11話:特別な衣装

「……移動の時に暗くなるのは一緒なんですね」


 真っ暗な空間の中、美愛の声が反響する。

 思えばコロンの世界へ行った時も同様の現象が起きていた。


「そうみたいだな」


「もっと上手に繋げられればシームレスに移動できるんだけどね。始めて行く場所だと大体こうなるゆ」


「へえ。つまりは慣れですね」


「そゆこと」


 なんて話していると視界に光が戻った。

 今回の世界はこれといって違和感が無い。廊下のような空間が広がっていた。

 床を踏みしめた時の独特な感触や静かで空気が張り詰めているかのような感覚から、劇場の廊下であるように思える。

 この静寂が生む公演前の緊張感や独特の空気感は私も好きだ。わざわざ凝って再現する気持ちは少し分かる。そう思いつつ近くのドアを開けると、その先にも同じ様子の廊下が続いていた。


「これは劇場だろうな。夢の中にライブ会場を作ってるって事だろう」


「はえー、今は公演してないのかな? 何も聞こえないね」


「ホール、探してみます? 誰か居るかも」


 周囲を見回しながらコソコソと話していると不意に私達ではない誰かの足音が聞こえてきた。

 前方のT字になっている分かれ道の左側から聞こえてくる。こちらに近付いているようだ。


「二人とも、静かに。誰かこっちに来てる」


「おお…… 分かったゆ」


 口元に指を当てて目配せすると二人はコソコソと身を縮めて壁に寄った。


「どっちから来てるの?」


「前に見える分かれ道。その左側から」


「て、敵ですか? 逃げます?」


「敵と決まった訳では無いからなあ…… ここで待ってて、ちょっと見てくる。なんかあったら大声出して」


 コソコソしていたら自ら『不審者です』と言っているような物。毅然と対面し挨拶でもすれば一言二言言葉を交わせるかもしれない。そんな楽観的な思考で多少の緊張を殺しつつT字路へ出て足音の方へ顔を向ける。そこには四人の男が居た。大体私よりも少し上くらいの年齢に見える。


「こんにちは」


 挨拶をするとその四人は少しギョッとして立ち止まったが、すぐさまにこやかな表情を浮かべて会釈を返した。


「こんにちは。何かお困りで?」


「現在地がどこなのか分からなくなってしまって。館内マップってどちらに行けば見られます?」


「ああーっ…… 確かに入り組んでいて分かりにくいですよね。私たちが今来たこの道の突き当り、見えます?」


 四人が道の中央を開ける。指をさされた突き当りの壁を見ながら『はい』と頷くと彼は指の方向を動かして説明を続けた


「そこを右に、そしてその先は分かれ道が無いので道なりに進んで頂いて…… そうするとロビーに行き当たります。そこに館内マップが掲載されてますよ。マップが記載されたパンフレットも置いてあります」


「そうでしたか。ご親切にどうもありがとうございます、助かりました」


「いえいえ」


 笑顔で頭を下げると、その四人は唐突に私を取り囲んだ。


「──ところで、会員証か招待状はお持ちですか?」


 その表情には笑みも怒りも無い。ただ責務を遂行するだけのマシンになったかのように、何も無い表情で私を見つめていた。


「会員証、必要だったんですね」


 ナイフを取り出してこちらへとにじり寄る。巡回スタッフにしてはやりすぎだ。夢の中だから死にはしないと考えているのだろうか。


「あの、何も凶器を出す必要は無いんじゃありません?」


 両手を上げて敵意が無い事を示すも、四人の表情は動かない。それどころかジリジリと更に距離が縮まった。


「……」


「もしお持ちでないのなら──」


 会話にならない。これ以上は危険だと判断してエフェクトを身の回りに展開し、勢いをつけて放つ。

 魔力の衝撃をその身に受けた四人の男は壁へと叩きつけられ、白目を剥いてその場に倒れ込んだ。

 意識を取り戻すようであればもう一撃食らわせなければならない。そう構えながら様子を確認していると四人とも消滅した。


「ふう。 ……あ?」


 周囲に何も残っていない事を確認して振り返ると、壁際から顔を出している二人が見えた。

 コロンは少し残念そうな表情を、美愛は何か考えているような顔でこちらを見ている。


「……おい、待ってろって言っただろ」


「私は待っていようって言いました。でもコロンさんが……」


「むぅー! 晃ちゃんのむちゃかわ変身姿が見られると思ったのにぃ!」


 歩み寄ってきたコロンの頭を軽くコツンと叩くと『おぅっ』と可愛くない声を発して頭を押さえた。


「私とお前で美愛ちゃんを護らないとだろ。頼むよ」


「そ、そうだったー…… てへ」


 続いて私の側に駆け寄った美愛が床を見回す。


「それより、今消えた人達についてちょっと気になる事があります」


「ん?」


「彼ら、明晰夢の力で作られた物ではなく人間なのでは……」


 美愛がコロンへ尋ねるように顔を向ける。対するコロンは頷いて数秒前まで男達が倒れていた床を見つめた。


「そうだね。あの消え方、晃ちゃんの時と同じだったゆ」


「やっぱり…… だとすると無力化は出来ていないという事になりませんか?」


「……ふむ。起きちゃったって事だもんね」


 自分の頭を撫でながらコロンが私の隣に立った。


「すぐ寝てまたここにくるかもって事か」


「そうです」


「十分あり得る話だゆ。あの時の私みたいに夢の中で気絶しちゃうよりも、一度目を覚ましてからもう一度寝た方が復帰が早い。実際私も意図的に起きる事は出来るし、彼らも同じ事が出来るかもしれない」


「まずくないですか? 晃さんの顔、あの人たちに割れてますよね?」


「……館内マップを回収して身を隠そう。こっちだ」


 気配に警戒しながら紹介された通りの道へと歩き始めた。

 あくまでも落ち着いて。走って足音が立つと誰かが不審に思うかもしれない。


「ねぇ晃ちゃん、変身しておいた方が良くない?」


 後方にも注意を向けながら進んでいるとコロンが小声で声をかけてきた。


「さっきの人達は荒っぽい事する雰囲気だったし。また誰かに鉢合わせた時戦えるようにしておこうよ」


「私もそう思うんだけど…… 変身状態を維持するだけでも魔力は徐々に消費されるんだ。いざという時の為に温存しておきたいと思って」


「あー。そっかあ、そういうのがあるのかあ…… せめて私たちが明晰夢の力を使えれば一緒に戦えるのにね」


 試すようにコロンが手をかざす。当然ながら何も起こらない。

 コロンの一言に何かを閃いたように顔を上げた美愛が声を上げた。


「そういえば、晃さんって紙を使って色々作れますよね」


「ん、ああ」


「それで武器を作れば私達も戦えるのでは?」


「武器か。確かに作った後制御を解けばそれ以上魔力は使わなくて済むな」


 それに制御を解いた紙は消えるまで時間がかかる。一晩の夢の中で振るう武器としては特に問題は無い筈だ。

 銃などは打ち出す弾丸を都度作り出す必要があるが、コロンが使っていたフレイルのような物であれば作った後に追加で魔法を使う必要も無い。


「いいなそれ、試しにやってみるか。使いたい武器を言ってくれ」


「コロンちゃんと言えばやっぱりらぶりぃモーニングスターだよねっ」


「私は…… どうしましょう。武器よりも身を守れる物が欲しいです」


「分かった」


 手頃なサイズのフレイルと盾を作り、材質を変化させて制御を解く。

 それぞれに完成した武器を渡すと小さく頷いた。違和感なく手に収まったようだ。

 満足げにフレイルを弄るコロンから目を離して再び周囲へと注意を向ける。しばらく歩いている筈だが、まだロビーは見えてこない。


「結構遠いですね。本当にこっちで合っているんでしょうか」


「そもそも案内が嘘だった可能性もあるよな」


 会員制が基本の施設なら見知らぬ顔にも気付くだろう。あの四人は最初から私の事を侵入者だと前提付けていたのかもしれない。なんて予想を立てていると、道の終わりが見えてきた。

 そこにあったのは一つの扉だった。その向こうに何の空間があるのかは特に書いていない。


「言ってたら着いたね。この先にあるのかな?」


「待って、私が先頭を歩く」


 無警戒にその扉へと歩み寄るコロンを引き留めて一歩前へと出る。

 防御用のエフェクトを展開しつつ目配せで二人へ合図を出し、ゆっくりと扉を開けた。


「──うっ!!」


 人一人通れるかという隙間が開いたその瞬間、そこをすり抜けるようにナイフが私の顔面目掛けて飛んできた。


「後方警戒っ! 敵だ!」


 防御に弾かれたナイフが音を立てて床に落ちる。

 相手に先手を許してしまった。咄嗟に扉を閉めて展開していたエフェクトを体に纏う。


「は、はいっ!」


「挟み撃ちを仕掛けられているかもしれない! 前の奴は私が仕留める、二人は背後に敵が見えたら教えてくれ!」


「分かった!」


 変身を終えて扉を蹴り破ると、今まさに扉の取っ手を掴もうと手を伸ばしていた男と目が合った。


「なっ……!? 逃げてな──っ」


 予想外の出来事に遭遇したかのように目を見開いたその男の顔面に拳を食い込ませると、辺りからどよめきが聞こえた。周囲を確認すると七人の男がその場にいた。


「な、なんだこいつは!? なんで攻撃が通る!?」


 集団の後方に立っていた一人が走り去る。誰かに報告しようとしているのだろう。その男への追い打ちを図り紙を生成すると近くに居た二人の男が同時に攻撃を仕掛けてきた。

 滑らかなコンビネーションで放たれる蹴りを躱して反撃にエフェクトをぶつけるが、出力が足りずに決定打にはならない。


「ほぉう。なかなかやるね、お姉ちゃ──っ」


 私の身のこなしを見て使い手気分の一言を発した男を蹴り飛ばして黙らせる。

 残りは五人。先程のように全員纏めて蹴散らせればいいのだが、それをするには魔力を練って高出力で放出しなければならない。あれは不意打ちありきの技だ。


「……お前ら、さっきの奴らよりも無駄な言葉が多いな」


「どういう意味だよ、不気味な女だな……」


 今度はこちらから攻撃を仕掛ける。低い姿勢から床を蹴り一人、また一人と殴り伏せ蹴り倒してゆく。そして最後の一人の胸ぐらを掴んで魔法を使おうとした瞬間、背後で二人が叫んだ。


「来てる! 六人くらい!? もっといる!?」


「私達じゃ手に負えません!」


「こっちに走れ!」


 先程作り出した紙を男の額に当てて指先から魔力を放つ。バチンと電撃が走るような音を立てて崩れ落ちたその男を放り捨て、こちらへ駆けてきた二人を先導するように私も走り出した。


「すまん、一人逃がした。私達の存在はすぐにでもここの奴らに広まるだろう」


「うええっ! 超まず!」


「どのみちさっきの四人が戻ってきたらこうなっていたと思います。とにかく隠れられる場所を探しましょう!」


 走った先に十字の分かれ道が見えた。先程逃げた男の行先は分からない。もう諦めて隠れる事のみを考えた方が良さそうだ。


「分かれ道あるよ! どっち行く!?」


「あー、あー、ちょっと待って。えーっと」


 走りつつ先程男の額に当てた紙を確認する。


「右! 右だ!」


「よっし! 美愛さん、まだ走れる!?」


「はっ、はい……!」


 後方を振り向くと遠くに追手の姿が見えた。隠れるのならとにかく曲がって視線を切らなければならない。

 駆け込むように曲がった先には更なる十字路と、そこを直進した先に複数の扉があった。


「──っ、──っ!」


 追手に行先を悟られないよう声を出さず大袈裟に指をさして目的地を伝える。十字路を過ぎて二つ目の扉、倉庫だ。あの部屋であればここから見える扉とは別の出口がある。


「──! 分かりました!」


「そこだね!」


 二人が理解を示したのと同時に新たな紙を作り出し、エフェクトを纏わせる。


「リジェクションバースト!」


 その宣言と共に更に大量の紙を作り出し、三体の分身を作り出した。


「左! 今度は左だ!」


 十字路に差し掛かったタイミングで追手へ聞こえるように宣言をすると分身が私達と別れて左の道へと走って行った。


「よし、急げ!」


 追手が曲がってくる前に何とか目的の扉に辿り着き、音を立てずにその中へと入る。

 しばらく息をひそめていると、分身を追うように足音が去って行った。


「……ふうぅ」


 変身を解いてその場に大の字に倒れ込む。ルーベンスが作ったリジェクターの力は"一人一人は弱いがキリが無い"という敵に対して弱い。この世界においてはあまり戦闘を長引かせるべきではないだろう。消費した魔力は全体で見るとさほど多くは無いが、今後の事を考えると暫く休憩したい。

 額の汗を拭いながら呼吸を整えて身を起こすと、私の手にある紙を不思議そうに眺める美愛とコロンの姿が目に入った。


「これ、フロアマップですよね。いつの間に手に入れたんですか?」


「これか。さっき…… ふう」


 もう一度深呼吸しながら二人に紙を手渡すと特に美愛が不思議そうな表情を浮かべて紙面に目を凝らした。


「さっき男の額に紙を当ててたの覚えてるか?」


「あのバチッってなってたやつ?」


「そう。その時にあいつの記憶の中にある建物の情報を印刷したんだ」


 ありのまま伝えると二人は関心よりも少し呆れたような表情を浮かべた。


「そんな事まで出来るんですか……」


「なんか、何でもありじゃん」


「紙に関する事だけな」


 会話をしつつも美愛が記載してある情報を読み込む。

 そしてマップを床に広げて一点を指差した。


「あの…… 今のうちに次に行く場所を決めておきませんか?」


「ああ、そうしよう」


「ブラブラしてらんないもんね。賛成っ」


 今の私達は追われる身だ。今後の動きやすさを考えると美愛の言う通りあらかじめ目的地を決めておいた方が良いだろう。


「まず、現在地がここで…… 瀬里奈さんが居そうなのはこの二つだと思います」


 現在地から指を離し、次に二つの部屋に指先を置く。一つは楽屋、もう一つはホール及びその脇から入れるステージ控室だ。


「ここから近いのはホールです。でも広く視界の良いホールの中では隠密行動は難しい」


 ドアの方を一瞬気にした美愛が再び紙に視線を落とす。生憎この扉には鍵が無い。


「公演中では観客が、そうでなくてもこの騒ぎなので誰かこの施設の人間が居る筈。多少強引に行けば突破できるかもしれませんが、その結果『こっちには瀬里奈さんが居なかった』なんて事になったら目も当てられません」


「この部屋へ戻るにしても相当骨が折れそうだね」


「はい。実質晃さんしか戦えないような状態で強引な手段に出るのは危険です」


 そう呟いた表情がなんとなく胸に引っ掛かった。出発前にも言っていた足手まといになる事を気にしているのだろうか。

 瞬時に表情を戻した美愛が次に楽屋を指差して説明を続ける。


「対して、楽屋に行くのであれば隠れつつゆっくり行けば比較的危険度は低いと思います。マップも手に入れた事ですし、見つけられなかった時のリスクも小さいです」


「つまりはホールを後回しにするのが安全って事だね」


「そうだな。とりあえず楽屋を目指してみるか」


 美愛に微笑みかけると彼女は安堵したように小さく息をついた。


「美愛ちゃん」


「はい?」


「今後もマップは美愛ちゃんに任せていいか? 現在地の把握も早かったし。適材だと思うんだ」


「へ、は、はいっ! おまかせください!」


 くしゃりと胸元にマップを握りしめた美愛が喜びと驚きが混ざったような表情を浮かべて肩を震わせる。

 彼女を気遣って任せたのではない。実際、道を決めて案内してくれる役割の者が欲しいと思っていた所だ。私一人で行動も戦闘も担当していてはいずれ失敗を起こしそうな気がした。

 彼女は懸念も含めて物事を見通し、状況に沿った計画を組み立てる事が出来ている。行動を決めるのは彼女が適任だ。


「……にしてもこの騒ぎ、どうしたもんかな」


「ここが瀬里奈さんの世界ならあの人たちを従えてるのは瀬里奈さんって事になりますよね」


「瀬里奈ちゃんに会って交渉する?」


「うーん、不法侵入したのは紛れもない事実だし上手く行くかは分からないな」


「交渉決裂したら私達はもう立ち去るしかありませんね」


 美愛が改めてマップを見る。

 『望まない昏睡状態であるのなら助けたい』とか、『昏睡から覚める手掛かりを』とかもっともらしい目的を掲げてはいるが、今の私達は秩序を乱す悪者だ。

 『美愛の例があるから』『カムトマジナが怪しいから』と言っても、『ここが瀬里奈の理想の世界である』という可能性は否定できない。彼女の意志が分からない現状においてこれ以上場を荒らすのは良くないだろう。


「……楽屋に居なかったら一旦帰るか」


 使命感すら感じていた自分が恥ずかしい。一度頭を冷やす必要がある。


「え……? 帰っちゃうんですか?」


「向こうにとっても私たちにとっても騒ぎを大きくしすぎるのは良くないだろ」


「一理あるね。よいちょ」


 フレイルをジャラジャラと鳴らしながら立ち上がったコロンが倉庫の中をあちこち歩き始めた。一応周囲を確認したが監視カメラや警報機の類は無い。


「何やってんだ? コロン」


「情報収集ー」


「倉庫の中で?」


「そう。倉庫に詰め込まれている物こそ、その建物の実態を表す物証となるのですよ。晃ちゃん」


 一理あるとは思うが、だとしても勝手に物を弄るのはあまり感心できない。

 物色できそうな物は主にダンボールのみだが、あまり好きにさせるのは良くないだろう。


「あんまり弄るなよ」


「はーい」


 とはいえコロンの中の人はもう成人済みの大学生だ。弁えるべきラインは分かっているだろう。

 そう信じて美愛と共にマップを覗き込んで今後の行動のシミュレーションを巡らせていると、扉の前で立ち止まったコロンが声を上げた。


「ねえねえ、この扉『衣類』って書いてあるゆ。ウォークインクローゼットみたいな感じかな?」


「へえ! 私もちょっと気になります」


「衣類に触るのは流石に好き勝手やりすぎだろ。やめといた方が良いんじゃないか?」


「むふふ。ちょっと見るだけだから大丈夫…… ──っ」


 そろりと扉を開けて中を覗いたコロンの表情から笑みが消えた。

 驚愕の声を上げる訳でもなく、恐怖に震える訳でもない。ただ笑う事をやめた彼女はそっとその扉を閉じた。


「ど、どうしたんですか?」


「……まさか、あの子はこんな物を使──」


 コロンが自問を始めたその瞬間、扉の外から足音が聞こえてきた。


「奥へ」


「は、はいっ」


 咄嗟に合図を送り、一歩前へ出てエフェクトを纏い変身をした。

 振動は複雑ではない。一定の周期で響く足音をはっきりと捉える事が出来ている。恐らく相手は一人しか居ない。

 そして、その足音は私達が居る部屋の前で止まった。


「……」


 右手を握りしめて瞬時に拳を放てる姿勢を作ると直ぐに扉が開かれた。

 飛び込んできたその人物の顔面めがけて拳を突き出したその瞬間──


「ッッ!! きゃあああああああああああぁっ!!!」


 脳を貫く悲鳴が耳に飛び込んだ。


「う……っ!? おまっ!」


 殴ろうと突き出した拳を開いて口を押さえる。そして背後に回り足で扉を閉じた。誰かに聞かれていなければいいのだが。


「むーっ! むーっっ!!」


 暴れる何者かを抑えようと必死になりながら手助けを求めてコロンへ目配せをする。しかし彼女は酷く深刻な表情を浮かべて私たちを見ているだけだった。美愛も何やら唖然とした表情を浮かべている。


「こ、コロン! 手伝ってくれ……!」


 冷や汗をかきながらコロンを呼ぶと彼女はゆっくりとこちらへ向かい、今まさに暴れている何者かを包み込むように抱きしめた。


「晃ちゃん、離してあげて。私に任せて」


「え? ああ、頼む」


 離れると、侵入してきた何者かは嗚咽のような声を上げ始めた。


「う、うあぁあっ、あぁ……っ」


「大丈夫」


 そのうめき声からは恐怖や絶望、そして諦念を感じさせた。

 それでも体は抵抗を続けている。抱きしめるコロンを押しのけようと、もぞもぞと腕が動いている。


「やめ、許して…… 私……っ」


「落ち着いて。瀬里奈ちゃん」


「えっ?」


 一瞬、コロンの口から出た言葉を理解できなかった。

 どういう事かとコロンの肩越しに顔を確認すると、私の記憶にある望月瀬里奈本人がそこに居た。

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