3話:越境

「うわ!? こ、これってさっきと同じ……!」


 暗闇の中で美愛が慌てたような声を出す。

 あの巨大な扉を用いて移動する際にこうなるのだと察しは付いた。つまりこの現象は一度経験済みだ。これそのものに危険が無い事は分かっている。

 しかし状況は先程と違う。


「まだ人形とかコロンが居るかもしれない。私の傍に居て!」


「わ、分かりました!」


 敵もこの場に巻き込んでいる可能性がある。

 美愛の手を握り、エフェクトを展開し直して気配を探る。殺気は感じない。撒けたのだろうか。


「……」


「……」


 呼吸をひそめて待つ事数秒、ようやく視界に光が戻った。

 最初に居た真っ白な空間が広がっている。無事に帰ってこられたようだ。


「っ、も、戻って来れた……?」


「そのようですね…… はあっ、怖かった……」


 美愛が脱力するようにその場に腰を下ろす。その隣に私も腰を下ろした。

 思いの外疲れた。相手も一応は人間であるはずなのに、魔法少女として化け物を相手にしていた時と同様の緊張感があった。人としての理性を持った上で襲い掛かって来るという事実が必要以上に精神を摩耗させている。変身前の状態で戦っていたという事も影響しているのだろうが。


「大丈夫だった? 怪我とか、気持ちとか。結構怖かったな」


「はい、怖かったです…… でも、大丈夫です。怪我は無いので、気持ちを落ち着ければ…… ふうう」


 深く息を吐いた美愛が自らの鼓動を確認するように胸に手を当てた。そのまま数度の呼吸を以て全身の緊張を解くと、私の方へ視線を向けた。


「ふう…… 晃さん。先程の話の続きを聞かせてほしいのですが」


「随分と切り替えが早いな」


「落ち着いたら説明していただけるって話でしたから」


「まあ、そっか。じゃあ大雑把になるけど説明するよ」


 その場に立ち上がり、防御に使っていたエフェクトを再び展開する。


「改めて、この五線はリジェクションエフェクトという力。説明が難しいけど、私の魔力を無加工のまま具現化させた物」


「魔力って…… はー、まるで別世界の話ですね」


 次にコロンとの戦いで何度か生成していた紙を出して見せる。


「この紙は"アイテム"。その人の内面が実体として現れた物。人によっては何かの鍵だったり、光そのものだったり、剣だったりもする。そうやって発現したアイテムを自分の能力として用いて戦っていたんだ」


「じゃあそれはただの紙じゃないんですね」


「そう。ただの紙としても使えるけど、ただの紙じゃできない事だって沢山できる。爆発もするし」


「それで、そんな力を持ってる晃さんは一体何者なんですか?」


 結局はそこが一番気になっていたのだろう。疑問を素直にぶつけてきた美愛はジッと私の瞳を見つめていた。


「……"リジェクター"。いわゆる魔法少女みたいなもの。皆で"ハミングマーチ"ってチーム名を名乗りながら怪物と戦ってた」


「魔法少女って実在するんだ……」


「疑わないの?」


「私そんな天邪鬼じゃないですよ。説明に加えて実演も見せられているんですから」


 美愛が立ち上がって私に歩み寄る。


「ところで、魔法少女って事は…… 出来るんですよね? "変身"」


「まあ、できるけど」


「見せて下さい!」


 キラキラとした目で見つめられる。そういう要求はされるだろうなと思っていた。


「……いいよ。丁度コロンの奇襲に備えようと思ってたし」


 エフェクトを展開し、自らの身体に纏う。

 ありのままの魔力が私の服装と髪型を変え、瞳と髪の毛の色までもを変化させてゆく。


「わあ……」


 変身が完了した。

 胸元のリボンと赤いケープ、それと赤いコルセットジャンパースカートと背面の腰元にある大きなリボンが特徴的な衣装だ。当然の如くリボンにはレースが施されており、スカートとインナースカートはフリルでフワフワのヒラヒラだ。

 頭には翼の飾りつけをされたカチューシャがあり、頭髪は不服にもコロンと同じツインテールに纏められている。

 つくづく思うが、私には似合わない姿だ。可愛い系よりも厳つい系の方が私にはお似合いだろう。


「……」


「何か言えよ」


「とっても可愛い!!」


「──っ!」


 声が辺りに響く。

 咄嗟に背後を振り返るとやはりコロンが居た。側にはヘンリエッタとクリムヒルデと呼ばれたウサギとクマの人形が立っていた。


「コロン……! 美愛ちゃん、私の後ろに」


「どうやってここに……?」


 戸惑いながらも私の背後に美愛が隠れるとコロンは笑顔を浮かべながら手でハートを作った。


「貴女だって扉を使って"移動"ちてたのに。何も知らないんだぁ。本当に、なぁんにも」


 手からハートの弾が放たれる。それをエフェクトで防ぐと体全体に振動が走った。


「ぐっ!? 威力に特化させることも出来るのか!?」


 追い打ちをかけるようにクマの人形が殴りかかって来る。それに拳をぶつけ合わせて殴り飛ばすとクマの影からウサギが飛び蹴りを放った。


「っ、らぁっ!!」


 咄嗟にエフェクトで受け止める。すると再び全身に振動が走った。


「重すぎだろ……っ! たった一撃で亀裂が……!」


 クマが起き上がり、ウサギと共に乱打で攻め立てる。

 一方でコロンは必死に攻撃を受け流す私を恍惚とした表情で眺めていた。


「フフ…… ふふふふうふふ。ああ、本当に可愛い……! 何としてもお仲間にしたいゆ、晃ちゃん…… ちょっとずつ脱がしてみたい……」


「はあ!? きっも!! きっっっも!!!」


「あっ、ち、違う! 衣装の構造が見たいって意味!! えっち!!」


「だとしてもお断りだ!」


 両手に紙飛行機を作り出して一斉に投げる。近くに居たクマとウサギはそのまま爆風に巻き込まれて動かなくなった。


「ああっ、ヘンリエッタとクリムヒルデが黒焦げ……!」


 が、離れた位置から見ていたコロンには爆風が届いていなかった。

 黒焦げになった二つの人形を見て、その表情に怒気を巡らせたコロンは棘付きの鉄球を鎖で棒に繋いだ凶器を作り出した。


「この"らぶりぃ・モーニングスター"で同じ目に遭わせてあげゆ!!」


「それはモーニングスターじゃなくてフレイルだろ!」


「モーニングスターはお星ちゃまだから可愛いのっ! 可愛ければいいのっ!!」


 凶器に火が灯る。よく見ると鉄球がハート形だ。


「覚悟っ!!」


 既に亀裂の入っていたエフェクトに鉄のハートがガンガンと打ち付けられ、砕かれてゆく。滅茶苦茶でありながらも徐々に追い詰められているのが分かる。

 攻撃に転じて流れを支配できれば良いのだが、コロン本人に隙があっても奴は人形の能力を扱える。美愛の守りを疎かにするのは得策ではない。


「……っ」


 攻撃を防ぎつつ、カーブする折り方で作った紙飛行機を投げる。


「ふふっ、見えてる見えてる」


 弧を描くように飛んだ紙飛行機がコロンの背中に迫るが、ハートの弾で迎撃された。


「……ちっ」


 手元だけじゃなく離れた所に武器を作り出せればいいのだが、その魔法を使うには少し隙が必要だ。


「防御崩れちゃったねえっ!! うっふふふっ!!」


 コロンがフレイルを振りかぶる。

 一か八か。間に合うかも分からない奥の手を試みて再びエフェクトを展開すると私の背後からコロンに向けてハート型の弾が飛んだ。


「ばぶぅっ!!?」


 もろに命中したコロンが後方へと吹き飛ばされる。決定打にはなっていないようだ。


「何だ、今の……」


 振り返り背後を確認すると、そこには手でハートを作って顔面蒼白になった美愛が立っていた。

 突然の敵襲ですっかり頭から抜け落ちていたが、ここはもうコロンのテリトリーではない。美愛が明晰夢の力を使ったようだ。


「はぁっ、はぁっ、ほほ本当に、で、出ちゃった……!」


 呼吸を乱してガタガタと身体を震わせている。その様子を見ていると、ルーベンスをこの手で殺害した時の事を思い出した。

 恐らく、彼女は今初めて意思疎通の取れる他者を攻撃したのだろう。

 あの時の私と違い、美愛には殺すつもりは無かった。その意志の通りコロンは平気そうだ。だが、自らの手で恐ろしい事をしてしまったような気でいるのだろう。


「美愛ちゃん、落ち着──」


「私の真似…… するな……!」


「っ!」


 顔に影を落としたコロンが美愛を睨みつける。

 その眼光を真正面から見てしまった美愛は心の底から震え上がるように背筋を強張らせた。


「っ、コロン! そこで待ってろ! 私が相手だ! この子を睨むな!!」


「……はあ、確かにちょっと頭に血が上りすぎてたかも。 ……こんなの私じゃない」


 むくりと起き上がったコロンが自らを鎮めるように額に手を当てる。目を瞑っているため美愛にはもう視線は向いていない。


「あ、あき、らさんっ、私……っ!」


「大丈夫、もう大丈夫だ。ありがとう、よく頑張ったな。おかげで私の超強い必殺技の準備が出来た」


 対する私はコロンから視線を外さずに、安心させるように美愛の肩に手を触れた。


「……怖けりゃ泣いてもいい。涙を拭う頃には全部終わらせるから」


「う、うぐ……」


「本当に、よく頑張った」


 正直助かった。美愛の攻撃が無ければあのまま勝敗が決していただろう。


「……ふふ、本気になっちゃったんだ? "超強い必殺技"、どんなものか見せてごらん?」


 アイテムにエフェクトを纏わせる。

 自らの身体に魔力を纏わせる"変身"と同じように、今度は自らの内面たるアイテムに力を巡らせてゆく。


「リジェクションバースト……!」


 その宣言が引き金となって起こるのは言わば真の変身。能力の覚醒、もとい完全化だ。

 紙が赤黒い光に包まれる。それに伴って私の身体にも同色のオーラが宿った。

 膨大な魔力が迸り、乱気流の如く空間を揺らす。


「"クラフト"!!」


 大量の紙が宙を舞う。それぞれがクシャクシャと形を変えて組み合わさり、大量の"紙の燕"が出来上がった。


「ペーパークラフトってやつ? 数はすごいけど、どっちにしても紙なんかじゃ私の力には敵わないと思うゆ」


「この魔法でボコボコにされるような奴は皆そう言うんだ」


 一斉に紙の燕が突撃する。それに対してコロンも大量のハートの弾を放って一つ一つを迎撃してゆく。


「ふふふうふ、威勢は良いけどやっぱり相性最悪なんじゃなぁい?」


「"クラフト"ッ!!」


 爆炎が広がる空間の中、更に魔法を発動して新たなるペーパークラフトを作り出す。


「ふふっ! 今度は何を作っ── うぐっ!!?」


 コロンの腹に蹴りが放たれる。

 煙幕の中から姿を現したのは三体の"私の分身"だった。


「な、なっ!? そんなのあり!?」


「元よりルールなんかねえだろ! やれ!!」


 紙で作られた真っ白な分身達が浴びせるように攻撃を重ねてゆく。

 流派も技も何も無い。速さと手数に物を言わせただけのデタラメな喧嘩殺法だ。


「蹴り上げろ!!」


 連撃で十分に姿勢を崩し、その締めに腹を蹴り上げてコロンを空高くへと浮かす。


「──っ、が、あ……っ!」


「トランス・バズーカ!!」


 魔法のトリガーとなる言葉を叫ぶと分身達がバラバラの紙に戻りバズーカ砲の形へと再構築され、自由落下するコロンへとロケット弾が放たれた。


「ぐうぅっ!! こんな、こんな可愛くない攻撃でえぇっ!!!」


 回避行動すらも取れないコロンが悲痛な叫びを上げる。

 

「……」


 その叫びを聞きながら美愛へと歩み寄り涙を拭うと、背後で鼓膜を突き破るような大爆発が巻き起こった。




──────────


 数分後、落ち着きを取り戻した美愛は明晰夢の力で作り出したハーブティーを飲んでいた。


「ありがとうございました、晃さん。足を引っ張ってしまってごめんなさい」


「いや、私こそごめん。戦う事になった原因は私にあるし、怖い思いもさせちゃった。君は巻き込まれただけだよ」


 自らの夢の解析ばかりを気にして些か後先考えない振る舞いになっていたように思う。もう少し上手いやり方があったような気がして自分が恥ずかしい。

 私の言葉を聞いて少し俯いた美愛はハーブティーを一口飲んでコロンの方へと目を向けた。


「あの方、どうするんですか?」


 コロンは今気絶している。

 黒焦げになったクマとウサギだけは既に意識を取り戻しており、コロンを介抱するように頭を撫でていた。進んで争うたちではないらしい。


「起きるまで待つつもり。ちょっと話がしたい」


「お話ですか…… そうですか……」


「大丈夫、少し私に任せてほしい」


 美愛が不安そうな表情を浮かべた。

 私は既に変身を解いているが、コロンの手足は私の魔法で拘束している。一度戦闘無しの落ち着いた会話が必要だろう。"夢を見る度に遭遇して戦闘する"なんて関係になったらこの上なく面倒だ。


「ん…… あ、れ……?」


 丁度良いタイミングでコロンが目を覚ました。

 緊張した表情を浮かべる美愛にエフェクトを纏わせて席を立ち、コロンの目の前で膝を折って目線を合わせると彼女は自分が拘束されている事に気付いて焦り始めた。


「な、なに……っ?」


「お話、しようか」


 両手を見せて武器が無い事を示すとコロンは困惑しながらも落ち着きを取り戻した。


「何の話……?」


「"お仲間"についての話だよ」


 コロンが唇を噛む。まだ会話は少し難しいのだろう。それならばと立ち上がり、自らの身体にエフェクトを纏って改めて変身をした。


「あ……」


 目の前でふわりと揺れる私のスカートを見たコロンは見惚れた様子で私の衣装を眺めた。

 やはり彼女は魔法少女としての私の衣装がお気に入りのようだ。この姿で居た方が素直に話を聞いてくれるかもしれない。


「コロンは同じ趣味の仲間を作りたいんだよな?」


「そ、そう。そんで一緒にコロンの夢の世界を充実させたいの……」


「その目的自体は楽しそうで良いと思う」


「ほ、本当……!?」


 コロンが目を見開く。一応は私も本心を話している。自らの夢を良い物にしたいという目的そのものは私も同じだ。


「本当だ。でも強引に仲間にしようとするのは良くないだろ」


「……まあ、そうだけどーっ…… うーん……」


 申し訳なさと葛藤が混ざったような表情を浮かべたコロンが目尻に涙を浮かべる。


「だって…… 夢の中ぢゃ全然人になんか会えないし…… 会っても皆コロンの世界とか服装とかキモいって言って別の夢に行っちゃうんだもん」


「そりゃ暴力を正当化する理由にならねえだろ」


「うん。正当化するつもりなんて無い」


 舌足らずな喋り方から一転、年相応の落ち着きを思わせる声を発したコロンは私の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「どんな正しい方法で仲間を探しても、皆私の趣味を拒絶して…… 時に暴言を吐いて去って行くの。夢でも、現実でも。そんな中で現れた貴女達は──」


 言葉を詰まらせたコロンが一度私の全身を眺める。


「本当に、今までに類を見ない程に滅茶苦茶で…… そしてとても可愛かった。『今までと違う人が来た』って思えたんだ」


「……」


「特に晃ちゃん、貴方のそのお洋服を見た時に『やっと私と同じ人に出会えた』って思ったんだ。だから何としても"お仲間"になって、一緒の夢が見たかった。例え正しくない手段を以てしてでも、また明日夢の中で会える保証が欲しかった。 ……自分で言ってて反吐が出るけど」


「そうか」


 美愛の方へと視線を向ける。恐らくはもう大丈夫だと目つきで知らせると、彼女は恐る恐るこちらへと歩み寄った。


「勝手に立ち入って攻撃した事に関しては本当に悪かった。コロンの大事な物を踏みにじるような行為だったと自覚している、ごめん」


「……うん」


「でも、私達にも感情がある。強引に来られたら防衛本能が働いて突っ撥ねてしまうんだよ。その結果がさっきの大喧嘩だ」


「……ごめんなさい」


「……全部自衛のためだったんだ。コロンの願いとか好きな物を否定したかった訳じゃないって事はどうか分かってほしい」


 コロンを拘束していた魔法を解除して手を差し伸べる。その手を見たコロンと美愛は『意図が読めない』とでも思っていそうな顔で私の表情を確かめた。


「それと、私を仲間にしたいなら時間をかけて打ち解ける気は無いか?」


「え?」


「友人という形からであれば、私も吝かではない」


「そう言ってもらえると嬉しいけど……」


 コロンが美愛を見つめる。目が合った二人はお互い気まずそうに俯いた。


「コロンさんの気持ちは少しだけわかる気がします…… 私も晃さんと出会うまではずっと一人だったから…… 明日も会いたいって思いますし……」


「……」


「ついさっきまで敵だったって意味ではまだ少し怖いですけど…… 分かり合いたいとは、思います」


 美愛が再びコロンを見つめて手を差し伸べた。

 随分とお人好しだ。私が言えた事ではないのだろうけど。


「優しすぎるよ、二人とも……」


 私達の手を取ったコロンが立ち上がり、深く頭を下げる。


「ありがとう。 ……私と、お友達になって下さい」


 ツインテールの毛先が床に付こうとも、その言葉を終えるまでコロンは決して頭を上げなかった。


「そんな畏まらないでくれ。これからよろしくな、コロン」


「よろしくお願いします。顔を上げて下さい」


 真っ白な空間の中で三人互いに顔を見合う。そうやって絆の始まりを感じていると──


 全てが霧散して暗い部屋の中で目が覚めた。

 枕元のスマートフォンを手に取って画面を点ける。時刻は午前の二時。

 全身が火照って気持ち悪いくらい寝汗をかいている。


「あっつ…… はあ」


 ベッドから出て首元を扇ぐ。

 見ていた夢を名残惜しく感じる事はたまにある。しかし今日の喪失感は何故か絶望を感じる程に大きかった。

 所々で仲間と共に戦っていた頃を思い出すような夢だった。そしてその中で起こるハプニングも出会いも、全部含めて楽しいと思った。

 やはり、まだ割り切れていないのだろう。


「……」


 机の電気を付けてピンクのペンを手に取った。今日の夢は波乱万丈の良夢だ。

 覚えている範囲で起こった事を書き留め、所々で暗示されている物を考察してメモを残す。

 幼児退行を暗示するかのようなコロンという人物、終わった筈の戦いを再びやる羽目になる展開、所々で見たかつての仲間の能力を思わせる物。

 そして、最終的に友好関係を結ぶ。

 いくつかの要素を統括すると過去への執着と現状への嘆きを暗示しているかのように思えた。


「……喉乾いたな」


 ほんのりと思い出したくない事を思い出して眩暈がした。狭い部屋を塗り潰す夜の闇が心臓へ負荷をかけているかのようだ。

 気持ちを入れ替えるためにもコンビニに行きたい気分になった。味の無い炭酸水が飲みたい。

 適当なジャージに着替えて財布と鍵をポケットに突っ込み、親を起こさないように外へ出ると冷たい夜風が四肢を撫でた。

 現実の空は、コロンの世界で見た物ほど綺麗ではなかった。そんな物足りない空を見つめながら数分歩いていると、いつも通り"あの出来事"の記憶が頭に蘇った。


 一番最初に命を落としたのは光の魔法少女、春原結花すのはらゆいかだった。虚弱体質であるにも関わらず能力に違わない明るい心の持ち主で、最期の瞬間まで笑顔を絶やさなかった。仲間を護る為に自らの能力を以て敵の攻撃を相殺し、その反動を受けた衝撃で心肺が停止した。


 二番目に命を落としたのは鍵の魔法少女、桜木深悠さくらぎみはるだった。掴み所の無い奴だったが、適度なおふざけと脱力感のある態度はチームの雰囲気を程よく柔和な物にしていた。最後の瞬間は柄にもなく気合の入った表情を浮かべて、自らの命すらも魔力に変えて強大な敵を異空間へと封じ込めた。


 三番目に命を落としたのは剣の魔法少女、藤村陽菜ふじむらひなだった。手芸が趣味で、大切な人に手作りのミサンガを贈るという重い奴だった。年の離れた妹と両親を心から愛していて、大切にしている奴だった。そんな彼女に、私は心からの信頼を寄せていた。言わば、私にとっての相棒みたいな奴だった。

 最後の敵を撃破して、何とか妹の誕生日会に間に合うかと思ったのも束の間、身近に潜んでいた真の黒幕の攻撃を受けて見せしめのように殺された。


 そして、彼女達は私の記憶を除いて"最初からこの世に存在していなかった"事にされた。


 最後に死んだのはこの世界の守護神、ゾフィー・ルーベンスだった。

 私が殺した。


 後に残った物は陽菜から贈られたミサンガと、結花と深悠から受け継いだ光と鍵の能力。それと私の空虚な記憶だけだ。

 陽菜が持っていた剣の能力はどこへ行ったのか分からない。行方の見当はついているが、受け継いでいるであろう人物とはまだ接触できていない。


「──っ、ああ……」


 思い出したくないのに考えずにはいられない。居ても立ってもいられなくなって、感情を追い出すように呻き声が漏れた。

 どこで間違えたのだろうなんて自問は浮かばない。最初から全てが間違っていたのだ。

 本当は私は三人の魔法少女と出会わず孤独な人生を歩んでいた筈だ。

 結花は今頃高校受験を控えた生徒会長として忙しい青春を謳歌していた筈だし、深悠は元の友人グループと何気ない毎日を送っていた筈だし、陽菜は小学一年生になった妹の話を私ではない誰かに延々と聞かせていた筈なのだ。

 このままでは悪夢障害が悪化しそうだ。せめて美愛やコロンが友人として現実に居てくれたのならどれだけ良かっただろう。もしくは毎晩のように夢に現れてくれたら安心なのだが。


「いらっしゃいませー」


 どす黒い感情に沈みながら歩いているとコンビニに到着した。

 今は食べる気の起こらない菓子を眺めながら飲み物棚に向かい、ジュースを物色する。

 先客の派手なピンク髪のお姉さんから少しだけ距離を取って棚の前をうろついていると、そのお姉さんがこちらに歩み寄って来た。かなり背が高い上に度数が強い事で有名な缶チューハイを大量に籠に入れている。正直言って怖い。

 『目を合わせたら面倒な事になるかもしれない』と告げる本能に従って気付かぬフリをしながら炭酸水を一本手に取ると、そのお姉さんに声を掛けられた。


「……もしかして晃ちゃん?」


「え?」


 目を疑った。顔つきに確かな見覚えがある。

 そこに立っていたのは、私が夢の中で出会ったコロンによく似た女性だった。

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