第5話 案ずるより産むが易し
合格発表の日は、朝から落ち着かなかった。それは、彩本人ではなく、3人の大人たちの事だった。
発表はインターネットで、学校のホームページに入ってみるのが普通になってきたが、大人たちの青春時代は学校の校門や、公立なら市内の数か所に掲示板が建てられ、人々がそこに集う、一種のお祭りみたいな感覚があった。
「ねえ、どうなの?結果は。」と母親の和子が娘をせかす。しかし、当の本人は至って冷静で、「そんなに気になるの?」なんて言いながら、パソコンの前に座った。
ホームページを開き、合格発表のボタンをクリックし、自分の受験番号を入力する。
結果のボタンをクリックすれば、すぐに結果が表示される。
「あっ、あった。ママ、合格してたよ」とあっけらかんと彩は言った。
「そう、よかったわね。」と言いながら、「じゃあ、入学の手続きやらお入学金の振り込みもしなきゃね」と言ってそわそわし始めた。
「ママ大丈夫?先ずはホームページから書類の手続きはできるし、場合によってはネットから振り込みだって出来るのよ。そんなに心配しないで。」と笑顔を見せた。
「今から、パパと玲子さんの所にも報告に行ってくる。」と言い立ち上がった。
「そうねぇ、そうしたら良いと思うわ。」と和子が言った。
2階に上着を取りに上がりながら、携帯で健司にLINEした。
『合格しました。今からそちらに行きます。』と短い文章を打ち、上着とバックを持って降りてきた。
そのまま玄関に向かって歩きながら「ママ、行ってきます」と声を掛け、玄関の扉を開けた。奥から母親の声が「行ってらっしゃい、気をつけて」と追いかけて来た。
玄関ポーチを抜け、道路に出ると、吹く風が心地良かった。彩は少し立ち止まり、大きく息を吸い込んで一旦止め、ゆっくりを吐き出した。肺の中の空気を吐き切る程吐いた後、ゆっくりを呼吸を戻した。胸の中いっぱいに春の空気が入って来て、心が軽やかになった。
電車に乗って、健司と玲子のところに向かいながら、試験に合格した喜びが、沸々と湧き上がり、やっぱり合格すると言う事は良い事なんだと改めて思った。
二人が住むマンションのエントランスに着き、インターホンを押した。中から玲子の声がして「はあ〜い。今、鍵開けるね」と言ってエントランスを開けてくれた。
をのまま中に入り、エレベーターホールに向かい、ドアの横の上向のボタンをを押した。エレベーターはすぐに到着してドアが開き、乗り込んで8階のボタンを押した。
静かにドアが閉まり、すぐに8階に到着した。
ドアが開くとそこには、両手を広げた玲子が立っていて「おめでてとう」と笑顔で出迎えてくれハグをした。
ひとしきり背中を軽くトントンしてくれた後、ぎゅっと抱きしめて「よかった。本当に良かった」と少し大袈裟な感じがする程喜んでくれた。
エレベーターホールから部屋の方に歩いて行くと、ドアの前に健司が立っており、またハグされた。健司は我が娘を抱きしめながら「頑張ったね、おめでとう」と言い、頭ポンポンまでしてくれた。
「もう、パパったら、私小学生じゃ無いんだからね」と口を尖らせたが、その表情が可愛かった。
部屋に招き入れられ、リビングに行くと、なぜかケーキが置いてあった。
「三人で食べようと思って、買って来た」と健司が言い、玲子が「今、コーヒー入れるから、先に食べてて」と言ってキッチンに立った。
「彩もこれで高校生か」と健司がボソリと呟く。色々あったけど、本当に良かったと思った。学力は心配していなかったけれど、精神的に変なプレッシャーがなければ良いと思っていたが、周りの大人たちが思う以上に彩は成長していた。
「確かに、パパが仕事先で襲われたり、ママと離婚したりと去年は色々あったけど、結果、私にはもう一人のママと言うか、お姉ちゃんと言うか玲子さんと出会えて、本当に感謝してるの」というと、コーヒーを淹れて来た玲子が思わず「彩ちゃん」と言って目に涙を溜めていた。
「なんか、本当に私、自分でも成長したかな?って感じるし、心が穏やかになった気がしてる。パパもありがとう、お陰様でここまで大きくして頂きました。」
この一言は健司にとっては、破壊力抜群の言葉だった。
思わず涙腺が緩みそうになったのを我慢しながら、玲子が入れてくれたコーヒーにケーキを食べた。
ひとしきり雑談をしながら、高校生活に思いよ寄せている彩がそこには居た。
今度の休みには、入学のお祝いの品を買いに行こうと健司が言い出した。
「そうね。私にも何か記念になるものをプレゼントさせて」と玲子もいい、休みは三人で出かける事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます