14話:幻想ステージ

 辺りを見回す。

 私は今瀬里奈の言っていた全方位が客席に囲まれている円形のステージに立っているようだ。

 客席との間には底の見えない穴が広がっており、四か所にステージと客席を繋ぐ橋が架かっている。


「ん?」


 そして、ステージ上は私一人だけになっていた。


「やあ、ステージに立った気分はどうだい、九条晃」


 樋波の声が響く。

 頭上に視線を向けると彼がゆっくりと下りて来ていた。


「まず私の相手をするんだな。てっきり瀬里奈とコロンに手を出すと思ってたけど」


 客席をじっくりと確認すると、関係者席らしき良い座席に三人が居た。手を振ると彼女らも大きく手を振り返した。表情は穏やかではない。


「彼女達にとっては君が頼みの綱なんだろう? なら先に君をボロッボロに下して絶望してもらおうと思ってね。その後あの二人にも瀬里奈と同じ服を身につけさせて閉じ込めてやるんだ!」


 客席へと宣言するように樋波が声を張るとホール中が歓声に包まれた。


「瀬里奈の昏睡、やっぱりお前が関係していたんだな。あの装飾品は一体どうやって手に入れた?」


「君に話してやる義理は無いね」


「訊くだけ無駄か」


「そうさ」


 樋波が胸元に手を当てて祈るように瞳を瞑る。すると辺りに光が満ちて大ぶりの剣が出現した。


「本当は君にもあの衣装を着せて恥辱の渦中に放り込んでやりたかったんだけどさ、どういう訳かこの力が効かなかったんだ。 ……だからシンプルにぶっ殺してあげる」


「いちいち気持ち悪い奴だな」


「大口叩いていられるのも今のうちだっ!!」


「今のは大してデカくねえだろ!」


 振り下ろされた剣の側面に回し蹴りを放ち、軌道を逸らす。


「な……!?」


「何を戸惑っているんだ。まさかまだ私の事を侮っていたのか?」


「くっ……」


 今度は横凪ぎに剣が振るわれる。それを拳で突き上げて再度軌道を逸らすと樋波は剣を握り直して再び構えた。先程から剣の重みに振り回されてまともに動けていない。


「……武器、変えた方がいいんじゃないか」


「なんだと?」


「体格も人間性も、そんな武器を使うのに相応しくないと思うぞ」


「随分と偉そうな物言いをするね……! 黙らせてやる!!」


 再び振るわれた剣をエフェクトで受け止め、周囲に大量の紙を生成する。


「"クラフト"!」


 バサバサと渦を巻くように集まった紙が樋波の剣とは対照的に手頃な大きさの剣を作り上げる。それを横凪ぎに振るうと樋波は攻撃を受け止めてよろよろと体制を崩した。


「……瀬里奈から色々と聞いてよく分かったよ。この世界の存在意義は性欲なんだろう」


 追撃をせずに語り掛けると、樋波は姿勢と呼吸を整えて剣を握り直した。新たな何かを発動させる素振りは今の所見えない。

 私の問いに対して数秒の沈黙を挟んで落ち着きを取り戻した樋波は、観客席を見回しながらようやく応えた。


「ふふふふ、この世界の存在意義が性欲? お前にはそう見えるのか」


「"そう見える"んじゃない、事実だよ。そしてお前が私と戦う理由だってそうだ」


 踏み込み、剣を振るう。

 咄嗟に防御をした樋波の上半身は攻撃の重みを受けてまたもや大きく姿勢を崩した。


「『一度支配下に置いた女の子を手放したくない』。そんな理由で私と相対しているんだ、お前は」


 そのまま、あえて防御が間に合うペースで攻撃を重ねてゆく。

 剣と剣を打ち合わせる度に樋波の身体は大きく傾き、姿勢を戻すだけでも体力を消耗しているようだった。


「孤独が生む渇望も、帰りたい場所も、感謝を伝えたい相手も…… 変えたい過去も、思い出を蝕む後悔だって無い」


「分かったような事を……っ!」


「理解を必要とする程の事情があるなら話してみろ!」


「くっ…… 黙れ!!」


 樋波が汗を散らして剣を振りかぶる。振り下ろされたそれを再び蹴ると樋波は肩で息をしながら明晰夢の力を行使した。

 するとステージを囲む穴からレーザー砲のような物が現れて照射を始めた。


「お前に何が分かる!?」


「だから、理解が必要な事情があるのかと訊いているんだ!!」


 ジリジリと床を焦がすレーザーを剣で受け止め、刃に魔力を宿らせる。


「大義名分も無く、己の欲を満たす為だけに一人の人間に対して犯罪まがいの事をしでかした!! そうじゃないのか!!?」


「違う!!」


「違わねえだろ!!!!!!」


 魔力を纏った剣を振るう。すると魔力がその軌跡を模り、飛ぶ斬撃として発射された。


「ぐっ……!」


 咄嗟に防御した樋波の身体が後方に大きく突き飛ばされる。


「黙れ…… 黙れ!! あいつは……っ!! 瀬里奈はファンの心を弄び踏みにじったクソビッチだ!! 当然の報いだろうが!!」


 よろよろと立ち上がった樋波が更に明晰夢の力を行使する。今度はガトリング砲が現れた。


「それは大義名分じゃなくて私怨だ!!!!」


 走りながら二つの砲台による攻撃を躱し、再び魔力の刃を放つ。


「っ、ぐ、ぐううううぅッッ!!」


 再び魔力の刃を剣で受け止めた樋波が気合で弾き飛ばす。それによって軌道を変えられた刃がレーザー砲に命中し、機能が停止した。


「はぁっ、はあっ!! 何が"私怨"だ!! 僕達はこんなにも愛していたのに!! それを瀬里奈は裏切った!!」


「スキャンダルの事か」


「そうだ!! あんな清純派みたいな顔をしていながら……っ! あろうことか裏では親子かと思う程年が離れたジジイとっ…… うあああああああああああああああ!!!!」


 発狂するように声を上げた樋波が自らの頭をガシガシと乱暴に搔き毟る。それに伴ってガトリング砲も機能が一時停止した。


「せめて同級生と甘酸っぱい恋をしていてほしかったよ!!! 僕は!!!!!」


 観客は樋波の言葉に共感する者が多数派のようで、ちらほらと頷く者が目に入る。

 正直、今の言葉"のみ"を切り取って考えると共感できる部分はあると思った。

 しかし、主張全体を見ると己の欲を満たす為に理解を放棄した者の戯言でしかない。

 瀬里奈は事情を話したはずだ。それを聞かずに一方的に欲と感情を押し付けているだけだ。


「それが理想ですらあったんだ!!」


 手に何らかのエネルギーを溜めた樋波がそれを放つ。

 エフェクトで受けると彼は更にエネルギーを溜めた。


「だけど、アイドルとは青春の切り売り…… 周りの皆が掴んでいる"機会"をいくつも振り切ってステージに立っているんだ。こんな妄想、そうそう叶わない事は重々承知している」


「……」


「彼女には彼女の人生が…… アイドルとしての世界がある。だから…… だから……」


 樋波が瀬里奈の方へと顔を向ける。


「せめてこの世界では思い通りになってもらわないと、気が済まないじゃないか」


 瀬里奈の表情が恐怖に包まれた。

 アイドルファンとしての想いを語るのかと思ったが、想像以上に彼は歪んでいたらしい。


「一応訊くが、奏の事はどう説明をつけるつもりだ」


 怒りが限界を超えて逆に冷静になったかのような気分だ。

 次々と放たれる攻撃を捌きながら尋ねると樋波は口元に笑みを浮かべて答えた。


「彼女も同じさ。僕とあの子は小学校の頃から一緒でね。子供の頃からずっと好きだったんだ」


「……で?」


「なのにあいつは……! 大学で話しかけるまで僕の事を知らなかった!! ……だからこの世界で、今までの分を埋めるんだ」


「結局逆恨みか」


 もう手加減は不要だ。

 一瞬でも更生の可能性を感じさせない、正真正銘の屑だ。


「何だっていいさ! 僕はこれから忙しくなるんだ!! いい加減消えろ!! 九条晃ッッ!!」


 樋波が剣を構えながら明晰夢の力を行使し、穴から数多の兵器を出現させる。

 それに対して私は剣を紙に分解した。


「トランス・ハンドガン」


 呟きに呼応して紙が再構築されてゆく。

 正式な知識も無しに作り上げたチープな銃を樋波に向けると、彼は苛ついた様子で私を睨んだ。


「何だその馬鹿みたいな銃は…… 何のつもりだ……!」


「"身の丈に合った武器"。お前に合わせてやるよ」


「ッ! 嘗めやがって!!! 殺してやる……! 昏睡状態にして殺してやるッッ!!!」


 兵器が一斉に私に向く。それぞれが盛大な機械音と共に駆動を始めた。


「うおおおおおおおおっ!!」


 樋波が叫ぶと攻撃が始まった。

 弓砲台や新たなレーザー砲、丸鋸を取り付けたアームにレールガンなどの多種多様の兵器による攻撃を躱し、時にはエフェクトで受け止めながら一つ一つに反撃の弾丸を放つ。


「無駄だ! 己の行動一つ一つを後悔しながら死ね!!」


「いずれはそうするつもりさ」


 途中でリロードを挟みつつ全ての兵器への発砲を終えると機械音に不規則な雑音が混ざり、兵器の動きが鈍くなった。


「──トランス・ボム!!」


 頃合を見て号令のように叫ぶと兵器に打ち込んだ弾丸が紙に戻り、小さな爆弾へと再構築されてゆく。

 次の瞬間には一斉に爆発が巻き起こり兵器が次々と崩れ落ちていった。


「何だよ、それっ!? こ、こんなっ…… 滅茶苦茶だ……!」


 爆発の振動で照明が割れてスポットライトのみになる。

 局所的な光の中で尻もちをついた樋波へと歩み寄り、そして額に銃口を突きつけた。


「"起きよう"なんて思うなよ。現実でのお前の居場所はちゃんと覚えている」


 爆発が止み、静かになったホールに声が反響する。あの状況を経ても観客は逃げておらず、全員がステージ上の私達を静観していた。


「そして私は現実でも同じ力を使える。今の、この状況がお前にとって一番安全だ」


「っ! 馬鹿馬鹿しい。脅しのつもりか?」


「そうだ。瀬里奈を開放しろ」


 引き金に指をかけ、額を銃口で軽く突く。すると樋波は汗を滲ませながらグッと目を瞑った。


「ふ、ふ…… 嫌だと言ったら?」


「そう言える立場か?」


「立場なんて関係無い。お前に何をされようと、僕がお前に従わなければ瀬里奈は永遠に僕の物だ……!! ひひ、ひひひひ!!」


「そうか」


 銃を紙に戻し、樋波の額に当てて魔力を放つ。すると電撃の音が響いて瀬里奈の装飾品に関する情報が紙に浮かび上がった。


「そ、それは……!?」


 痛みに頭を抱えた樋波が私の手にある紙を見て驚愕の声を上げる。その様を見下ろしながら私は紙を丁寧に折って仕舞い込んだ。


「形だけでも瀬里奈へ謝罪が出来てりゃ手加減しようと思ったんだがな」


 樋波の胸倉を掴み持ち上げ、腕に魔力を巡らせてエフェクトを纏わせる。


「現実で待ってろ……!!」


「ひっ……!」


 感情に身を任せて拳を放つと、樋波は観客席の後方にある壁まで吹き飛んで消滅した。


「ふう」


 これで一段落。と一瞬思ったが、茫然とこのステージを見ている観客達も皆瀬里奈の悪夢を作り上げた共犯者だ。


「お前らも同罪だからな。動くなよ」


 ゆっくりと、全方位へ順に視線を向けながら大量の紙を生成すると、思惑を察した観客の一人が席を立ち上がり出口の扉へと向かった。その行動を皮切りに、ほぼ全員が一斉に動き出す。


「"クラフト"ッ!!」


 紙が渦を巻き、クシャクシャと形を作り始める。そして数秒もせずに出来上がった紙の燕の群れが混雑めがけて一斉に突撃を始めた。

 ホール内が爆炎と阿鼻叫喚に包まれる。その中を慎重に移動してきたコロン達が橋を渡ってステージに上がり、私へ駆け寄った。


「ちゃんと見てたか? 瀬里奈」


 周囲を見回す瀬里奈に笑みを向けると、急にコロンが私の頭を小突いた。


「『見てたか?』じゃないでしょ! この大爆発、また別の悪夢になっちゃうって!!」


「え?」


 周囲を見回す。瀬里奈達には当たらないように炎も含めて細かな制御をしているが、安全性以前の問題としてその光景は確かに悪夢としか形容できない。

 ボロボロに焼け焦げた瓦礫交じりの空間に、砕けて向こう側が見える壁。慌てふためく人々が次々と倒れて消滅してゆく。

 彼らは夢から覚めて起きているだけなのだが、周りの景色も合わせると悲惨で不気味だ。


「……瀬里奈、怖いか? この光景」


「ひっ…… は、はい……」


「美愛ちゃん?」


「えー、あー。そうですね、ちょっと……」


 美愛の反応に危機感を覚えて慌てて火を消した。空間から赤みが消えて落ち着いた空気にはなったが、美愛の隣では腰の引けた瀬里奈が辺りを見回しながら未だ怯えたように震えている。

 が、深呼吸をした彼女が急に背筋を伸ばして私の顔を見つめた。


「なんて、冗談…… です。もう怖くありません」


「……なんだ、意地の悪い冗談だな」


「ふふ。アイドルとして、この光景を見て『気分が晴れた』なんて言うのはコンプラ的にちょっと危ないですから……」


 私の手を握った瀬里奈が目に涙を浮かべながらも笑顔を浮かべた。


「でも、とても嬉しかった。そして格好良かった。晃さんのステージ、一生忘れません」


「アイドルにそう言われるのは少し重いな」


「ふふ」


 変身を解く。周囲を見回すともう誰も居なくなっていた。

 悪夢は壊した。次は瀬里奈を救う番だ。


「ありがとうございます、晃さん」


 瞳に光が戻っている。心の傷を癒すのに時間はかかるだろうが、彼女を苦しめる者はもう居ない。

 じっくりと、時間をかけてやっていけばいい。


「お礼を言うのはまだ早い。その装飾品を外してさっさとこの世界を去ろう」


「そうですね。あと少しだけ、よろしくお願いします」


「ああ」


 手を離した瀬里奈が深々とお辞儀をする。

 頭を上げた彼女に頷きを返して、私たちはステージから降りた。

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