Sardine roe
もちっぱち
海の中の物語
ある海の中にたくさんの
「僕は地味だなぁ」
ぼそっとつぶやいて、落ち込んでいると、一匹のお兄さん鰯に声をかけられました。
「何をしているんだ?」
「僕はお兄さんたちと比べて、地味だなと思ったんだ。だから、一緒に泳ぐのが恥ずかしくなってきた」
「え、なんだって?」
海の広い空間で大量の鰯たちがぐるぐると泳いていました。
その中の一匹の鰯は自分の姿が地味なことにひどく落ち込み、絶望して、その大群から外れてどこかに泳いで行ってしまいました。
それを見た一匹のお兄さん鰯は、その小さな体の地味な色をした弟鰯を追いかけようとしましたが、追いつくことができず、追いかけるのをやめました。
もう1匹のさらに上のお兄さん鰯が声をかけました。
「こんな広い海の中、もう、あいつを探すのは無理だ。そのうち、サメかシャチにでも食べられてしまうよ」
「そ、そんな……」
「僕たち鰯は、こうやってぐるぐるとみんなで集団になって動いて、大きな魚だと思わせて泳いで、生きているんだ。たった1匹だけでは、すぐに天敵の魚たちに食われてしまう。追いかけたら、僕たちも食べられてしまう。諦めよう」
「……うん。わかった」
悲しげな表情を浮かべて、お兄さん鰯の2匹は、また兄弟たちの中へと戻って行ってしまいました。
地味な小さな鰯は、ぶちぶちと嘆きました。
「なんで、なんで、僕はこんなに地味で、お兄さんたちと比べて小さいんだ。何か目立つ方法は無いかな……あ!」
地味で小さな鰯は、落ち込みながら海の中を泳いでいると、ごつごつと硬い岩場を見つけました。
「そうだ。これに体をぶつければ!!」
小さな鰯は、軽い体を振りまわし、硬い岩場に打ち付けました。
「痛い!」
皮がめくれ、血も出ていました。それでも何度もやり続けたのです。
「痛いけど、こうすれば、トゲトゲの部分ができて、かっこよくなるかも」
皮膚がめくれあがり、ナイフのように鋭くなってきました。体全体をうちつけてまるでイソギンチャクのようにトゲトゲ部分がたくさんできました。
「うわぁー、すごいかっこよくなった! やったー」
自分の体を見ると、人間が着るダメージジーンズのように鰯はイケイケ魚に変身して、目立つようになりました。近くで見ていた本物のイソギンチャクは怖くなって岩場の中に隠れてしまいます。
しばらく自分の体を見つめていると、優雅に泳ぐお兄さん鰯たちがこちらに泳いでやってきました。
「お前、何してるんだ?」
「なんだ、その恰好。気持ち悪い」
「え?」
「そんな恰好じゃ、鰯として生きていけないぞ。すぐ、ほかの魚に食われちまう。絶対俺たちの中に入って来るんじゃないぞ!」
「そんな……」
地味で小さな鰯は涙を流しました。ひどいことを言うお兄さんたちは自分の身を案じて逃げていきました。しくしく泣いていると、海の上の方に大きくて黒い影が現れました。
「うわ、やっぱり、僕はお兄さんたちの言うように食べられてしまうのかな」
ガタガタと震えて、急いで、イソギンチャクのいる隣の岩場に隠れたのです。影からじっと上を見ていると、黒い影の正体がわかりました。それは大きな大きなジンベイザメだったのです。
「ううう……食べられちゃうよぉ」
「んー? 何か不思議な生き物がいるなぁ」
低く、野太い声でジンベイザメは言いました。地味で小さな鰯はそっと顔を出しました。
「え、僕のこと?」
「珍しいなぁ。鰯? あれ? イソギンチャク?」
「嘘、僕、目立ってた??」
「ああ、かなり目立つな。トゲトゲしてて珍しい」
「わーい、僕、地味じゃないんだね」
目立つという言葉に反応して、鰯は喜びました。
「全然、地味じゃないぞ。そのままで十分いいじゃないか」
「そうかなぁ」
照れてくねくねと泳いでいると、ジンベイザメはニコニコとしながら、大きな口を開けて、鰯を食べようとしました。
「うわぁーーー」
すると、ジンベイザメの大きな口の中に入ったと思ったら、するりと、岩場の影に離してくれたのです。すぐ近くでシャチが泳いでいるのを見つけて、地味で小さな鰯を助けました。
「そんなところにいたら、すぐにほかの魚に食われてしまうぞ」
「ありがとう。きみに食べられてしまうのかと思ったよ」
「僕はプランクトンしか興味ないから。君みたいのは食べられないぞ」
「そうなんだ。よかった。それを聞いて安心したよ」
鰯は胸をなでおろしました。ジンベイザメは笑顔で接してくれました。外の世界は怖いとお兄さんの鰯たちに教わっていたが、こんなにも優しいサメもいるんだと勉強になった地味で小さな鰯でした。
「僕と友達になってくれる?」
「ああ、いいぞ」
「ありがとう」
ジンベイザメと地味で小さな鰯は友達になり、餌を見つけ合いお互いに助け合いながら仲良く平和に暮らしました。
【 おしまい 】
Sardine roe もちっぱち @mochippachi
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