15話:救いの夢
廊下へ出て改めて誰も居ない事を確認しつつ、先程印刷した樋波の記憶を取り出し広げる。
まず目に入ったのは道具の名前だった。どうやら"リアステュラ"という名前らしい。
「リアステュラ…… 全然ピンとこない文字列だね。言いにくいし」
私の手元を覗き込んだコロンが呟く。そちらに視線をやると背伸びをしている美愛の姿が目に入った。
咄嗟に胸の下まで紙を下げて美愛にも見せると、彼女はじっくりと文章に目を通した。
「私が言うのも変な話ですけど、記憶の何にも引っ掛からない言葉ですね」
「瀬里奈は何か知ってるか?」
「いえ、何も……」
首を横に振る。
記載された文にもリアステュラに関する詳しい説明は無かった。
せいぜいユイという人物から受け取った事と機能についての事しか書いていない。
『身に付けた者の覚醒を阻害して夢の世界に縛り付ける事が出来る。"キー"による制御が可能で、身に付けた者がキーの持ち主の世界から出ようとした際や正規の手段意外で取り外そうとすると警告音を発し電流を流す』。それ以外の情報は保管場所や使った所感など、樋波視点での記述がメインで誰がどのように作ったのか等の情報は特に書かれていなかった。
「ユイって人についての心当たりは?」
「いえ、そちらも特に……」
「二人は?」
コロンと美愛にも尋ねる。二人も同様に心当たりは無いようで首を横に振った。
「うーん、まあいいか。キーはプライベートルームにあるってさ。行ってみるか」
美愛に視線で合図するとマップを広げて歩き始めた。
それから数分案内に則って歩いている途中、ふとコロンが瀬里奈へと声をかけた。
「そういえば瀬里奈ちゃんはさ、"カムトマジナ"って言葉は聞いた事ある?」
「あります。オーナー…… 樋波がそれに所属してるとかなんとかって話……」
「うわあ、その情報で一気にカムトマジナがきな臭くなったね」
「あんな危険な人物でも受け入れる集団なんですね。倫理観も安全意識もあったもんじゃない」
美愛が驚愕の声を発しながらこちらを振り返る。
「晃さん、この先もカムトマジナについて探るんですか?」
「もちろん。怖くなったか?」
美愛は芯の強さを感じさせる子だが、荒っぽい事が苦手だという事は側から見ていてもよく分かる。
「元から怖いですよ」
「そうか。無理だと思ったら限界を迎える前に言ってくれよ」
今は平気そうであるが、今後もそうとは限らない。
気遣うつもりで伝えると美愛は少し俯いて目を伏せた。
「……助けてもらう立場で言えた事ではないのでしょうけど、晃さんもどうか抱え込まないでくださいね」
こちらを見たその顔は私と同じくからかうような表情ではない。至極真面目な表情で言い放った美愛が顔を逸らすように前方へ視線を戻した。
「……ふふ。分かったよ」
──────────
ステージからプライベートルームまでの道のりは結構長かった。
夢に戻ってきたスタッフと何度か対面したが、皆総じて私の顔を見ると狼狽えて消滅した。
恐らくは戻って来れる状況か探っているのだろう。
敵が私を見て逃げ出すという状況はこの建物を歩き回る上で好都合だが、慢心してのんびりやる訳にはいかない。暫くしたら作戦を立てて瀬里奈の奪還や私の撃破を試みる可能性がある。目当ての物を見つけてさっさと帰った方が良いだろう。
「ここがプライベートルームだな。瀬里奈はここで待ってるか?」
扉の前で瀬里奈に声をかける。すると瀬里奈は控えめな笑顔でコクリと頷いた。
「そうか。じゃあ…… あー、私一人で入るか。コロンと美愛も瀬里奈と一緒に居てくれ」
「はい」
「分かった。任せて」
コロンに任せて美愛は一緒に行動しようかと一瞬思ったが、この部屋の中には何があるか分からない。私だけで入った方が良いだろう。
「すぐ済ませるから」
一言残して部屋へ足を踏み入れる。
一見普通の部屋だが、少し視線を動かして壁を見ると夢の世界での"ライブ"の様子を収めた写真が所狭しと貼られていた。
「……」
幸か不幸か。被害に遭っていたのは瀬里奈一人だけのようだ。
小さな紙飛行機を生成し写真の貼られている壁へ投げると小さな爆発から炎が次々と燃え広がり、写真は全て焼失した。
先程から続いている樋波への怒りを抑えて机の引き出しを探る。下から一段ずつ探し、三段目の引き出しの中にようやくそれらしい物を見つけた。瀬里奈が身に着けているリアステュラと同様の物が二つと、似たような意匠の指輪が一つだ。
関連していそうな物が他にもあれば拝借しようと思っていたのだが、生憎そのような物は無かった。
「お待たせ」
扉を開ける。
部屋で見た物のせいで若干気まずい気持ちになったが、対する三人はごく普通の表情でこちらを見た。中でも瀬里奈は特に晴れやかな表情で私の手にある指輪を見つめた。
『悪夢を壊して救う』みたいな事を言った手前、私が暗い表情を浮かべる訳にもいかない。気を取り直すように笑顔を浮かべて瀬里奈に部屋で見つけた指輪を見せた。
「多分これがキーで間違い無いだろう。他のリアステュラと一緒に保管されてた」
「どうやって使うんでしょう?」
「多分形状通り指にはめて使うんだろ。試してみるか」
操作できるボタンのような物は無い。とりあえず指にはめて瀬里奈に手を向けると、宝石の部分がぼやけた光を発した。
「……ん?」
微かな違和感を感じる。
目に見える現象はただ光を発しているだけだが、発された光が僅かな魔力を帯びている。
私から魔力を吸い取っている様子は無い。この指輪自体が持っている力であるかのように感じられる。
「これは……」
困惑と驚愕が押し寄せる。リジェクターが武器として用いる"アイテム"によく似ている。
一体誰がこんな物を作り出せるのかと想像が巡りかけたその瞬間、リアステュラが音を立てて床に落ちた。
「! は、外れた……!」
いきなり起きた現象に瀬里奈が声を漏らす。
「やった!!」
「やったね瀬里奈ちゃん!!」
美愛とコロンが歓喜の声を上げる。対して瀬里奈本人は派手に喜ぶような事はしない。現状を、解放された事実を深く噛み締めるように瞳を閉じて胸に手を当てた。
「美愛さん、コロンさん、晃さん、本当にありがとうございます……!」
「ああ。いや本当に良かった」
気になる事が増えたが、今はとりあえず瀬里奈の事を喜ぼう。
「これで瀬里奈ちゃんを縛り付ける物は無くなったはずだから、しばらくしたら体が目覚めて現実に戻れると思う」
コロンが扉を呼び出して大きく開く。向こう側に広がっているのは先程も見た木造建築の屋内だった。
「それまでは私の夢の中で過ごそっか、今度こそ移動できるはず!」
「はい! ……目覚められるのは嬉しいですが、皆さんとお別れだって思うと少し寂しいですね」
先を譲るようにコロンが扉の脇で手招きをすると、瀬里奈は寂し気な微笑みを浮かべてコロンの世界へと足を踏み入れた。今度は何も起こらない。正真正銘、瀬里奈は今悪夢からの脱出を果たした。
「永遠の別れではないですし、きっとまた会えますよ」
「……はい、そうだと嬉しいです」
続いて美愛がコロンの世界へと足を踏み入れる。
「さ、晃ちゃんもおいでおいで~」
次にコロンが私の方を見る。
「ん、少し待ってくれ」
コロンに頷きを返し、瀬里奈が身に着けていたリアステュラを拾い上げる。
調べる方法すらも今は分からないが、監視下に置くべき物である事を本能が告げている。
「え、晃ちゃんそれ持って行くの?」
「ああ。流石に看過できない」
「魔法少女としての事情?」
「それもあるけど、そもそもあいつに持たせるべきじゃないだろ、こんなもん」
興味がありつつも、踏み込んでいいラインかを見定めるようにコロンが私の手元に視線を向ける。その視線を受けながら私は扉の前に立った。
「確かにそうだね。それで全部?」
「とりあえず見つけた分は全部持ってきた。ユイって奴が追加で渡さなければいいんだけどな……」
リアステュラと指輪に注意を向けながら恐る恐る扉を通過する。
「お、通過できた。電撃は?」
「出ないな。ちゃんと無力化出来てるみたいだ」
「ほー、良かった良かった」
続いてコロンも通過し、扉を消した。
今回は電撃も警告音も発生しなかった。少しだけ安心しながら顔を上げると瀬里奈が不思議そうな顔で私の手元を見つめていた。
「晃さんには…… その道具が何なのか分かるんですか?」
瀬里奈が尋ねる。
「分からない。けど私が使っている力と近しい物を感じたんだ」
リアステュラ本体が私の魔力を打ち消した件と、指輪が発した違和感。恐らくは"明晰夢の力"とはまた別の何かを行使している人が何処かに居る筈だ。
「……魔法、ですか?」
美愛が眉をひそめながら私の顔を見上げる。
「多分な」
「他にも晃さんみたいに魔法を使う人が居るんですね」
「…………」
本当は居ない筈だ。陽菜も深悠も結花ももう死んで存在そのものが無くなった。そして陽菜の能力を継承したであろう彼女の妹は、そんな力が自らに宿っている事に気付きようもない。
「そうみたいだな」
考えられる事と言えば、守護神代理がもうこの世界に接触していてリジェクターと同じ形で人間に力を与えているという事だけだ。そんな事をする目的が全くもって見えないが、神が影響している事はまず間違い無い筈だ。
ルーベンスの思い描く未来は既に目前まで迫っているのかもしれない。
「魔法とか何とか…… なにやらすごい事を追っているんですね」
「魔法に関しては私達はさっぱりだよ。元の目的はカムトマジナについて調べたり、昏睡状態の原因を探したり、そういう夢に関する事だけなの」
ぽかんとした表情を浮かべる瀬里奈に笑顔を返したコロンがクローゼットを開けた。
「それより瀬里奈ちゃん、その恰好じゃ落ち着かないでしょ。ここから好きなの選んで!」
「わあ……」
クローゼットの中を見た瀬里奈が目を輝かせる。
ゆっくりと歩み寄り、一着一着を丁寧に取り出しては戻してを繰り返す。
そして藍色の落ち着いた衣装を手に取った瀬里奈は裾が床につかないよう慎重にハンガーを取り外した。
「これにします。これ、着ていいんですよね」
「もちろん。そこに着替え用の部屋があるから使って!」
「はい、ありがとうございます!」
笑顔を浮かべて部屋の中へ入ってゆく。カチャリと鍵を閉める音が響いた後に、布擦れの音が聞こえ始めた。
「……なあコロン、夢の中の物を現実に持って行く事って出来るのか?」
この隙に気になっていた事をコロンへと尋ねる。
もし可能であれば現実で手元に置いておきたいのだが──
「何回か試した事があるけど出来なかったゆ」
「そうか……」
私の質問を受けたコロンは首を横に振った。
自分で管理できないのは不安だが、こうなった以上美愛を頼る他無い。常に見張る事が出来るのは彼女だけだ。
「美愛ちゃん、悪いけど君の世界に置いといてくれないか?」
「もちろん良いですけど…… ちょっと怖いなあ」
「ありがとう、頼む」
美愛にリアステュラを渡したその時、ドアが開いて綺麗な衣装に身を包んだ瀬里奈が出て来た。
「お待たせいたしました。 ……似合ってますか? アイドルのお仕事ではこういう系統の服は着た事が無くて」
「おお、可愛い! わああ、凄いなあ……」
瀬里奈に歩み寄ったコロンが周囲をぐるりと一周して姿を確認しながら感嘆の声を漏らす。そんな彼女を視線で追っていた瀬里奈は目尻に涙を浮かべた
「本当に、ありがとうございます…… 私、あの劇場に居た頃はこんな服が着られるなんて思っても居なかった……」
「……良い思い出になれたのなら、私も嬉しい」
瀬里奈の手を取ったコロンが微笑むと、急に瀬里奈の瞼が落ちた。
「これで、もう…… 悪夢じゃ、ない──」
まるで眠るように瞳を閉じ、力なくその場に崩れ落ちるかという所で瀬里奈の姿が消滅した。
「起きたみたいだね。良かった」
「ああ、良かった。本当に。 ……悪い、ちょっとソファ貸してくれ」
「いいよー。お疲れ様、晃ちゃん」
戦いの連続で少し疲れた。一休みでもしようとソファに腰を掛けたその瞬間、目が覚めて暗い私の部屋へと戻った。
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