17話:守護神代理の主張
ルーベンスが語った計画は、『歪みの修正に訪れた"守護神代理"がリジェクターである私を始末しようとする』という内容だった。私は死にたくないので当然抗い、その神をも殺すだろうと。
二度の神殺しを神界が黙って見ている筈も無く、やがて私と神々との本格的な争いが起こり多くの神が命を落とす事だろう。という聊か現実味の無い事をあいつは考えていた。
詳しい動機は語らなかったが、つまる所あいつは『自分が創り出した力で神々を殺戮したい』という危険思想を持っていた。私はその力を行使する為の兵器でしかなかった訳だ。
だから、私は私自身の事を『神々にとって殺すべき存在』なのだと思い込んでいた。
「この世界の存続を望むのは役割上当たり前の事なんだろう」
「はい」
「ルーベンスの思惑を阻止したい事も分かる。仲間を殺されたら困るだろうし」
「はい……」
「なら、どうして私を始末するという選択にならないんだ」
銃口を向けながら尋ねる。
『最初は友好的なフリをして不意打ちで私を殺そうとしている』など、疑いを上げると切りが無い。
銃を一瞬見て深く息を吸ったモアは自らの胸に手を当て、毅然とした眼差しを私に向けた。
「命を奪う事で事態を納めるという方法は正しくないからです。それと、貴女の力が必要だからという理由もあります」
「……さっきも協力がどうのと言っていたな」
「はい。 ……ルーベンス様のように貴女を陥れて利用するような意図は断じてございません」
先回りの弁明を語ったモアが言葉を続ける。
「胸を張って言える事ではありませんが、私には一人で歪みに立ち向かえる程の力がありません。そのような事情から『貴女の協力が必要』だと申し上げたのです」
「素直に言わせてもらうと、何らかの方法で私の始末を図っているようにしか見えない」
「……ええ、伝わってきます。『信じて』の一言で済まされない事も、重々承知しております」
尚も下げられない銃口にもう一度視線を向けたモアが、同じく変わらない態度でこちらへと歩み寄る。
「それでも私は、対等である事を本心から望んでいます。貴女の命を奪いたくない、そして貴女に殺生をさせたくもありません」
そして切実な声で語り掛けるが、どうにも"神とはこう在るべき"というイメージの通りの事をただ喋っているだけであるように感じてしまう。結局の所、彼女が説得に用いている物は言葉だけだ。
「今更そんな"いかにも神様"って感じの言葉を並べられても信じられそうにない」
「……ルーベンス様の言葉は、そんなにも貴方を苦しめているのですね」
「言葉だけじゃない。あいつの思想も行動も、もう存在全てが私の全部を滅茶苦茶にしてんだよ」
吐き捨てるような言葉に対してモアが悲しそうな表情を浮かべる。
しかし、その表情ですらも信用できない。
「……分かりました」
呟いたモアが一瞬だけ躊躇うような表情を浮かべ、拳銃を握る私の手に優しく手を重ねた。
体内の微かな違和感に警戒を強めると、モアは小さな声で呟いた。
「──トランス・ナイフ」
唱えられた呪文に反応した魔力が私の意志に反して勝手に銃を分解し、ナイフを作り上げる。
「これは一体……」
「貴女の能力に呼びかけただけです。これ以上、私から貴女には何もいたしません」
朝日に当てられて光沢を返す刃を私にしっかりと握らせたモアは、その場で後ろを向いてこちらに背中を向けた。
「そのナイフで私の翼を切り落として下さい。そうすれば私は永久的に力が使えない状態となるでしょう」
強引な手段に呆れながらナイフを下げるとモアは自らの翼の先に手を触れながら言葉を続けた。
「翼は神力の源。貴女が神を信じられないと言うのなら、私は神族としての力を手放します」
「……考えが甘い。それは危ない手段だ」
「へ……?」
「翼を切り落とせば、命は奪わずとも神としてのお前を殺す事になる。神々の間でどの程度の立場なのかは知らないが、ルーベンスが願った未来に繋がる可能性は否定できない」
私を消す事よりも争いを避ける事の方が優先であるのならば、今みたいな行為に出るのは悪手だ。"神と人間としての対等"を崩しかねない危険な行為と言える。
「神の力を持ちながら使わない。神の殺し方を知りながら実行しない。互いがそういった姿勢である事こそが対等なんじゃないのか」
「……仰る通りです」
ナイフを捨てて一歩後ろに下がる。その場に落ちたナイフの音に翼を震わせたモアが戸惑った表情でこちらを向いた。
「お前がそこまでするのなら私は一旦武器を捨てる。本当に敵意が無いのなら翼を欠損させる以外の方法で示してほしい。 ……信用した訳じゃないからな。不意打ちを仕掛けてきたら私も躊躇無く反撃する」
変身は解かずに、睨むように視線を合わせる。
むしろ『隙を見せているんだからさっさと攻撃してこい』とすら思いながら両の掌を見せると、モアは少し安心したように体をこちらに向けた。
「え、ええ…… わかりました」
「とりあえず戦わない事に関する主張は理解できた。 ……で、『力が無いから手を借りたい』みたいな事を言っていたよな。まずはそれについて詳しく聞かせてくれ」
「はい。守護神代理として非常に情けない話ではありますが」
表情の変化と共に翼が下がる。彼女にとっては少し言いにくい話題であるようだ。
「私はあくまでも守護神の代理を務める天使、正式に"この世界における神"だと呼ばれるような立場ではないのです。それに加えて、元よりこの世界に関わっていた訳でもありません。故に、この世界においては無力なのです」
「神と聞いて思い浮かべるような全能性は無いのか」
「その認識で問題ありません。神族としての力を持ってはいますが、この世界でそれを使う事はどうしても不可能なのです」
明晰夢の力に似ていると思った。
ここがルーベンスの世界であるが故にモアは力を行使できないという事なのだろう。
「重ねて申し上げますが、今の私は実質何の力も無いに等しいのです。なので貴女を頼る他無かった」
モアが足元のナイフを拾い上げ、陽光にかざす。
「貴女に宿る"リジェクターの力"は守護神の力の一端。私は、『この歪みを食い止めるには貴女の力が必要だ』と考えました」
そのナイフをこちらへと手渡す。それを受け取って紙に戻すとモアは真っ直ぐな瞳で私の目を見つめた。
「以上が、貴女に協力を仰いだ理由です」
「そもそもが力を借りる前提の案件だったのか。相当ブラックな仕事を吹っ掛けられたんだな」
「私自らが望んで申し出たのです。この世界を喪いたくないと思ったから」
胸元に拳を握り締めたモアが確固たる意志を宿したような態度で語る。
その眼差しを見ていると、少しだけ疑いが晴れたような気になってきた。
「ルーベンス様が亡くなられた後、この世界をどのようにするか会議が開かれました。 ……彼女の行いや貴女の存在など様々な要因を加味した結果、その場では『このまま歪みに任せて自然に滅亡させるのが妥当である』と結論付けられました」
「神々としては干渉せずに滅亡を待つつもりだったんだな」
「はい、その通りです」
「……へえ」
モアの言葉が本当であるなら、神界の意向はルーベンスの計画と全く異なっていたという事になる。そう思うと笑みが零れそうになった。
仮に本当じゃなかったとしても、モアが語った事も十分にあり得る話ではある。結局ルーベンスは都合のいい視点からしか物事を考えていなかった訳だ。
「私はその『滅亡させるのが妥当』という言葉を聞いた時にこの世界を終わらせたくないと思ったのです」
「特に関わっていなかったのにか?」
「はい。端的に言うと、ルーベンス様が昔語られていた価値観と私の価値観は似ていました。 ……"だから"と言うのも変な話ではありますが、その価値観を基に護られていた頃のこの世界は私の目には輝いて見えたのです」
過去へ思いを馳せるように語る。その表情からは憂いや決意が感じられた。
ルーベンスが狂いリジェクターが誕生してからのこの世界は、やはり他の神から見ても様子がおかしかったのだろうか。
「それが今ではこのような事になってしまって……」
「憧れを抱いていたのか?」
「はい。ここで動かなければきっと大きな後悔に苛まれる。そう思ったのです」
「……なるほどな」
頷くとモアは頷きを返して説明を終えた。
次は私が考える番だ。彼女に力を貸すかどうかを決めて伝えなければならない。
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