第4話 ユースティシアとエレノア




 色とりどりの花々に囲まれたブラッドベリー邸は、ユースティシアと同じ公爵家だ。

 そしてその一人娘のエレノア・ブラッドベリーは第一王子、フェリックス・グラントの婚約者である。

 今日はそんなエレノアのお茶会に招かれ、ユースティシアとリリーはブラッドベリー邸にやって来ていた。

 エレノアはユースティシアとリリーの姿を見つけると、軽やかな足取りで二人のもとに駆けつけた。


「いらっしゃい。ユースティシアちゃん、リリーちゃん」

「お久しぶりです、エレノア様」

「元気そうでよかったぁ。会うのは卒業以来ね」


 綺麗に結い上げられた海のような青い髪、対照的に華やかな赤い薔薇のようなドレス。

 ふんわりとした柔らかな笑みは、エレノアの人柄をよく表していた。


「先ほどからほんのりと甘い匂いがするのですが、もしかしてはちみつですか?」

「えぇ、はちみつを使ったお菓子を作ってみたの。ユースティシアちゃんは鼻がいいのね。気に入ってくれると嬉しいわぁ」

「そうなのですか。とても楽しみです」


 エレノアは貴族令嬢には珍しいお菓子作りが趣味なのだ。

 エレノアとのお茶会には必ず、エレノアの手作りのお菓子が出される。

 どれもとても美味しく上品な味わいで、ユースティシアはいつもエレノアのお菓子に感動している。


「リリーちゃんの分もあるから、今日は楽しい女子会だと思って楽しみましょう」

「! 私の分もあるのですか……?」


 リリーはユースティシアのメイドだ。

 正式に招かれたわけでもなければ、立派な身分でもない。

 むしろリリーは貴族とは天地の差がある平民の中の孤児だというのに。


「リリーちゃんは、いや?」


 ずっと気になってたエレノアのお菓子。

 食べてみたいし、リリーはエレノアに「いや」と言えるような人物ではない。

 エレノアはそのことをなんとなく知っていたため、わざとこのような言い方をとった。

 そして、そのことに二人は気づいている。

 エレノアのこういうところが二人は好きだった。


「ぜひ、お願いします」

「決まりね」


 ブラッドベリー邸でのお茶会は庭で行われる。

 花と紅茶の香りが混ざり、心地いい。

 エレノアが作ったのはカップケーキだった。


「どうかしら?」

「…………〜〜っ!」


 はちみつの優しい甘さが口に広がる。

 生地がふわふわと柔らかいため、何度か咀嚼するとすぐになくなってしまった。

 エレノアの作ったカップケーキは一つが小さいため、食べやすい。

 ユースティシアは食べ終わると、感想を述べた。


「とても美味しいです!」

「よかったぁ。リリーちゃんはどう? 美味しい?」

「はい。甘すぎず、ちょうどいいです。くるみが入っているので、食感が楽しめますね。面白いです」

「リリーのにはくるみが入っていたの?」

「ユースティシア様のは違うのですか?」

「えぇ。わたくしのにはバナナが入ってたわ。これって、もしかして……」

「カップケーキの中にはいろんなのを入れてるの。今回入れたのはくるみとバナナ。どっちが入ってるかわくわくするかなぁって思ったの。どちらの方が好きかしら?」


 ユースティシアとリリーは食べていない方のカップケーキを口にする。

 そして二人は顔を見合わせ、同じことを言った。


「「どっちも好きです……!」」


 エレノアのお菓子にどちらが好きなどというものはない。

 全部美味しいので全部好きになるのだ。


「あらあら。そう言ってもらえて嬉しいわぁ。甘いお菓子って、魔法見たい。緊張はほぐれたかしら?」

「! 気づいていらしたのですね……」


 ユースティシアはエレノアのことが好きだが、今はデイビッドの政敵の婚約者。

 どう接するべきか悩んでいたのだ。

 だが、エレノアの温厚な人柄と甘いお菓子に不安を綺麗に取られ、ユースティシアは不思議と自然体でいることができた。

 やはりこの人には敵わない、とユースティシアは思った。


「緊張する理由もわかるわ。けれど、私はユースティシアちゃんとそんな関係になりたくないの。デイビッド様が王位を狙っているのでしょう? フェリックスは王位を狙ってなどいないと、何度も言っているのだけれど」


 エレノアの言う通り、フェリックスは王位を狙っていない。

 狙っているのはデイビッドだけだ。

 だがそんなフェリックスを側近は認めておらず複雑な関係となっているため、現在、非常に厄介なことになっているのだ。


「ユースティシアちゃん」


 エレノアはユースティシアに言う。


「自分の気持ちに、正直に生きてね」

「っ……」


 まるで、ユースティシアの心を見透かしているかのような言葉だった。

 そしてその言葉に、ユースティシアは「はい」と言うことができなかった。



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