかった。

 健司と長さんこと下田長介とは、健司が大学を卒業して最初に就職した会社で一緒だった。その会社は、小さな広告代理店でパンフレットやチラシの印刷なんかも手掛けていた。その時のカメラマンをしていた先輩で、カメラに嵌っていた健司が、長さんとの距離を縮めるのにさほで時間を必要としなかった。その頃、営業の大里と長さん、健司の三人はよくつるんでいた。その日、健司の希望で山の写真を撮りに行く事になっていた。前日からワンボックスに乗り合わせて、現地に向かった。学生の時、山岳部だった大里と長さんはしっかりした山の装備を持参していたが、経験が浅かった健司は軽装で来た。そんな時、大里が健司に自分の登山用のヘルメットを貸した。「山は、小さな落石があっても、大怪我をすることがある。」と言い健司にヘルメットを差し出し、自分は山に慣れて居るから大丈夫と笑っていた。

 夜が明ける前に駐車場を出発して、山頂を目指した。登山道を歩いて居ると、所々落石があった跡が確認された。登り始めてから2時間を少し過ぎた頃休憩をして居ると、その脇を、割と軽装な登山客が起い越して行った。

「この山は、比較的なだらかなので軽装でも登ることができるが、慣れていない人は落石に対して危機感が薄いんだよなぁ。」と大里が呟いた。

 山に慣れていない健司は、二人から少し遅れていた。長さんは「無理をしないでゆっくり来い。」と笑いながら言い「山頂で会おう。待ってる。」と言って先行していった。事はその少し後に起きた。大汗をかきながら、二人を追う健司は足元から不気味な音がする事に気付いた。その音の間隔はだんだん短く、大きくなっていった。

 頑張って歩いて、遠くに二人の姿を確認できた瞬間、山が爆発した。頂上付近から噴煙が上がり、遅れて爆発音が届いてきた。その轟音は、あたりの木々を大きく振るわせた。噴煙は、みるみる大きくなり山頂付近を覆った。続き、雨が降る如くに噴石が降り注ぎ、、辺りはまるで夜の様に暗くなった。

 健司はその場にうずくまり動けなくなっていた。身体中が恐怖に震え、動くことが出来ない。当たりが鎮まり、噴煙が過ぎるまでかなりの時間を要した。数時間して漸く、辺りに明るさが戻った頃、山頂を見た。更に健司を恐怖が襲おう。さっきまでと全く異なる景色に、言葉を飲み込んだ。「長さん、大里。」と呟き、二人の安否を確認するべく、歩き出した。

 山道は、噴石や火山灰が積もり、滑りやすく歩くことが困難になっていたが、夢中で歩いた。山小屋があった辺りは、ほぼ噴石で埋まっていた。その周辺には、大きな岩が転がっており、まるで地獄絵だった。あちこちに負傷した人が身を寄せていたが、その横を二人を見つける為、必死に歩いた。倒れて居る人に寄り添って居る人、岩にもたれて一人で座り込んでいる人。たくさんの人が、負傷している。その中に、長さんと大里の姿を見つけた。倒れ込んだ大里の脇に長さんが寄り添っている。健司が近づき声をかける「長さん。」と言い倒れて居る大里を見ると、頭から血を流していた。「大里」と健司もそこに座り込み大里に手を触れると、まだ体は暖かったが、返事はなかった。流れてくる血を、長さんが持っていたタオルで押さえていた。健司は溢れて来る涙に顔をくしゃくしゃにしながら、大里をゆすっていた。

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