第6話 未来への入り口

 いよいよ彩にとっての高校生活が始まった。入学式を終え、オリエンテーションを済ませた。帰りの校門までの間に、部活やクラブ、同好会などの勧誘も凄かた。

彩はまだ決めかねていたので、帰宅部になった。

 授業も始まったとはいえ、まだまだ先生の顔と名前も一致しているのか怪しかったし、同じクラスの子も、当然、全員を把握しきれていなかった。その中で、席が隣同士になった娘が仲良くなれそうだった。

 小林麻美ちゃん、聞けば彼女は親元を離れ寮生活を始めている娘だった。実家からの距離が遠く、通学が無理なので受験を諦めようと思っていたけれど、2歳年上の兄が両親を説得してくれて、寮生生活をする条件で受験が許された。

「だから私、絶対合格したいと思って、必死だった。うちの両親仲悪くて、いつも口喧嘩が絶えないから早く家を出たかったの」と苦笑いをしていた。

「両親が離婚したらどうしようとは思うんだけど…」と顔を曇らせた。

「大丈夫、何とかなるよ。ウチなんか私が中学2年の時に離婚したけど、仲良くやってるよ。」

「??なんで?離婚したのに?」麻美には理解ができなかった。

「うん、話すと長くなるから、詳しい話は今度ゆっくり話すけど、私も両親が離婚と言い出した時には、人生終わったって思ったわ。でも、何とかなったの。だから今は不安もあるだろうけど、大丈夫。」と言う彩を見て、麻美は驚きの表情をした。

「それより麻美ちゃん、今度の休みに一緒に遊びに行かない?」

「良いけど、どこに?」

「そうだな、デパートかで服とか見て、ランチしてなんて、如何かな?」

「うん、いいよ。じゃ時間と待ち合わせ場所は後からLINEして。」

「OK、LINEする」こんな会話が終わると同時くらいに、次の授業の鐘が鳴った。


 麻美は上京したてで、都内の電車の乗り換えとかが分からないから、彩が寮まで迎えに来ることになった。行き先は、麻美の希望で渋谷界隈。折角東京に来たから、先ずは有名スポットからと言う事だった。彩も受験があったので、久しぶりの渋谷だった。109、道玄坂、足を伸ばして原宿と周り、裏原宿あたりの可愛い喫茶店で、ご飯にした。食事をして満腹になった二人は、暫くそこで色々な話をした。

 楽しい時間はあっという間にすぎ、麻美の門限に遅れるといけないから、少し早い時間だが帰る事になった。

 喫茶店を出て、駅に向かって歩いている時に、怪しいおじさんに呼び止められた。

近づいて来た男は、名刺を出しながら「ねえねえ、君たちモデルにならない?」

彩は咄嗟に麻美を自分の背中に回し「すみません。興味ありません」ときっぱり言うと、麻美の手を引いて駅に向かって歩き出した。慌てて麻美が小走りに彩を追いかける様に付いてくる。「危ない、気をつけなきゃ」と言いながら二人で駅に向かった。

少し息を弾ませ、改札を通り抜けると、怪しい男はもう居なかった。

「怖かったぁ」と麻美が言う。その麻美を見て彩が「えっ?」と言いながら麻美の手を指差す。「麻美ちゃん何持っているの?」と言われた麻美は、あやと繋いでいた手と反対の方の手に、さっきの怪しい男の名刺が握られている。

「えっ?ええっ〜!」

二人して顔を見合わせて笑い出した。「麻美ちゃん怖かったって言いながら、ちゃっかり名刺もらってるし。」二人は、電車がホームに入ってくるまで大声で笑っていた。周りの人たちが、怪訝な顔をしながら、遠巻きに見ている。

 彩が「麻美ちゃん、その名刺なんて書いてあるの?」と聞くと、一応聞きたことのあるモデル事務所の名前が印刷されていた。

 麻美が「これ、本物かなぁ」と言いながら眺めていたが、おもむろに自分のポーチの中にしまった。それを見て彩が「麻美ちゃんそう言うの興味あるんだ」と聞くと、小さく舌を出して「今日の記念」とニコニコして言った。そう言いながらホームに滑り込んできた電車に乗り、帰宅の途についた。

 彩は、初めて高校でできた友達と一日中遊んだことが、とても楽しかった。

いつ以来だろう、心から笑って、楽しかったって思えたの。とぼんやり走り去る車窓を見ていた。

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