第3話 グランドハンドリング

 彩は準備していた。高校入試もそのうちの一つだが、英会話や留学のための知識を、インターネット検索で色々調べていた。いつから留学が出来るのか、そのためのスキルは何が必要か、その費用はどのくらい掛かるか。

 実際、留学するとなると必要になる事柄に優先順位を付けていた。

「やっぱり9月からか」そう呟きながら文部科学省のサイトを見ていた。

留学も交換留学と、私費留学がありそれぞれ条件やメリットが記載されていた。

それまでは、なんとなく留学したいという程度の思いでしか無かったが、やっぱり明確な目標が必要だとも感じていた。私はそこに行って何を学び、それをどう将来に繋げるのか、生かすのか。その明確な何かが無いまま留学することは、ただの観光のような気がして来て、また悩みが増えた。

漠然としたイメージで、『なんとなくこんな感じ』では付いて行けない。自分のこれからの人生のビジョンをもっとリアルに描かなければと、痛感した。

そして、以前にもまして勉学にも励んだ。特に英会話や英語力には気を付けた。


 肌寒さが増し、いよいよカレンダーが最後の一枚になり、世の中が慌ただしくなる頃、彩は玲子と一緒にいた。その日は、彩から玲子を誘い都内の喫茶店にいた。

そこは、彩が通っている塾の近くで、尚且つ玲子の新しい職場からも、そう遠くない距離にある為、そこの喫茶店が選択された。

昔から都内に数店舗あるチェーン店の喫茶店だ。

 彩は、店員にアールグレーのミルクティーを注文し、玲子が来るのを待っていた。

テーブルに紅茶が運ばれてきて、砂糖を少し入れてからそれをスプーンで混ぜている時に、入り口のドアが開き、キャメルのロングコートにしっかりマフラーをまいた玲子が、鼻の頭を赤くして店に入ってきた。入り口から見やすい席に座っていた彩をすぐに見つけ、笑顔で小さく手を振りながら近づいてくる。

「おまたせ」そういう玲子は本当に寒そうにしながら席に着いたが、マフラーを外しコートのボタンを外して抜き、隣の席にそのコートを置いた。そこに店員が注文を取りに来る。彩のカップを見ながら「私はダージリンをレモンティーで下さい」と告げると、店員は軽く頭を下げ、水の入ったコップを玲子の前において下がっていった。

 最初に口を開いたのは、彩だった。

「玲子さん。私、高校生になったらアメリカに留学したいと思っているんですが、どう思います?」玲子は運ばれてきたティーポットから紅茶をカップに注ぎながら「そうねぇ、目標とか目的は何かあるの?」と聞いてきた。

「うん、色々自分なりに考えてみたけれど、具体的な目標とかは無いの。ただ、」そう言って言葉を切った。「ただ?」と玲子が促がすと「両親の離婚とか、玲子さんとパパの事なんか色々考えていると、分からなくなっちゃった。」と目を伏せながら話を続けた。「人を好きになる事、愛する事、人生、生きる意味、価値観。なんだかよく分からない。」と顔を伏せた。

「まず、結論から言うわ。私は大賛成よ。仕事で何度か渡米しているけれど、いつも思ってた。もっと若い頃からここに来ていたら、きっと私の人生はもっともっと違った人生だっただろうなって。まして、彩ちゃんくらいの頃から、例えばニューヨークなんかを体感したら、きっと人生は驚きの連続になるとおもうし。」と微笑みながら続けた。「私も大人になって、仕事で必要に迫られて英会話を覚え、大急ぎで駆け抜けるみたいにして行ったの、だからもっと此処に居たいと思ったわ。」

すると彩が「えっ?玲子さんでもそんなふうに感じたんだ。日本じゃバリバリのキャリアウーマンって感じなのに。」

「特にニューヨークは人種の坩堝って昔から言われていて、色々な人が集まってくる。とても刺激的な街よ。でも街の真ん中に大きな公園があって、そこを散歩する人、ランニングする人、ヨガを楽しむ人などが居るわ。

 もし本当に長く行きたいならやっぱりホームステイじゃ無く、留学がいいと思うし、実は私の友達が居るのよ。」

「玲子さんすごい!」「たまたま仕事で行った先のイタリア人と結婚をして、今はニューヨークに住んでるの。私なんか及びもつかない位彼女は世界を相手にして仕事をしているわ。そんなところで刺激を受けてくると、行く意味とか、愛がどうとか、細かな考えは吹き飛んでしまう程の、エネルギーに溢れた街だと思う。だから彩ちゃん一度きりの青春だし、一度きりの人生なんだから、あなたが思うようにしたらいいと思う。きっとパパも賛成してくれると思うし、私からお友達にサポートをお願い出来るから、考えてみて。」

生き生きとした玲子の表情から、街の凄さや楽しさが伝わってきて、彩もやっぱり行きたいと、強く感じた。


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