7話:明晰夢の力

「まずはやっぱり"扉"だね。えいっ」


 コロンが指を鳴らすとポップな効果音と共に紙吹雪と黄色い煙が弾け、先程も見た扉が現れた。

 三人揃ってその扉の前まで移動するとコロンは装飾のリボンを結びなおしながら説明を始めた。


「扉は明晰夢を見ている人一人一人が一つずつ持ってるみたい。コロンのはこの超らぶりぃな扉! 美愛さんのはあの超デッカイやつだろうね。コロンの世界に来た時も帰る時も使ってたから」


 遠くに見える巨大な扉をコロンが見やる。同じく巨大な扉に視線を向けた美愛は興味と納得を表情に浮かべた。


「なるほど、あれが私の……」


「晃ちゃんの扉は?」


「私のは……」


 夢に入ってから目に入った扉と言えば、美愛の大きな扉とコロンの飾りつけされた扉の二つのみだ。自分の扉というワードに関して思い当たる物で言うと魔法少女の仲間だった深悠みはるから受け継いだ鍵の能力があるが、それとは別だろう。


「分からないな、まだ見てすらいないかもしれない。どうやって出すんだ?」


「出てこーいって思えば呼び寄せられる筈だゆ」


「……出ない」


 言われた通り念じてみても全く反応が見られない。

 諦めて首を振ると悩むように唸ったコロンが美愛の扉を見つめた。


「私の教え方が悪かったかな…… 美愛さんは出来る?」


「やってみます」


 美愛が遠くの巨大な扉を見つめ、胸元に手を握った。すると遠くにあった筈の扉が一度消えて目の前に出現した。


「うわっ、びっくりした」


「美愛ちゃんは出来てるな。じゃあコロンの説明に不足がある訳ではないか」


「そうだねえ。晃ちゃんは魔法少女だし、なんか根本からして他と違うのかも」


「……」


 精神的な何かに起因しているのだろうか。"悪夢を見る事"を恐れていたが故に自らの夢に因む物が呼び出せないという事はあり得ない話ではないだろう。

 コロンも似たような考えに至ったのか、それとも私の考えが表情に出ていたのか、彼女が少し心配そうな眼差しをこちらに向けた。


「まあ、そのうち何が原因か分かるだろ。説明を続けてくれ」


「……うん! 扉の制御は夢の中を動き回る上で必要不可欠のワザになるからね。これが分かっていないと行き当たりばったりで総当たりの虱潰しになっちゃう!」


「総当たり…… つまり上手く使えば目的地へ直接行けるって事ですか?」


「その通り!」


「じゃあコロンさんがここへ来られたのもその"ワザ"を使ったからって事ですね」


「そう。一回行った場所なら思い浮かべていれば行ける。これが基本だゆ」


 コロンが頷く。それと同時にポケットから焦げた紙切れを取り出した。恐らくは私が攻撃する際に作り出した"爆発する紙飛行機"の残骸だろう。


「次に応用編! 襲撃した時にここへ辿り着けたのはコレがあったから!」


「なんですか? それ」


「私の魔法の残骸だな」


 手に紙を作り出し発火させる。そして残った燃えカスを美愛に見せた。

 自然消滅はするが、制御を解いてから消えるまで結構時間がかかる。今まさにコロンが持っているように、消える前に相手の手に渡る事も当然ある筈だ。


「コロンは私たちが帰った後自分の世界に落ちていたのを拾ったんだろう」


「そう。こんなふうに"会いたい相手に深く関連する物"を手に入れれば知らない場所だろうと相手の居る場所へ繋がる…… 繋がっちゃうの。晃ちゃんのその魔法は敵に尻尾を掴ませる行為にもなり得るから要注意だね」


 深刻そうに告げる。敵対していた時のコロンと同様に、目ざとく手掛かりを発見する者はそれなりに居るのだろう。

 美愛の不安そうな視線が刺さる。今は和解しているとは言っても、この空間にコロンが攻め込んできた出来頃は美愛の心に爪痕を残していてもおかしくない。


「……別の攻撃手段を考えないとな」


 今までの戦いでは戦闘後に残った紙切れの処理など考えていなかった。時間をかければ消滅する性質上環境への影響は無いし、私が出した紙切れを用いて追ってくる敵だって居なかったからだ。

 だが夢の世界での戦闘は今まで通りにはいかない。戦いに不慣れな者が近くにいる以上、神経質になる必要がある。


「紙以外の、何か……」


 結花から受け継いだ光の能力であれば痕跡を残さずに戦えるが、正直使いたくない。

 なんとなく彼女を冒涜するかのような、彼女の眠りを乱してしまうような気がする。

 それに仲間の魔法を使う度に私は彼女らの死を認識して、いちいち過剰な程に向き合ってしまうだろう。

 だから使いたくない。


「エフェクトをメインに使うか? 強度足りるかな……」


「あの、戦う事が前提なんですか?」


「……ん、いや戦う羽目になるような相手には用心しなきゃって意味だよ。今の所進んで戦うつもりは無いから大丈夫。もう怖い思いはさせないから安心して」


「晃さん……」


 強度に不安は残るが、敵のテリトリーで戦う場合はエフェクトをメインに防御主体で戦うのが良さそうだ。あるいは早々に奥の手リジェクションバーストを発動させて敵地に留まったまま徹底的に戦うのも悪くない。そうすれば尻尾を握られるなどといった問題を気にする必要は無くなる。倒した後に紙切れの掃除をすれば敵の仲間が私の手掛かりを手に入れる事も無い。


「──『もう怖い思いはさせないから安心して』。っっきゃーっ! コロンにも言って!」


「っ! おい、茶化すな!!」


 考えを纏めた所でコロンの茶々が入る。反射的に苦言を呈すと彼女はにこやかな顔で自分の扉を消した。


「ふふ。つまるところ相手が残ちた手掛かりさえ手に入れれば一気に目的の相手に会いに行けゆの。晃ちゃんがさっき言ってた子もそれで会いに行けると思うゆ」


「……」


 否応なしに流れを戻された事によって強制的に考え事も次の段階へと移った。


「はあ、そうか」


「"さっき言ってた子"? 何の話です?」


「望月瀬里奈ってアイドルが昏睡状態から目覚めないってニュースを現実で見てな。仮に美愛ちゃんと同じく明晰夢を見ながら昏睡しているのなら、接触できれば目覚めさせる手掛かりが掴めるかもって思ってコロンに声をかけたんだ」


「なるほど……! でもコロンさんの話だと瀬里奈さんに関係する物を手に入れないと会いに行くのは難しいんですよね」


 明晰夢の中で瀬里奈に会いに行くとなると、彼女に関連する物が必要になる。

 だが、そんな物は当然持っていない。アイドルであれば直筆サインやグッズなど思いつく物はいくらでもあるが、現実ですらもそういった品は持っていない。手に入れようとしても一筋縄ではいかないだろう。


「そうだなあ。ううん…… まあ、この事は後で考えるか。コロンにはもう一つ説明してほしい事があるんだ」


「うん。丁度私ももう一つだけ言おうとちていた事があるんだ。テリトリーと明晰夢の力の事でちょ?」


「そうだ。コロンの世界では美愛ちゃんは明晰夢の力が使えなかった。それって他人の世界だと自由に力が使えないって認識で合ってるか?」


「当たらずとも遠からず。基本的にその認識で問題ないゆ」


 コロンが掌に二足歩行の小さな猫の人形を作り出した。


「実際美愛さんは私の世界で力が使えなかった。でも私は美愛さんの世界で力を使えている」


 地面に落とされた人形が綺麗な宙返りをしながら着地し、よたよたとコロンの足元まで歩いてゆく。


「この差は単純に、"自分の世界を丸ごと制御しているかどうか"って所から生じるんだ」


「世界をまるごと…… というか、そもそもここが"私の世界"だなんて思いもしませんでした」


 美愛が辺りを見回す。この世界に何もない所や美愛の反応から察するに、コロンの言う"丸ごと制御"はしていないようだ。


「今日から色々やってみるといいよ! コロンはカスタマイズ大好きだから自分の夢の世界は隅から隅まで工事してるの! そのついでに自分以外には力が使えないように、そしてコロンが最強になるように設定してるんだゆ」


「そういう事か…… にしても"最強"かあ。随分と好き勝手してるんだな」


「うん、だってコロンの夢だもん。 ……でも魔法が相手だとその設定は効果が無かったみたいだね」


 自嘲気味にコロンが笑う横で美愛は思案するように顎に手を当てた。


「……でも魔法じゃなく明晰夢の力同士でぶつかる場合は重要な自衛の手段になりますよね。どの人も自分の世界ではそのような設定をしているのでしょうか」


「まさに自衛の為にやってる人が殆どだと思う。美愛さんもやっといた方がいいかも」


「分かりました」


 明晰夢の力の扱いには慣れているのだろう。特に説明も受けないまま念じるように瞳を閉じると美愛の身体からオーラのような物が放たれた。

 私たちの周囲に白いインテリアの数々が現れ、観葉植物が唯一の色として空間に表情を与え、最後にコロンの脚にじゃれていた人形がパタリと倒れて動きを止めた。


「これでよち、だね。一先ず伝えておこうと思ってた事はこれでおちまい!」


「ありがとうな、コロン」


「ふふん、お安い御用。よいちょ」


 コロンが人形を拾い上げる。その姿を見ていた美愛は少し悲しそうな表情を浮かべ、焦ったように瞳を閉じた。


「……ん? 美愛ちゃん、どうした?」


「ちょっと、気になってしまって……」


 もう一度念じるように胸元で手を握る。

 すると人形はコロンの手の上で再び立ち上がり、肩に跳び移った。


「あれ、起きた。美愛さん、解除しちゃったの?」


「いえ、コロンさんと晃さんだけ除外って感じにしました。 ……その、お二人は私の世界でも力を使えた方がいいですよね。何が起こるか分からないし」


 美愛がコロンから視線を逸らすように私を見た。


「いいの? 晃ちゃんはともかく、コロンはここで乱暴な事したんだよ?」


「……すみません。理屈っぽく言いましたけど、そのお人形さんが可哀想に見えちゃっただけで他の事は何も考えてませんでした」


「……ふふ、そっか」


 何故か嬉しそうに笑ったコロンが手に人形を乗せ、美愛へと差し出した。

 柔らかな黄色の身体に黒くて真ん丸な目、そしてほんのり赤くふっくらとした頬がなんとも可愛らしい。


「この子を気に入ってくれたんだね」


「は、はい」


「じゃあ今日からこの子は美愛さんの子だね。名前も美愛さんが決めて!」


「えっ? な、いきなり…… うわっ!」


 コロンの手から美愛の頭へ跳び移った人形が毛繕いのような仕草を始めた。

 見た所コロンによる制御とは別に独自の意志を持っているようで、自らの顔を擦ったり寝転んだり、自由そのものだ。

 その様子を優しい眼差しで見つめていたコロンは最後に一度人形を撫でると、美愛と目を合わせた。


「……よし。私が居なくても美愛さんが近くに居れば動くようにしたから。これで正真正銘、この子は美愛さんの世界に住む住人って事で、ね?」


「いいんですか?」


「うん。説明用に即席で作り出しただけの子だから。本来であればあのまま"お片付け"、するつもりだったんだゆ」


「"お片付け"ってまさか……」


 コロンがニコニコと笑ったまま頷く。


「……分かりました。私が責任を持って面倒を見ます」


「お願いね」


 美愛が頭に乗った人形を慎重に持ち上げ、その顔をじっと見つめる。

 唸り声すらも上げずにジッと凝視した末に彼女は小さく口を開いた。


「貴方の名前は──




 目が覚めた。

 窓を閉めていた影響で空気が留まり、部屋中がかなり蒸し暑くなっている。

 時刻は朝の10時40分頃。寝汗で濡れた肌着をパタパタとさせながら窓を開けると、夏休みを謳歌する子供たちの声が聞こえてきた。


「……いいところだったのに」


 夢の世界の説明が終わって動き出そうとしていたタイミングでの起床、そして美愛の名付けも聞きそびれた。二重で残念な目覚めだ。


「奏、起きてるかな……」


 最後の方では酔いが覚めているように見えたが、飲酒をした後の睡眠は長くなりそうなイメージがある。実際は眠りが浅いとか聞いた事もあるが。

 とりあえず、現実は現実で出来る事がある筈だ。とりあえず通話はかけずにメッセージのみを送った。


「……ふう」


 扇風機をつけて机に座る。

 今回の夢は悪夢障害の治療として日記に書き残す意味があるのかどうかよく分からないが、こういうのは習慣化するのが大事なので例外は極力設けないようにしたい。だから今回は知った事のメモとして書いておく事に決めた。


『8月12日 夢日記 コロンから色々と説明を受けた。明晰夢の中で他の世界に行きたいのなら"扉"を使う。一度行った場所であれば簡単に繋げられるが、特定の誰かに会いに行きたいのであれば、その相手に関係する物を入手する必要がある。

 次に、"明晰夢の力"は自分自身の世界に居る限りは言葉通り自由自在の力に成り得そうだ。私が持つ魔法の力は何故かその力に影響されないようだが、だからと言って優位に立てる訳じゃない事はコロンとの戦闘を経て十分に理解している。これまで通り、絶対に油断をしてはいけない』


「こんなもんかな」


 汗が乾いてきた。が、心地が悪い。

 シャワーでも浴びようかと思いながらミサンガを外し、ノートを閉じた。

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