第5話 ユースティシアとフェリックス




 国の中心部にある王城は、城というだけあってとても大きく、広い。

 清潔感のある白で統一されており、幾人もの人が行き交っている。

 今日、ユースティシアが王城に来たのはデイビッドに頼まれた執務を終えたからだ。

 どれも大事なものなので、デイビッド本人に確認してもらわなければならない。

 王族は大変だな、と思う一つの要因だ。


「失礼します。ユースティシア・レイノルズです」


 執務室に行くと、案の定デイビッドがいた。

 デイビッドはユースティシアの姿を捉えると、顔を綻ばせた。


「ユース……! すまない。迎えに行こうと思っていたのだが、なかなか仕事が終わらなくて。本当にすまない」

「気にしないでください。デイビッド様が頑張っていらっしゃることはわたくしが一番知っています」

「ユース……ありがとう」


 デイビッドからいくつかの誘いを受けたが、ユースティシアはどれも忙しいことを理由にやんわりと断り、執務室を出た。

 窓の外を見ると、灰色の雲が空を覆っておりポツポツと雨が降り出していた。

 デイビッドに書類を渡し、確認してもらうのが今日王城に来た理由だ。

 すぐに終わると予想していたため、外でリリーを待たせている。

 早く戻ろうとするユースティシアに、後ろから声をかけた人物がいた。


「あれ、ユース?」

「! フェリックス様……。お久しぶりです」


 デイビッドと同じ銀髪の青年、フェリックス・グラント。

 先日お茶会をしたエレノアの婚約者であり、第一王子のフェリックスに会うのは、顔合わせ以来だった。


「綺麗な金髪の女性だったから、もしかしたらって思ったら……ユースで正解だな。今日はどうしたんだ?」

「デイビッド様に頼まれていた執務で、確認してもらわなければいけないことがあったのです」

「そうだったのか。あっ、エレノアから聞いたよ。リリーちゃんも元気みたいだな。相変わらずで何よりだ」


 フェリックスはそう言うと、ユースティシアの頭を撫でた。


「いつも愚弟を支えてくれてありがとな」

「そんな……わたくしの方が支えられてばかりです」

「ははっ、ユースは謙虚だな」


 微笑むフェリックスは、ユースティシアに提案を持ちかける。


「少しいいか? 話したいことがある」

「……わかりました」


 リリーを待たせているが、フェリックスの誘いを断るわけにはいかない。

 何より、フェリックスはあんなに女性と二人きりになるような提案をしない。

 なにかがある。

 フェリックスへの信用と、ユースティシアの勘がそう告げる。

 場所を移動し、外の庭に出る。

 小さな休憩所には丸い天蓋があるため、雨で濡れることはない。

 また、雨が声を消すので話をするにはちょうどいい。


「デイビッドのことなんだが、」


 フェリックスはいつもの笑みを真剣な表情に切り替えた。


「ユースは、どう思っている」

「えっ……と、どういう意味で、ですか?」


 その訊き方では、様々な解釈が生まれる。

 フェリックスの質問の意図がわからない。


「どう捉えてもいい」

「…………わたくし、は」


 だとしたら、どう答えるべきなのか。

 恋愛対象として?

 一人の女性として?

 王族として?

 悩んだ末、ユースティシアは一つの回答をする。


「一度決めたことを曲げずに貫き通すお方、だと思います」

「……そうか」

「はい」


 これは、変わらないことだ。

 今も、昔も、そしてこれからも。

 良くも悪くも、それがデイビッド・グラントという男。

 ユースティシアにはそれ以上のことは言えなかった。


「…………変なことを聞いたな。悪かった。今日は寒いから、体をよく温めて過ごしな。じゃあ、また」

「はい。また、お会いしましょう」


 ユースティシアがそう言うと、フェリックスは王城へと帰っていった。

 結局、フェリックスが何をしたかったのかはわからなかったが、ユースティシアはさほど興味がなかった。

 それ以上に、思うことがあった。


「……早く、帰らないと」


 リリーが待っている。

 ユースティシアは最短で向かうため、雨の中、庭を歩いた。

 嗚呼、と、雨がユースティシアの思いを代弁しているようだった。




――自分は、いつまで嘘つきでいるのだろう、と。



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