第14話 夢に向かって

 羽田空港の出発ロビーに彩はいた。健司と玲子、和子に加えて麻美の姿もあった。

皆少し緊張気味の表情で、特に母親の和子は神妙な面持ちだ。子供が成長して行くことは親にとって、この上ない喜びではある。しかし、一気に成長して行く若い力に追いついて行けない親は、時として戸惑いを隠せない。それは、健司も同じ様な感覚で、彩が生まれた時の事から反芻していた。比較的冷静の筈の玲子も、少し潤んだ瞳で彩を見つめて居る。やっぱり麻美と彩は、前向きでテンションが高い。特に彩の心は既に機上にある様だった。

「彩ちゃん、元気でね。メールも良いけど、絵葉書頂戴。」と言うと彩が「うん、出かけた時やおしゃれな絵葉書見つけたら、送るね」と言って笑顔で話している。

 渡航に必要なパスポートや修学ビザ、入学のための必要書類などは、彩の担任の毛塚先生が準備をしてくれた。流石、留学経験者と言うだけあって準備は万全だった。玲子もニューヨークに住む早苗に連絡をとり、空港まで出迎えてもらえる手筈になっている。心配は、無い。

 ロビーに登場案内のアナウンスが流れ、彩は健司と和子に「パパ、ママありがとう。行って来ます。」と言ってハグをした。「玲子さんも、ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。」と言い頭を下げた。麻美には、握手をしながら「またね。必ず連絡するから」と言い、手荷物を持って搭乗口に歩いて行った。

 羽田〜JFケネディー空港までのフライト時間は13時間前後、初めての海外、初めての飛行機旅。しかし、彩は不安よりも未知の世界に向かうドキドキで興奮していた。国内の航空会社で出発なので、キャビンアテンダントも日本人スタッフが多く、安心感も十分感じられる。乗客の搭乗も済み、入り口のハッチが閉められる。非常設備の説明が始まる頃、飛行機はゆっくりと動き出した。最初にトーイングカーに押されて後進し、一定のところまで下がると自力で滑走路に向かって動き出す。その時、タービンの回転数が上がりエンジン音が大きくなる。ランウェイに向かって移動している時、これから離陸をすると言う興奮が最高潮に達する。そして、離陸の時の加速感は何度経験しても、ドキドキする。しかし、初めて飛行機に乗る彩には未体験ゾーンの世界だ。急にシートに押し付けられる加速を感じた後、ランディングギアが地面を蹴る様にして離れる。一気にノーズを上げ、さらに加速する。

あっという間に、彩は機上の人になった。

 暫くして規定の高度まで上昇をすると、水平飛行になりシートベルトのサインが消えた。そして、機内にドリンクのサービスが運ばれてきた。小さなクッキーが一つと飲み物には、アイスティーを貰った。備え付けのイヤホンで、座席の前にあるモニターの映画を見始めた。その映画は、古い白黒映画で字幕のスーパーも手描き文字の様な小さな字で、読むのにも苦労する位だったが、英語力をつけた彩はそのままの音声で楽しんだ。

 その映画が終わる頃には食事が運ばれてくる。機内にカレーのいい匂いが漂ってくる。そう、バターチキンカレーだ。なんと、コラボの食事で馴染み深い企業同士のそのカレーは店頭でも手に入れられる商品だが、改めて飛行機の中で出されると、妙に嬉しい。一頻りして満腹中枢が満たされると、眠気が襲ってくる。

緊張も和らいで、尚更、眠気にはに勝てない。あっさりと彩は眠りに落ちた。

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